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【第二夜】 自動人形の夜(2)

 扉の向こうは。

 異界、だった。

 自動人形たちのものではない、そしてもちろんぼくらのものでもない世界が扉の向こうにあったのだ。

 靴が沈むほどに毛の長い絨毯、見たこともないほどに立派な調度。そんなものが暗い灯りに浮かび上がる。

 そして、もうひとつ。

 人影。

 ぼくらは扉を思い切り閉じた。そのばたんという音が全ての音を、特に扉の向こうからの怒鳴り声を締め出すように。

 だけど。

 声はしなかった。

 扉の前でぼくらはじっと待ったけれど、声もしない、音もしない、扉も開かれない。動く気配すら感じられなかった。

 ぼくらはそっと扉に近づき、ふたりでノヴを回した。

 扉の向こうは、素晴らしい調度に飾られた静かな部屋だった。

 異界なんかじゃない。

 さっきと同じ、けれど別の部屋。

 ただひとつ、同じ人影を除けば。

 あれも、人形?

 それは、不可思議なものだった。

 人間の形、人間の顔。まつげの一本一本、細い眉の一本一本まで数えられそうだ。髪は日の光に似てまっすぐ流れ落ち、手で受けても捉えようがないと思われた。四本あるかと見えた腕も、近寄ってみればもう一体、背中合わせに置いてある人形のものらしい。

 ただ、背がとても高かった。

 病院にいた頃一番のっぽだったお医者も、ここまでは高くなかった。そんな背の高さなのだ。

 この人形は動かなかった。近くに寄ってもまだ人形のままだった。

 翳になった人形の顔から、けれど目を離せないままぼくらは一歩横に動いた。その肩に何かが触れる。

 ことん、と立札が足踏みした。

 立札には、【異界生まれの自動人形】と書いてあった。

 見回したぼくらの目に、もっと大きな壁の看板が映る。

 看板は大きかったけど、書いてあることはほんの少しだった。

 この人形が、八百年前天から墜ちてきたこと、疵の一つもつかなかったこと、そして何回か、本当に何回か動いたこと。

 でも、一番近い日付でも、百年以上昔のことだった。

 その下の大きな空白はきっと、いつかまたこれが動いたときのために空けてあるのだ。

 自動人形は動かない。

 近寄っても手を触れても、ただひんやりとした硬い感触があるだけだった。

 もう一歩近づいて、ぼくらは奇妙なことに気づいた。

 こちら向きの自動人形の向こう、背中合わせのもう一体。

 同じ顔、同じ姿のその二つは、足で腰で、背で肩で、軽く曲げたその腕でも、互いにひとつに繋がっていたのだ。

 ふたりで、ひとり?

 ひとりで、ふたり?

 美しい美しい、異界生まれの自動人形。二つとして同じものはなく、けれど二つで一つのこころ。

 なのに。

 何故一方は天を、他方は地を見つめているのだろう。何故どちらもが泣きそうな表情をしているのだろう。

 両の眼を堅く閉ざしたままで。

 こころを堅く閉ざしたままで。

 空っぽの腕を広げて。

 きいぃ

 何処からか吹き込んだ風が扉を揺らした。

 と思った。

 振り向いたぼくらの目には、揺れる扉は映らなかった。ぼくらは扉を閉めてしまっていたのだから。

 き、い。

 何かの軋む音は、ぼくらのすぐ傍、真後ろから聞こえていた。

 このまま扉を開けて、逃げたほうがいいんじゃないのかしら?

 だけど背中を向けているのも怖かった。うしろから襲われる気がして、ぼくらは同時に振り向いた。

 そのとき、

 光が射した。

 澄んだ音が床に転がり壁を弾く。

 これは。

 自動人形だ。

 ぼくらの前に佇んでいる【異界生まれの自動人形】。それが歌いだしたのだ。

 なんて美しい。

 なんて素晴らしい。

 異世界の布地に包まれた細い腕が動き出す。先ほどの軋み音はもはやしない。白い喉から流れる白い声で、白い歌を歌う。

 恋歌。

 甘く優しい風。

 の唄。

 生命。

 まぶしいひかり。

 真昼の太陽。

 そして、両腕を下ろす。眼を閉ざし頭を前に傾ける。

 閉ざした唇に、ようやくぼくらは唄の終わりに気づかされた。

 なんてきれいな。

 初めて聴く音。

【異界生まれの自動人形】の美しさ。

 ぼくらは、人形に戻ったそれに近づいた。

 冷たかった手は、さっき動いたせいだろうか、ほんのり温かく感じられた。

 それでも悲しい顔をしているのかしら。いつも悲しい顔をしているのかしら。

 八百年もの長い間にほんの何回かしか動かなかったという自動人形。その貴重な一回にぼくらは立ち会ったのだ。

 どこから来たのだろう。どこの言葉なのだろう。

 今の歌の意味が解かればいいのに。

 言葉はわからない。でも、感じた。

 優しい、こころ。

 大事なものを想う気持ち。

 それは、それは。

 ……?


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