第13話 Dive -目覚-
「…。」
あれからどれだけの時間が経ったのだろうか。
まだ1日しか経っていないのか、1週間経ったのか、或いは1ヶ月、いや、もしかしたら1年以上経っているのかもしれない。
1匹のゾンビは、莉里聖刃として起き上がる。
「…ここは?」
そこは、ただ広い空間だった。
辺りを見渡すと、ガラス越しにこちらを覗いている人々がいる。しかしどれも見たことの無い人達だった。そこまで人の顔を憶えられている訳では無いが、少なくともここがGGG.sでは無い事は確かだった。
「目を覚ましたようだね。01(ゼロワン)。」
振り返ると、そこには白ずくめの女性がいた。
01、と言うのはどうやら自分のことらしい。
「君の名前は何かな?」
「…莉里リリ、聖刃セイバ。」
「ほう…セイバ、か…なるほどねぇ…」
女性はクリアファイルに何かを書き始めた。おそらく自身の…聖刃の名前を記入しているのだろう。
名前と、最後を共にした人物だけは憶えている。
でも、それ以外はまったくもって思い出せなかった。
「あの…俺は一体…」
「君達は、謎にコンビネーションが抜群なゾンビだった。だから君達を捕獲し、我々が分析した結果、君達だけには理性があった。だから、ワクチンを投与し、人間に戻してあげたのさ。」
「…そうなんですね…。ところで、愛は…?」
「愛?もしかして、君と一緒にいたもう一人の女の子かい?」
「そうです。彼女は…?」
すると女性はとても言いづらそうな顔をした。
しばらく沈黙が続いた後、女性は小声で誰かと通話を始めた。通話はすぐに終わり、聖刃に服を投げつけた。
「服を着たら、私に付いて来て。」
服を投げつけられ、自分が全裸だということに気付き、投げつけられた服に着替え、女性について行った。
「そう言えば、俺達がゾンビになって今人間に戻ってからどれくらいの月日が経ってるんですか?」
「…まず君達がいつゾンビになっていたのかがわからないから何とも言えないな。」
「そうっすか…。」
愛のいる場所へと向かう道中、なんとかこの女性と会話をしようと必死になる聖刃であったが、恐らくこの女性は冷酷な人なんだろうな、という事と、この女性が衛曲真希という名前だという事しかわからなかった。
見た目は大学生くらいで一見若そうだが、こんな大規模な研究所のような場所にいるのだから相当若作りしてるんだろうなーとしか思わなかった。
「そういえば君、名前的にもしかしてあのプロゲーマーのセイバーかな?」
「え?あ、あぁそうですけど」
「ふーん…私、実は君のファンなんだ。」
「そ、そうですか…」
「…こんなオバサンのファンは嬉しくないか?」
「いや、そういう訳じゃなくて、俺はただ賞金目当てでやったようなモンですから…」
「へぇ、そうかい。でも私は君のプレイ結構好きだったよ。」
「そ、そうですか…」
かつて聖刃はゲームの世界大会に初出場で優勝し、瞬く間に世間に知れ渡った。
しかしその後世界大会には出場しなかった事から『幻のプロゲーマー』なんて呼ばれていたらしい。
実際はただ賞金目当てで思ったよりも多額の賞金を獲得できたからそれで満足しただけだというのに。
そうこうしている内に愛がいるであろう部屋の前へと到着した。
「ここに君の言っていた女の子がいる。彼女が今どんな容態なのかは、君の目で確かめると良い。」
そう言われ、なんとなく嫌な予感がした。
しかし実際に見てみないとわからないので嫌な予感がしながらも愛がいるらしいこの部屋へ入室する。入室すると、1人のための部屋にしては妙に広く、片隅に置かれたベッドに力なく座り込む愛の姿があった。
愛は聖刃の存在に気がつくと、聖刃の方へ顔を向けた。
「よう、愛。久しぶりだな!…その…何だ、ゾンビになる時のアレは…まぁ…とにかくよ!お互い人間に戻れて良かったな!」
聖刃は自身の中にある嫌な予感を振り切りたかったのか、愛に対して妙に明るく接した。
しかし、そんな聖刃を愛はまるで知らない人に声を掛けられ怖がる女の子のような目で見つめていた。
…どうやら明るく接したのは逆効果だったようだ、と思いきや愛が口を開いた。
「あ…あの…あなたは…誰…ですか…?」
「……。」
聖刃の嫌な予感はやはり当たってしまっていた。
あんなに濃密に関わっていた聖刃の事を愛が忘れる訳がない。
愛は、記憶喪失になってしまっていた。
「そ、そうか…ごめんな、何か急に押しかけてきちゃって。人違いだったみたい、んじゃ。」
「は…はい…そうですか……?」
人違いだ、と嘘をつき聖刃はその部屋から退室する。
何というか、声色も口調も全く違うので本当に人違いだったのではと疑う程に別人と会話をしている気分だった。
部屋の外では真希が聖刃の事を待っていた。
「彼女の容態は把握したか?」
「あぁ…でもどうして記憶喪失なんて」
「彼女は…どうやら元から記憶喪失だったようなんだ」
「え、元から?」
今まで愛と話していても記憶喪失だという素振りは全く無かったし、そう感じさせる言動も無かった筈だが、それなのに元から記憶喪失だったとはどういう事なのだろうか?
