【第二夜】 自動人形の夜(3)
いま、なにか。
顔を上げ、ぼくらは【異界生まれの自動人形】を仰ぎ見る。
俯いたきれいな顔。
宝石細工の瞳。
いまさっき、閉じたばかりのそれは。
ぼくらを映して。
今歌い終わったばかりの唇が動き出す。不思議な音を紡ぎだす。
きれいな音。
異国の、異界のことば。
けれどそれが、[だれ?]と聞こえた。
だれ? だれかいるの、と。
問い掛ける、こころ。
ここはどこ?
まだ目覚めたばかりの硝子の瞳。全てを映しながら何も見ていない、瑠璃細工の美しいこころ。
あなたはだあれ? ぼくらが尋ねた。
水のような瞳が揺れて、その光がぼくらを照らす。
かれらの肩越しに月光が差し込んだ。
月の光に動き出す自動人形。手を差し伸べて何かを抱こうとする。何かを護ろうとする。奪われまいと抗っている。大事ななにかを。
その、背後で。
鏡像のように動き始める、もうひとりの自動人形。
ふたつが、ふたりが同時に叫ぶ。
わたしのわたし。わたしのあなた。
もうひとりのわたし、もうひとりのあなた。
護りたかった、護れなかったあなた。
悲痛な叫びは。決して大声ではなかった。けれどぼくらは耳を塞いだ。塞がずにいられなかった。
痛い、痛い、痛い。
その叫びが痛い。
辛い。
深いふかい【異界生まれの自動人形】の嘆き。
今や歌も歌えずに、ふたりでひとつの心を抱いている。
ふたりでひとつのかなしみを抱きしめている。
自動人形が語りだす。
[異界異形の子らよ。
もしも叶うことならば、聴いておくれ。伝えておくれ。わたしの罪を、わたしの罰を]
歌っているようなきれいな音の連なりは、ぼくらの耳にそう届いたのだ。
どちらが歌うのだろう。大地を見下ろす前の像か、天を見上げる後ろの像か。
それとも。
同じ。
二つの口から二つの喉から。流れ出す、たったひとつの嘆きの詩。
[生まれたが罪、生くるが罰。
生くるが罪、死すが罰。
死すが罪、彷徨うが罰。其はまた我が罪]
けれど。
自動人形が嘆く。
ふたつの喉から、ひとつのこころから。迸るふたつの言葉。おなじ心でおなじ言葉で訴えていた、その同じ音が幽かに歪んだ。
[けれど赦して。わたしが殺したわたしの]
兄を、妹を。
姉を、弟を。
留まる所を知らぬ、激しい嘆き。
わたしはたくさん殺したから。
わたしは多くを奪ったから。
わたしは未来永劫彷徨うことと成っても構わない。
だけど。どうか赦して、だいじなあのひとを。
護って。わたしにはもう護れないから。
そして、伝えて。
[いつの日も、あなたを想っている、と]
だって、そんな。
そんなことって。
「すぐそばにいるのに。真後ろにいるのに。触れ合ってすら、いるのに」
自動人形が。
今まで虚空を眺めるだけだった自動人形が、ぼくらに気づいた。首を巡らし、硝子のような宝石のような、不可思議色の瞳で見つめてくる。
哀しいまでに美しい、涙に濡れた四つの。
眼。
「ふり返って。手を伸ばして。
すぐ後ろにいるの。あなたとおなじに泣いているの。泣いてばかりいないで、声を掛けてあげて。そばにいると教えてあげて」
ぼくらの言葉に。
けれど、ふたりともが首を振った。零れる涙が月光を弾く。陽の光に月の影に、流れ落ちる長い髪。
それとも、光。
我等は異界の死者故に。
朱い唇が絶望を吐く。
[漂い来て漂い去る。此の刹那の悪夢なれば。
嘆くな、識れよ。我等犯せし罪を。繰り返すことなかれ、我らが過ちを。
小さきものたちよ。どうか]
言葉が途切れる。
最初に見た方の自動人形が、
両手を胸の前に組んで祈る。
[独りきりで死なせてしまったわたしのあのひとに、出逢えたなら。
伝えて。
本当はとても、あいしていたと]
頭を垂れて。両手を堅く組んで。
――人形に、戻る。
月光に浮かび上がる美しい表情は、もはや異世界の人形に過ぎない。
悲しい心のまま。悲しい顔のまま。
閉じてしまった、悲しいまぶた。
「どうして」