第七話 住み込み
・今回で第一章は終了です。次話から第二章スタートです。
・いつもより文字数多めです。
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暗い部屋に一瞬で灯が付くようにして、身体が元に戻った。
と言うより、実際には体の中に魂が戻ったのだが、感覚としては上記が正しい。
ちょうど授業中に寝落ちしたかのような反動でぐらついたが、意識を失ったはずなのに立ったままだ。触れた時の姿勢そのままに、また一瞬にして何かが起こったということか。
しかし、触れていたはずの手は大樹から離されている。
今の一瞬で何があったのか思い出そうとするが、しかしその影は掴もうとすればするほど霧散してしまい、後には欠片も思い出せなかった。
...ついさっき本当に何か特別なことがあったのかすら、それを忘れてしまった今では疑わしい。
"村への登録"...
そう呼ばれる事象によって体の何かが一瞬にして切り替わっただけなのかもしれない。
今はそう思うことにして、一旦落ち着いた。
ふと大樹を見上げると、黒い幹に突き刺さるように伸びている細い枝の先の歪な結晶から、花びらが吹き出されるようにして辺りに散らばり始めた。
それは白くありながら、虹色に陽光を反射して、まるで美しい夢の欠片が舞い散っているかのようである。
上空の風に乗って遠くへ吹き飛ばされるものもあれば、ちらほらと落ちてくるものもあった。
「村が歓迎しているんだ」
いつの間にか隣に来ていた零吉が、同じように上を向きながら説明してくれた。
「村の心臓って、一人しか入れないんじゃなかったの?」
当然のように大樹の側まで来ている零吉を見ながら、当然の疑問を投げかける。
「今は良いんだよ。これの最中は住民の登録もカウントダウンもストップしてるしな。それに、住民の登録もそう頻繁にあるものじゃない」
そういうものか、と頷いてから視線を上に戻した。少し目を話した隙に、花びらは随分下まで降りてきている。近づくにつれ、その美しさが露わになってきていた。
しばらく上を向いて見惚れていたが、突如巻き起こった強風がそれを妨げた。
登録を見届けた煙鯨が、上昇を始めたのだ。
その巨体は顔を空へ向けると、体の中を吹き抜けていくような高い咆哮を気持ち良さげに放った。
こだまが消えないうちにその巨体はゆっくりと旋回し、徐々に高度を上げていく。
それに巻き込まれた空気の渦が落ちてきた花びらを舞い上げ、渦を作り後方に消えていく。
その光景はさながら白い海を進む鯨である。
さほど時間もかからずに、煙鯨の姿は雲の合間に踊る影になった。
気がつけば辺りは雪景色のように白く染まっており、歩くとそれに合わせて水の流れのようにくるくると踊った。
拾い上げてみると、その薄さに驚いた。掴んでいる指が透けて見えるほどで、すぐに破れてしまいそうだ。
クレーター状の「村の心臓」から上がると、周辺の岩場にはいつの間にか見物に来た住人たちが集まっていた。皆、滅多に見られない花びらの舞い散る景色に見入っている。
仲間と共に語らいながら何かを指差すもの、カメラのような機械を何本もある腕で器用に操作する者、ちゃっかり持ってきた敷物を広げて一人宴会をする者。
自由な村の風潮の見本市のように、皆各々がしたいことを気ままに楽しんでいた。
楽しげな彼らの姿を見ているうち、失われた日常が形を変えてもそこにあることを実感でき、ふんわりと暖かい気持ちに包まれた。
「よおあんた!珍しいじゃないの、新しい人なんて」
小太りの、酔ったおじさんのような人がフラフラする足で手を上げながらやってきた。
「そうみたいですね。というか、私以外にもきた人っていたんですか?」
その人は、んー、としばし熟考してから、「俺はしらねぇなぁ」と言って手をひらひらと振った。
「とにかくよ、ここはいいとこだぜ。みんな気のいい奴らばっかりだ」
俺が酒を飲みまくっても何にも言われねぇんだからよ、と言って豪快に笑った。私も久しぶりに笑う。
「じゃあな、お嬢ちゃん。せいぜい楽しみなよ。俺はもういっちょ飲んでくるわぁ」
自由な人だ、と思った。それでいい、そこがいいのだ。
...その後も何人かに話しかけられ、面白い話や笑い話をたくさん聞いた。
皆一様に、『ここはいいところだ』と口にした。
皆が愛し、皆に愛されてきたからこそ、この奇跡的な環境は続き得ているのだろう。
その奇跡の渦に、私も飛び込んだのだ。
ーー花びらが降り止むまでの一時間、私を含める住人たちは一向に帰ろうとせず、見物客は増えに増えて、一時期には住人たちの壁が生成されたりまでした。
その後花びらが止んでも、集まり合った住人たちのくだらない話はなかなか終わらなかった。
・ ・ ・
