【第五夜】 コリドーの影霊(1)
夜も随分深くなりました。
夜の回廊はとっても長い。長くてゆがんで真っ暗だ。真っ暗で静かだ。
ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる。
あんまり道が長いので、いつ入り口をとおったのか、どれだけ歩いてきたものか、どこまでいけば出口なのか、ぼくらはすっかり忘れてしまった。
長いながい回廊はしぃんとして、まるで世界にぼくらだけしかいないみたい。石を踏む硬い音だけがぼくらといっしょにあるいていく。
お月さまもお星さまも、今夜は雲のうえで居眠りしているのかもしれない。円柱の間からのぞく夜空は、雲だけがぼんやりと白く広がっている。
僕らは二人で歩いていく。いつも一緒にいる影法師も、今夜は遊びに出かけてしまったようで、だから今 夜はふたりきり。
ぼくらはいつもひとりきり。
ぼくらはいつでもふたりづれ。
うまれたときから、いままでずっと。
だからぼくらは旅してる。ずっとふたりでいられるように。ずっといっしょにいられるように。
そんなぼくらに、なにかが「おい」 と呼びかけた。
おい、と呼びかけられて、ぼくらはびっくりして足元をみた。けれどぼくらの影法師は、まだ帰ってきていない。
もう一度呼ばれて、ぼくらは辺りをみまわした。
なにをさがしているのだい。そう聞いてきたのは、ただの影だった。
「あなたはだあれ? どこにかくれているの?」
隠れてなんぞいるものか。
影はざわざわ笑った。
おいらはここに「在る」じゃあないか。だからおいらは「在る」なのだ。
ぼくらは困ってもういちど辺りをみまわしたけれど、暗い物陰も高い天井も、しいんと静まりかえっているだけだ。
どうしよう、とぼく。
こまったね、とぼく。
だってお話ししようにも、目も顔も、すがただって見つからないのだもの。
しかたがないので、ぼくらはそおっと暗い影のひとつに話しかけた。
「こんばんは。よい夜ですね」
けれど影はへんじをしなくて、うしろの暗がりが、ぞわりと笑った。
どこを探しているのだい。おいらはこっちだ。ここにいる。
ひょろりとこんどは影が揺れた。
おまえはにんげんのこどもじゃないか。どうしてこんな夜中に歩いているのだ。にんげんは昼の生きものだ、家に帰って眠るがいい。
言われてぼくらは悲しくなった。
「ぼくらはおうちをしりません」
ぼくらはずっと病院にいたから、おうちがどこだかわからなかった。
ぼくらはずっと病室にいたから、父さんの顔も母さんの声もわすれてしまった。
ぼくにはぼくしかいないのだ。ぼくにもぼくしかいないのだ。
そうかい、そうかい。そいつは気の毒したな。
天井隅の暗がりがふるふる震えた。
なぁにそう気に病むことはない。おまえさんはここにいるじゃないか。それがなにより、それがなにより。
さあ、いこう。ここはまだ、迷路の入り口。
道案内するように「在る」のけはいが動いていく。先へ先へと進んでいく。ぼくらもそれについていく。ぼんやり暗い回廊の、ぼんやり明るい空気のなかを。
ぼんやりと。
あれはなにかしら。ぼんやり光るちいさな輪。
なんだったかしら。
ぼくらはぼんやり歩いていた。ぼんやり見つめていた。
ちいさな銀色の輪は、まるで雨の日の水たまり。踏み込めばそこにもっとたくさんの輪が生まれるのではないかしら。
ぼくらは、足を一歩踏み出して。




