【第二夜】 自動人形の夜(4)
どうして。
なにが「どうして」なのか。解からないのに。
かなしくて、こころが痛い。
[泣くことはない、小さきものよ]
もうひとりが、天を見つめたもうひとりの自動人形がそっと声を掛けてきた。優しい声音にぼくらはその顔を仰ぎ見る。
[我らは繰り返される時間の疵。遥か未来、遠き過去、渡る翼無き異界の災厄に過ぎない]
見上げた自動人形の表情は、微かに微笑みすら浮かべていた。硝子の瞳に強い絶望と激しい孤独を沈めたままで。
それは、真夜中の月。
ぼくらは見上げる。
後ろのほうにいた自動人形は、最初のほうよりもずっと、やさしい顔をしていた。
強い、眼をしていた。
[小さきものよ、異世界の子らよ。わたしは望まない、おまえたちがまっすぐ生きられること以外。ただ、]
ゆっくりと、その眼が閉じられる。
両腕が開かれる。
[ただ。
ここにいてくれて――ありがとう]
もういちど開かれた、硝子細工の瞳。
絶望も希望も、なにもかもないまぜにした輝く瞳。
それは月の光。小さな部屋を満たしていく。
唇が開かれる。細い喉からやわらかな音が、不思議な歌が流れ出す。
軋む音も無い。
美しい歌声だけが淡い月光と戯れる。
華やかさなどない、夜の歌。
おだやかな、鎮めの歌。
これは、
子守歌。
ぼくらを揺り起こしたのは、硝子窓から差し込む朝の日差しだった。
もっとはっきり言うと、その光を反射させる光。【異界生まれのオートマトン】の弾く光だった。
それはいまや、ほんの僅かも動かない。あの美しい音も奏ではしない。ただの夢だったかのように、ふたつの人形は黙ったまま身じろぎもしない。歌ってくれた二つの歌も、何とはなしにこころの隅で小さく流れるだけなのだ。
でも。
憶えている。
白い異国の恋歌を。
永い夜の子守歌を。
最後の哀しみと最後のことばを。
強い、こころを。
かれらの言っていたことがわかるようになるには、きっともっとたくさんの時間がかかるだろう。それでも。
もういちど逢えたなら。
必ず、言ってあげられる。
なにかを。言えなかった何かを。かれらの哀しみを、繰り返される呪いを解くための言葉を。ぼくらの祈りを。
きっと、言おう。
ふたつのからだ、ひとつのこころ。
ひとつのからだ、ふたつのこころ。
おなじ、だから。
おなじ痛みを識っているから。
また何年も眠り続ける、美しい眠り姫。ぼくらとおなじこころの自動人形。
互いに想うから、よけいに互いを苦しめる。解かっていながら、なお想わずにいられない。
それがまた、罪であろうとも。厭わない、それがあの強さ。哀しみに朽ち果てもせず、繰り返される痛みを鎮める輝くいのち。
異界のものでも。
同じなのだ、ぼくらは。
かれらと、眠っている人形たちにさよならを言って、ぼくらは自動人形館を出た。
さがすために。
なにかたいせつなものを探す旅に。
なにが大切か、確かめるために。
自動人形の夜が終わる。
ぼくらの世界だ。
今度はぼくらが探しにいく番だ。
一つの夜が終わります。
けれど夜はまだ始まったばかりです。