太陽も見えなくなった夕暮れも終わり時、『村の心臓』から近くの住宅街。私達は、その住宅を背に設置された通りのベンチに腰掛けていた。
前には野原が広がっており、虫の音がよく聞こえる。
電柱が長い影を引き、空を行く雲も体を黒く染めている。西の空はまだオレンジに染まっているが、東は既に青と闇が上がってきている。
少し早めの冷たい風が路地を吹き抜け、身体が少し震える。
「...傷は大丈夫か」
唐突に零吉に話しかけられ、返答しようとすると加えていた団子が落ちかけた。
しっかり飲み込んでから、「何とか大丈夫」と答えた。
口の中にほんのり広がる甘みの余韻が味覚を満たす。
ついさっき、駄菓子屋を営む老年の住人の方から住人入りのお祝いにもらったこの団子は、今まで食べたことがないくらいの絶品だった。
苦労に苦労を重ねて開発した新作さと意気揚々と語るその姿は、親友とよく行った駄菓子屋「おあつめどころ」の女将に似ていた。
零吉はというと、食べる必要がないからと言って断っていた。
そう言う訳で、落ち着いて食べられる場所を探し、今ここにいる。
「...すまなかった」
何の脈絡もなしに、零吉が頭を下げた。
「え?何?」
「守ってやれなかった」
こちらを見据える義眼と、視線が合った。
単刀直入、本気で詫びている事が伝わってきて、思わず喉が詰まった。
「い、いや、あれは元はと言えば私の不注意だし、と言うかあんなに早く相手が攻撃に出るなんて予想できっこないし、それに零吉はちゃんと助けてくれたし...」
最後の方はしどろもどろになって、まともに顔を見て話せなかった。羽織の裾を引っ張って顔を隠す。
ーー何をロボット相手に恥ずかしがる必要があるんだ、私。
謎の心情に踏ん切りをつけるべく奮闘していると、思わぬ一言が発せられた。
「...助けたのは俺じゃない。駆けつけた時には既に相手は絶命していた」
え?
確かに、よくよく思い返してみると、相手は何かに頭を殴られて命を絶っていた。
零吉の腕力は鉄のドアを吹っ飛ばすくらい強いが、他にも仕込まれている武器は色々あったはずだ。確か、仕込み刀、機関銃、光球砲、とか。
これらの前に見せてくれたものだけで考えても、わざわざあれほど高い位置にある脳天をかち割りに行く必要はない。
跳躍して拳を構える時間よりも、これらの武器を展開し発射する方が早いからだ。
ーー無論、彼自身がしていないというのだから、私を助けたのが彼でない根拠はそれで事足りる。
では、誰が...?
「誰がしたのかはまだ分かっていない」
私の心を読んだように彼が言った。
「どこかの怪力の誰かが、ほっとけないと思って助けたんだろう。まあ、相手の頭が粉砕されてたことを考えるたら、お前を襲った奴に個人的な恨みがあったのかもしれないが」
なるほど。ともあれ、助けてくれた誰か、ありがとう。
零吉が、座ったまま向き直った。
「...俺は義成からお前を託されている。どんな理由であれ、こんなことがあったのは俺の責任だ。本当にすまなかった」
硬く握りしめられた拳が膝に置かれている。垂れた首で表情は見えないが、彼の放つ雰囲気は真剣そのものだ。
「次は必ず守る。その次も、その次も絶対に」
滲み出る決意。
父以外に、私の事を思ってこれだけ後悔してくれる人は今までいなかった。
体が機械でも、そのことは純粋に嬉しかった。
「...ありがとう」
その体を、ぎゅっと抱きしめる。作られた温もりが服越しにじわじわと伝わってくる
...声が少し震えてしまったのは、多分寒さのせいだ。
地平線が淡い色を雲に映し、東の空はまばらな星を控えめに掲げている。
野原では相変わらず、虫が鈴の音を奏でていた。
・ ・ ・
「へっくしゅ!」
本日十回目のくしゃみが朝日に響く。
「お前...昨日そのままベンチで寝たりなんかするから...」
そう言いながら、零吉が私の寝転がっているベンチに水と食べ物を持ってきてくれた。
いつの間にやら体の下には毛布が敷かれていて、目覚めた時上布団だと思ったそれはまたもや零吉の羽織だった。毎度お世話になっております...。
彼の持ってきたビニール袋のような何か(ビニール袋はどこでも生産されていないので、これはまた別物らしい)の中には、見たこともない、色々な種類の軽食が包装されて詰め込まれてあった。
かなり。
「私、こんなに食べきれないと思うんだけど...」
「仕方ないだろう」
呆れたような、でも嬉しげな声。
「みんな、お前が風邪をひいたって聞いたら、すぐに持ってきてくれたんだ。中には、健康にいいからという理由で1米くらいある薬草をくれようとした奴もいた」
それを聞いて、自然と頬が緩んだ。
怖い目にも遭ったけど、やっぱりここはいい所だ。
今日、この日から、私はここで生きていくのだ。




