第15話 warm -家族-
潤武愛。
彼女は弔と同じく6歳の小学一年生。
父親も母親からの遺伝なのか、とても明るい女の子で、実は中学生の兄もいるらしい。
「こういうのって“はだかのつきあい”って言うんだよねー?」
愛は髪の毛をシャンプーで洗いながら弔に向けてそう言った。
「いやオレ達異性同士だしっ!?」
「にしても弔くんは何でずっと後ろ向いてるのー?」
弔は愛という純粋な少女の裸姿を見ないようにと後ろを向いていた。
しかし、愛は弔の気持ちなど理解せず、淡々と自身の身体を洗い流していく。
「はい!弔くんの番だよー」
「あ、ああ…」
そう言われ、愛は湯船へ浸かる。弔は愛の身体を極力見ないようにと目を瞑りながら髪の毛をシャンプーで洗い始める。
「弔くんって髪洗う時目閉じるんだねー」
「いや、これは…」
「私はもう目を開けながら髪洗えるんだよーっ」
「いや、だから…!」
「もー、言い訳して、良い訳ぇ?…。なんちゃって、てへ!」
愛は可愛らしい見た目とは裏腹に、とてもくだらない親父ギャグをかました。
恐らくこの親子ギャグを言いたいが為に話しかけたのだろう。
突然の親子ギャグに、弔は愛が満足させられるようなまともなリアクションをする事ができなかった。
「…。」
「あれ〜?パパは笑ってくれるんだけどな〜、弔くんは面白くなかった?」
「…ごめん」
「何で謝るのっ!?」
「いや…ちゃんとリアクションしてあげられなかったから」
「う〜ん、私は嘘笑いされるよりかは素直な方が良いかな〜」
「…どうして?」
「だってさ、嘘はドロボーのは始まりって言うでしょ?それで私がさっきみたいなギャグをやって嘘笑いした人がみーんなドロボーになっちゃうから!」
「あー…うん?」
…つまり、くだらないギャグをして嘘笑いされると、その人が泥棒になってしまう。イコール、愛自身がその人を泥棒にさせてしまうから、面白かったのなら笑う、面白くなかったら笑わない、と正直であってほしい、という訳なのだろうか?
愛のよくわからない理論を変に真面目に、深く考察しているうちに髪を洗い終えた弔は、身体を洗い始める。
「あ、お背中お流ししますねーっ」
「うわああああああああああああああ!!!!!」
弔が身体を洗い始めた直後、愛は湯船から出て、手にボディソープを付けて弔の背後へと回り、弔の背中を洗い始める。
「あはは、びっくりしすぎーっ」
「いや急に触られたら誰だってびっくりするさ!」
「でもパパはいつも喜んでくれるよー?」
「オレと愛の父親は別人だぞ…」
…そんなこんなで身体を洗い流し、さっさと風呂を出た弔だったが、一つ、盲点を発見してしまった。
「…着替えどうしよ」
脱衣所で全裸で棒立ちになる弔。
そんな時、扉の先から愛の母親の声がした。
「弔くーん、着替え持ってきてないでしょー?柄がアレだけど我慢してねー」
少し扉が開き、隙間から弔の為の着替えの服を持った手が伸びてきて、服を渡された。
弔は感謝の言葉を言い、服を見た途端、絶句した。
「…えっ」
…上の服も、ズボンも、下着も、どう見ても女の子が着るような物だったのだ。
しかも恐らくこの服は愛の着ていた物だろう。
…これを着ろと?いや、着替えを持ってこなかったのがいけないのだが、恥ずかしいし、何より愛の前でこれを着るのはかなり気まずい。
そんなタイミングで、愛が風呂場から出てきた。
「うわァァァァァァア!!!」
「あれ?その服って…私の…だよね?」
「いや、これはその…別にオレがそういう趣味持ってるとかそういう訳では!」
「…あ、そっか!私がそのままうちに連れてきちゃったから着替え持ってきてないんだっけ」
「あ、うん…そうなんだよね、だから…」
「…じゃあ仕方ないね!私のパジャマで我慢してねっ」
「はぁぁああああああああああ!!!???」
その後、愛の服を着て一日を過ごした。
終始ずっと笑い者にされたが、何故か悪い気はしなかった。
