【第二夜】 自動人形の夜(1)
夜の自動人形館に迷い込みます。
……?
考えてみれば、ホラーかサスペンスか肝試しなシチュエーション。
ぼくらはぼくらだ。
ぼくらはひとりだがふたり、ふたりだがひとりだ。
生まれた朝から、いままでずっと。
ぼくらが石畳の道を歩いていると日が暮れた。
あのおれんじ色がなかったな、とぼくらが考えていると、冷たい固いものが額を打った。
夕立だ。
雨宿りの場所を求めてあたりを見回す。と、遠くに黄色い灯が、雨に滲みながら燃えている。
あそこだ、とぼく。
あそこに行こう、とぼく。
ぼくらは手をかざしながら灯りのほうへ走った。とても速く走ったので、ひとりきりのぼくらの影とひとつきりの足音が、びちゃびちゃ濡れてしまうまえに、ぼくらは屋根の下に辿り着いた。
古くて大きな洋館が建っていた。
黄色い灯はその玄関を照らし、木製の扉を照らし、扉に架かった飾り板を照らしていた。
「自動人形館」
陶器の輝きがてらてらして、ぼくらは知らず扉に近づいていた。
ぎいという音すら立てずに扉は両側に開いた。どこかでちかちかと何かが光ったかと思うと、温かい風が吹きつけた。
ぼくらの背後で扉が閉じる。あたりは一瞬、真っ暗になった。
と、灯が点る。
ぼくらのすぐ左前で一つ。
遠くのほうで、一つ。
灯の増える早さがどんどん早くなり、気がつくとぼくらは明るい広間に立っていた。
ぼくらの目の前には止まり木が一本立っていて、緑色のオウムが止まっている。白いシャツに赤い蝶ネクタイ、黒い上着とオペラハットをまとっていた。
オウムは円い眼を開き、おもむろに喋り始めた。
“Welcome, Little boy. Can I help you?
(いらっしゃいませ、小さなお客様。どうなさいました?)
You can watch,Some,some AUTOMATA.Some,some,some …….
(ここには非常にたくさんの自動人形がおります。それはそれはたくさんの。)
Please, go ahead!”
(さあどうぞ、お進みください!)
そして、ぱっと黒い袖に包まれた緑の翼を広げた。思わぬその大きさに一瞬、ぼくらはたじろいだ。
けれどオウムは、翼を閉じ、眼を閉じた。生き生きとしていたそれは、ぼくらの目の前で人形に戻る。
Automaton――自動人形。
足元がぺかりと大きな矢印に光る。あとは自分で見て回れということだろう。
ぼくらは同時に一歩踏み出した。
Automatonは美しい。
Automatonは哀しい。
最も美しい一瞬を留めたまま、次へ移る動きを待っている。
美しい一瞬に凍りついたまま、更に美しい次の一瞬を待っているのだ。
舞台に飛び出す直前のプリマドンナ。第一声を喉に溜めた歌姫。楽譜どおりにヴァイオリンを奏でる少女。大きな玉の上でトンボをきる道化。円い線路を走る汽車。牧場を跳ね回る仔馬。賑やかに鳴る自動風琴。
すべて、ぼくらが彼らの前に立ったときだけ生命を得る。そしてひととおり生命ある動きをしてしまうと、彼らは再びきれいなだけの人形に戻っていった。
きれいだね、とぼく。
うん、とぼく。
きれいだけど、さみしいね。
うん、さみしいね。
広い広い、広い人形館は、ぼくらの足をうんざりさせた。けれど座って休めるところが見つからない。人形の傍では人形たちが動き出す。
あきらめてぴかぴかの床に腰を下ろした。床はひんやりとして、なんとなく気持ちいい。
ふいに、ぼくらの目の前に扉があらわれた。でも扉なんて出たり消えたりするものじゃないから(だってそうだったら困るでしょう?)元々そこにあったに違いない。疲れて見ていなかったのだろう。
この扉は、これといった飾りもない、ただの木の扉だった。隅には埃が積もっている。真鍮のノヴだけがきれいに磨いてあった。そのあまりのさりげなさにぼくらは扉を見落としたに違いない。少なくとも、めくるめく夢を構成する人形たちとは一線を画するものだった。だからぼくらは何の気なしに扉を開けられたのだ。