【第五夜】 コリドーの影霊(2)
ある種のキノコ等が輪になって生えるのには理由があります。
昔はそれにヒトならざるモノの意思を見たのです。
現代科学では合理的な説明がつくものがほとんどですが…
だからと言ってむやみやたらにチャレンジするのは控えた方がいいかもしれませんね。
ぼくらはしりもちをついていた。
どうして?
ぼくらは天井を見上げた。
ううん、そうじゃない。目の前にそびえる影を見上げたんだ。
それは「在る」のはずなのに、大きくて、分厚くて、黒くて、重たくて。
とても、こわかった。
影はどんどん伸び上がっていった。どんどんふくれていった。それががばりと覆いかぶさってくるのを見上げながら。
今さっきのことを思い出した。
ぼくらは影にめりこんだのだ。
銀色に光る輪。そこにふみこもうとした足を、固まった闇がばいんとはじいた。立ち上がった影がぼくらを包んでぽうんと後ろに放った。
ぼくらはしりもちをついていた。
ちかちか光る銀の輪を隠して、もくもくざわざわ、大きくなっていく影は、深くなっていく闇は、いつか見た夢に似ている。
だけどこの夢は覚めてくれない。
ふくれかえった影は、大きくおおきく口を開け。
ぼくらをばくりと飲み込んだ。
さあっと白い光が差し込んで。
今夜はこれでおしまいだ。
「在る」はぼくらを吐き出した。
足元には気をつけてお行き。銀色きのこは妖精の輪。中に入ればつかまって、百年先まで帰ってこない。
ぼくらは夜露にぬれた草のうえにすわりこんでいた。光の輪の上で、小さく薄くなった影がゆるゆらゆれる。
「ぼくらを助けてくれたの?」
じゃまをしてやっただけさ。影はぼくらのうしろでしゅるしゅる笑った。
おいらはおいらのすきなことをする。おいらのやりたいことをやる。それだけ。
銀色の輪を踏みつけて踊っている影は楽しそうで。
とても、楽しそうで。
だけど。
だめだ、だめだ。にんげんのこ。おまえはちがうものだから。
近づこうとしたぼくらを、けれど「在る」は追い払う。
「さっきまでやさしくしてくれたのに。さっきまでいっしょに歩いてくれたのに。あなたはぼくらが嫌いになったの?」
影は小さくなって、草のかげでしょわしょわつぶやいた。
ひかりはひかり、かげはかげ。
夜空をおおう白い雲は、お月さまの居場所を隠しきれずに駆けていこうとしていた。回廊の円柱も、生い茂る草も、伸び上がる木も自分の影を取り戻していく。それなのに「在る」だけは小さくうすくなっていった。
光が強いほど影は濃くなる。影が深くなれば光はいっそう強く輝く。
「いっしょにきてはくれないの?」
べつべつだから、いつもいっしょだ。
別々の場所、別々の時間、別々のものを見ながら。
おなじ一瞬を思い出す。思い出したときはいつもいっしょにいる。
だからおいらもおまえも、ひとりじゃないんだ。
「だけど、ぼくらだけではさみしいよ」
木の葉の陰で風にゆすぶられながら「在る」は小さくちいさくこたえた。
ちがうものは近づこうとする。ちがうものは同じになろうとする。だけど混ざってしまったら、どちらも消えてしまうのだ。どちらもなくなって、ちがう同じものだけがのこる。なにもかもがひとつにとけて、なんにもなくなってしまう。
なんにもないのは、さびしいよ。
小石のかげにひそみながら、小さくちいさくつぶやいた。
だからさよならだ。
さあ、おゆき。
ぼくらはあたりを見回した。まばらな木は遠くに行くほど集まって、林になって森になる。草は長くなびいて石だたみを埋め円柱を縛る。
ぼくらは回廊を抜けていた。
振り返ったぼくらに、円柱の影から「在る」が手を振った。
こころのままに、そのまままっすぐ歩いていけ。
ぼくらは回廊をあとにした。
何度も何度も振り返りながら、何度も何度も立ち止まりながら。
迷いの森に踏み込んでいく。
木のあいだを白い小道がとおっていく。
お月さまが雲のかげからかおを出し、小道を白く照らしている。いつの間にやら影法師もこっそり戻ってきて、ぼくらと並んで歩きはじめた。
ぼくらはふたりとも、ずっとだんまりで歩いていた。
「在る」のことばを、何度も何度もこころのなかで転がしながら。
思い出しているあいだ、あの影がまたこっそり、どこかからのぞいている気がして。
だけど、ここはまだ、迷路の途中。
夜明け前が一番暗い、と申します。
だからきっと。