家族と笑いながら雑談して、一緒に夜ご飯を食べて、みんなでテレビを見て笑って、夜は愛の部屋でトランプやらをしてちょっとだけ夜更かしして、それがバレて母親にちょっぴり叱られたり、電気を消してベッドに寝転がりながら怖い話とか恋バナとか思い出話とかしたりする。
愛とその家族と過ごした1日は、ここ数年間ずっと孤独だった弔にとって、とても新鮮だった。
その日の夜中、弔と愛は、愛の部屋で同じベッドの中に包まりながら、親にバレないようにこっそりと話す。
「寝る時はひとりで寂しいから、いつもはお兄ちゃんの部屋に行って一緒に寝てたけど、今日は弔くんがいるから寂しくないね。この家にずっと泊まっちゃえば良いのにね。」
「そりゃ泊まってたいよ。ここはオレの家とは180°違う。家族と話す事なんてほぼ無いし、テレビ見るのもずっと一人だし、ご飯はいつも一人だし。もちろん、寝るのも一人だから。」
「…寂しくないの?」
「寂しいのはもう慣れた…けど、この家っていうか、他人の家庭環境を知っちゃったから、オレが家に戻ったら多分、凄い寂しくなると思う。」
「じゃあもうここに住んじゃおうよ。きっと弔くんの家よりずっとここにいた方が楽しいよ。というか…いてほしいな…」
そう言うと、愛は少しだけ顔を赤らめ、恥ずかしがった。
逆に弔はもう恥ずかしい感情が薄れ、この環境に慣れたのか、もう愛と顔の距離が近くても何とも思わなくなった。
「ごめん、それは無理だ。オレだって、母親は知らないけど、少なくとも父親が心配するだろうし」
「そっか…寂しいな…」
「寂しくないよ、愛は母親も父親も、兄だっているじゃんか。」
「でも…やっぱり弔くんとずっと一緒にいたい」
「…オレと一緒にいても、怪我するだけだから」
「弔くん…」
「そろそろ寝ないと、また母親に怒られるぞ」
そう言うと弔は目を瞑り、寝返りを打って眠りにつく。
「う、うん…。」
愛は、弔の方に身体を向けながら目を瞑って眠りについた。
翌日、愛の父親が仕事にいくついでに車で弔の家まで送っていくことになった。
そして弔が愛の父親の車に乗ると、愛が泣きながら車の窓から弔を見つめて何かを言っていた。
弔は窓を開けると、愛は弔に言った。
「…また会えるかな?」
「会えるよ、いつかね。」
「その時はまた泊まりに来てくれる?」
「もちろんだ」
「そろそろ行くぞ、弔くん。」
「あ、はい、すいませんよろしくお願いします。」
「うん、公園からの道案内よろしく」
そう言うと、愛の父親は車にエンジンを掛け、車が大きな音と共に起動し、車を走らせた。
弔は後ろを見ると大泣きしている愛が目に入った。その光景を見て、弔は心が痛くなった。
そこで、やっぱり自分は誰かといると必ずしも怪我をさせるんだなと、肉体的な怪我ではなく、精神的な怪我までもさせてしまうんだなと。
家へと送って貰い礼を言う弔に軽く返答し、そのまま愛の父親は車を走らせた。
「…。」
そして一日振りの自宅に対し、弔は特に何も思わなかった。なんだったら戻って来たくなかったまである程だった。
その夜、職場に泊まり込んでいる父親がたまたま帰ってきた。弔は出迎え、父親の作った料理を食べながら研究について話をする。
「今どんな研究してるの?」
「今?今は意識移植とかの研究だな。簡単に言うと、ヒーローモノではお馴染みの入れ替わり、みたいなもんだ。」
「何でそんな研究を?」
「まぁ、他人の身体とかに入れ替わって、お互い全く違う世界を体感する、なんて面白そうじゃないか?」
「…確かにちょっと面白そう。」
「だろ!…で、実はこの研究、ほとんど完成に近付いているんだ。虫とかで実験してるんだけど、バッタとカブトムシで実験したんだ。そしたらバッタは飛ばずに歩こうとしてて、カブトムシは飛びはするんだがジャンプ程度にしか跳ばなくなってるんだ」
「それってもうほぼ成功なんじゃ」
「そうそう、だから最終段階として人間で実験したいんだけど、まぁ積極的にやりたい!って人は居ないからさ…まぁ僕も嫌だし。」
「…ところで父さんの研究所ってどこだっけ」
「お、見学に行きたいのか?お前は僕の息子だから無料で見学させてあげるよ。そこまで遠くないし、歩いて行ける距離だから、いつでも来いよ…ほら、場所はここだからさ。」