「おそらく君が聞いているであろう過去話も、記憶喪失になって以降の出来事だろう。」
「だったら尚更何で今になって記憶喪失が再発したんだよ」
「…君にとって難しい話になると思うが、記憶には、脳に残留する記憶と身体に残留する記憶があるんだが、この2つの波長が一致する事によって記憶というのは成立している。ほら、よくアニメとかで『頭は憶えてなくても、身体が憶えている!』みたいな描写があるだろう?それと同じようなものさ。しかし、彼女の場合、脳と身体の波長が合ってなくて、ずっと乱れたままなんだ。」
「つまり愛は、脳にある記憶と身体にある記憶が違うって事か?」
「まぁそういう事だ。だが、問題はどこでそれが乱れたのか、ということだ。脳と身体との波長が合わないなんて本来あり得ない事だ。そこでだ。君に彼女の記憶にダイブし、記憶を捜査してもらいたい」
「…え、何?」
話について行けずに置いてけぼりになってしまい、挙げ句の果てに話を全て無視していた聖刃だったが、最後の一句だけは耳に入ってきた。
「もう一度言うぞ。君に彼女の記憶にダイブし、記憶を捜査してもらいたい」
「き、記憶を捜査!?」
「あぁ、そうだ。何故脳と身体の波長が合わないのか、その原因は何なのか、それを君に調べてきてもらいたい。」
「でも、愛は記憶喪失なんじゃ…!?」
「彼女が記憶喪失しているのは波長が合わないからであって記憶が無い訳では無いんだ。」
「そ、そうか…でもどうやって?!」
そう言うと、ついてこい、と真希が歩き出す。聖刃は訳もわからず真希について行った。
辿り着いたのは、GGG.sのよりも広い研究室だった。
中心には、頭につけるであろう機械が2つ付いている椅子が置かれていた。
「これは…?」
「これが先程言った脳の中へダイブする為に作られたモノだ。名前はまだ決まっていないが、既に完成している。」
真希曰く、愛の脳を調べる為だけにわざわざ開発したらしい。聖刃がまだ昏睡状態の時に制作に取り掛かり、その間に完成したのだとか。
「でも、何で俺なんだ…?」
「彼女と長い間共にしていたんだろう?それにプロゲーマーだからね、こういうのは得意だろ、君。」
「…プロゲーマーってのは関係なくないか?」
「とにかくだ、これを彼女の部屋に運ぶぞ。」
そう言われ、真希と聖刃の2人がかりでこの機械を愛の部屋へと持ち運んだ。
愛は自身の部屋に謎のゴツい何かを急に置かれて少々怯えているようだった。
「大丈夫だからね」
「は…はい…。」
そして、妙に広い愛の部屋に研究員がやってくる。
そして何やら様々な準備を始めた。
研究員の準備中、聖刃は愛とコミュニケーションを取る事にした。
「あなたは私と関わりがあるんですか…?」
「うん、あるよ」
「すいません、なにも憶えてなくて…」
「仕方ないよ、でもこれから何で君が記憶喪失してしまっているのかを調査しに行くんだ」
「そう…ですか…」
「聖刃、準備が終わったぞ。」
そう言われると愛の隣に座っていた聖刃は立ち上がり、機械へと向かう。
愛にも、椅子に付いていた頭につける機械を付けてもらい、聖刃の頭にもそれを装着した。
「頼むぞ、聖刃。」
「あぁ、必ず帰る。」
「記憶へダイブ中は君は記憶に干渉出来ないが、何があるかわからない、細心の注意を怠らないでくれ。」
