【第四夜】 ゼーレのともし火(2)
だれかがそばに立った。灰色の頭巾を深くかぶり、長い杖を突いて、高いところからぼくらをじっと見下ろした。
「あなたはだあれ」
わたしはゼーレさ。
おじいさんかと思ったけれど、頭巾の下からこたえた声は、なんだかもっとわかく聞こえた。
「どこからきたの」
ずうっと遠くさ。
しゃあん、と。
また鈴が鳴る。遠くとおく、細くかすかにこだまを残して。
その音に導かれるように進んでいくひかりの列。
「たくさんいるね」
いくさがあったからね。
「いくさって、なあに」
よくないものだよ。
頭巾がふわりとゆれた。わらったみたいに。
いくさを知らないのはよいことだ。
それは災厄の連鎖。悪意の応酬。報復の車輪。始めることはいつでもできる。だが、避けることも終えることもできない。
頭巾の下でそのひとは、小さくちいさく首を振った。
さあ、わたしたちはもう行くよ。この道のりはまだ長い。この旅路はまだ遠い。
そう言って、ゼーレはまた杖の鈴を鳴らした。
「どこへいくの」
ずうっと遠くさ。
「いつ帰ってくるの」
帰ってこないよ。
ずっとずっと遠くへ行って、新しくやってくるものさ。
遠くとおくを見るように、頭巾のかたちがちょっとだけかわった。
「ぼくらもいっしょに連れて行ってくれる?」
そうたずねたぼくらに、ゼーレはゆっくりと首を振った。
おまえさんにはまだ早い。そらご覧、おまえさんはあのあかりを持っていないだろう。まだその順番ではないということだ。
とおり過ぎて行くひとたちはみんな小さな灯を手にしている。小さな灯はかげろうの翅のような薄い火屋を透かして、かれらを色とりどりに照らしていた。かすかな光に照らされて、だれもかれもがおだやかに微笑んでいる。
おとなもこどもも赤ちゃんも。
だれもが幸せそうに微笑んで、ぼくらの前を過ぎていく。
ぼくらをここに置き去りに。
あれがゼーレだ。
見送るだけのぼくらに、ゼーレは言った。
これは、生まれる前に決めた順番なのだ。先に来て先に行くものもあり、あとに来て先に行くものもある。その岐路は多く、途は長く、来し方は忘れ行く手は見えぬ。けれど誰しも、同じところから来て、同じところへ帰っていくのだ。
その話は、ぼくらにはむずかしすぎてわからなかった。わからなかったけど、ぼくらはとてもかなしくなった。
ぼくらはここに残される。
ゼーレはうつむくぼくらの頭に手を置いた。
さあお別れだ、わたしのぼうや。
このままお行き。せかいはおまえを待っている。
ふりあおぐぼくらの目に一瞬映ったのは。
大きな弧。
頭巾の下の。
まばたきしたあいだに、すべては通り過ぎていった。
遠くとおくにあかりがまたたき、ゆれながら消えていく。
遠くとおくに鈴の音がひびき、風のあいだに消えていく。
あれが魂だ。
ぼくらは泣いた。
かなしくて泣いた。
なにがかなしいのか、そんなことさえわからないまま。
多分このおじいさん?は、時の翁なんでしょう。
生まれる前も逝くときもお世話になるらしいです。
でも出会うのは、ちょっと…