そう言うと、父親は大雑把に書いたこの家から研究所までの地図を弔に渡した。
しかし、地図を見る限り、明らかに近くはない。
「…これどれくらいの距離あるの」
「うーん、大体10㎞くらいか」
「…全然歩いていけないんだけど」
「確かにそうだな!でも今夏休みだろ?だったら少しハードな運動だと思って歩いて来なよ!」
「う…うん…。」
夜ご飯を食べた後、父親はすぐに研究所へと戻って行ってしまった。
ちなみに父親は車で移動している。
「…車での10㎞と徒歩での10㎞は全然違うって」
…走り去っていく父親の車を見つめながら心の中でそう突っ込んだ。
翌日からまたしばらく孤独が続いた。愛の家庭を知ってしまったが故に、いつもより寂しいという思いが強くなった。
寂しい、と思えば思うほど愛の家庭と弔自身の家庭を比べてしまう。よそはよそ、うちはうち、とはよく言うが、天と地くらいの差があるように感じ取れた。
「…愛って、名前の通り愛されてるよな…」
…と、比べるたびにそう思ってしまうのだ。
それ以来、家庭だけではなく、様々なシチュエーションで自身と愛を比べてしまうようになった。そして比べて改めて思うのだ。
…何と比べても愛の方が必ず良い方だ、と。
それから数週間が経ち、月は8月となり、今日は5日だ。
いつものように愛と自身を比べながらぼーっとしていると、ふとある事を思い出した。
「…あ、そういえば結局自由研究やってなかった」
そう、そもそも弔が愛と出会ったキッカケは自由研究の為に虫を取りに行ったからなのだ。
もちろんあれ以来、愛とは全く会っていない。
実を言うと、愛の父親に愛の家から弔の家までの道を教えてはいるのでもしかしたら愛が父親の車に乗って来てくれないかなーとか思ったりもしていた。
とりあえずこのままでは宿題を提出出来ないので、再び虫を取りに近くの山へと向かった。
山の中へと入ってくると、そこには愛の姿があった。
「え…どうして愛が」
「あ!弔くーーん!!!!」
弔の存在に気付いた愛はこちらへと向かってきて、そのまま弔に抱きついた。
しかし勢いが強く、そのまま弔は愛に抱きつかれたままその場に横転してしまった。
「痛てて…何で愛がここに!?」
「だって、今日会えるって言ってたよね!私忘れなかったよ!」
「…へ?オレそんな事言ったっけ?」
弔にはそんな記憶は無い。
全く身に覚えがないので、弔の上に四つん這いになっている愛に質問をした。
「言ってたよ!だって別れる時に弔くん“会えるよ、いつかね”って言ってたじゃん!今日は8月5日でしょ!」
「いや、“いつか”ってそーゆー事じゃないから!」
「でもこうして会えたじゃん!今日もうちに泊まってくれる?」
「…ま、まぁ別れる時にそう言ったしな…わかったよ」
「やったーーーーっ!!!」
そういうと愛は起き上がり、喜びを表しているのか、両腕を上げてジャンプをした。
そうと決まれば、と言わんばかりに愛は弔ノ手を掴んで愛の家へと連れて行った。
家に入ると、家族みんなは弔が来る事をわかっていたのか、玄関で歓迎された。
そして、あの時のように、愛と共に風呂へ入り、家族と笑いながら雑談して、みんなでテレビを見て笑って、家族みんなで夜ご飯を食べた。
ふと、弔はある事を思い出した。
「そういえば、オレの父親研究者でさ、今度研究所に行こうかと思ってるんだけど愛も行かない?」
「あら弔くん、研究所でデートだなんて随分変わった趣味してるのねぇ」
「ち、違いますよ!」
「でもここから研究所って割と遠くないか?弔くん、君まさか歩いて行くつもりじゃなかった?」
「…そうですけど」
「あの距離をこんな猛暑に歩くのは死んでしまうぞ!明日仕事休みだし、車で送っていくよ。」
「ほんと!?ありがとうパパ!明日楽しみだね、弔くん!」
「そうだな。」
愛は純粋に弔とのデートを楽しみにしてくれているようだった。
弔はなんだか嬉しい気持ちになった反面、少しだけ罪悪感を覚えた。