「了解了解。」
「では、これより記憶電子へのダイブを開始する。」
その声と共に機械の電源が入る。
途中何度か頭の痛みに襲われたがそれをなんとか堪える。時々堪えきれず絶叫したような気がするが真希はお構いなしに起動、ダイブを続けた。
痛みが頂点に達した時、突然目の前が真っ暗になった。
…と思いきや、何処からか赤子の泣き声が聞こえてきた。
振り返ると、一筋の光がそこにはあった。赤子の泣き声はそこから聞こえてくるようだった。
聖刃は手を伸ばし、その光に触れ、愛の記憶へとダイブする。
「う、うぁあああああああ!!!!」
聖刃がその光を掴んだ瞬間、辺りに光が広がり、徐々に色彩が加えられ、その場の風景が明らかになる。
「ここは…家…か?」
赤子の泣き声が聞こえたので、てっきり手術室での出産かと思いきや、出産では無く、産まれて間もない子供が床に寝転がり泣いていたのだった。
「アレが愛…?てか、産まれて間もないだろうに、何で病院じゃねぇんだ…しかも床って…赤ちゃん用のベッドとか無いのかよ…」
色々とおかしな所があり、突っ込まずにはいられない聖刃であったが、その泣き声を聞いたのか、親がやってきた。
「んだよっるせーなぁ…」
だるそうに現れたのは母親だった。
母親は赤子を拾い上げると、無言で赤子に母乳を飲ませた。
赤子が母乳を飲み終えると、赤子は泣き止んだ。
すると母親は赤子を床に寝転がし、どこかへ行ってしまった。
「…いや、せめて遊んでやれよ… 口悪いし…まさか愛のあの口調は母親譲りだったとは…」
にしても、やはりあの反応を見る感じ、母親は聖刃の事が見えていないようだった。
すると、再び赤子が泣き出した。赤子が泣き出すと再びあの母親が姿を表す。おむつを変えるのかと思いきや。
「うるせぇえんだよ!!黙って寝ろよ!!」
「えぇ…」
聖刃は母親の対応に少し引いた。理由はもちろん母親あるまじき行為であったからだ。
とはいえ、赤子は泣き止まない。
すると、母親は赤子に近寄り、何をするのかと思いきや、なんだかんだ黙っておむつを変えだした。
「…なんなんだ…この親…」
情緒が不安定過ぎる…と思った矢先、向こうでガチャと扉が開く音が聞こえた。
「ただいまー」
声的に父親だろうか。
母親と違って、父親は優しそうだった。
「あら?今日は帰ってこないんじゃなかった?」
「いやー仕事が思ったより早く終わってさ」
「珍しいわね、いつも会社に泊まり込みしてるのに」
「いやー今のボクには子供がいるからなーやっぱ定期的に顔見たくなっちゃうんだよなー」
うん、やっぱり思った通り父親は子供思いで優しそうな印象だった。
それに比べ、この母親は嫌いだ。
先程までと態度が全く違う。夫の前では良い顔振りまいてやってるんだろうな…
「弔〜、おいでおいで〜よしよし、良い子だ」
「もう、弔は本当にお父さんが好きねぇ」
「え…弔…?愛じゃねぇのか…!?」
弔と呼ばれている赤子は父親に抱っこされて喜んでいるようだった。
しかし、これは愛の記憶のはず…。
もしかして波長が合わない原因は、脳の記憶には、弔という人間の記憶があるからなのだろうか?
しかし、だとしたらこの後に何故そうなったのか、原因が明らかになるはずだ。
そして聖刃は、愛ではなく弔という人間の生涯を見ていく事になった。




