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帝国を追放された第四皇子の俺は祖国を滅ぼし、全てに復讐ざまあします  作者: しぇりおん
第一章 帝国追放編

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第9話 帝国と金

 市街地を抜けたハシムは馬車へと乗り継ぎ、王都郊外にある貴族の屋敷にたどり着いていた。


「さすがは貴族。国が違えど、贅沢三昧な暮らしは変わらなさそう」


 柵に囲まれた豪勢な庭を眺め、アンジェが率直な感想を漏らす。


「皇帝家が質素倹約に努めても、帝国の貴族には無関係ですからね」


 馬車の中から、カタリナが皮肉交じりに応じた。


「お待ちしておりました。ハシム皇子殿下御一行とお見受けいたします」


 門の前に立つ衛兵に問われ、スレイが「ああ、そうだ」と短く返す。衛兵がもう一人に目配せすると、重厚な門がゆっくりと開かれた。



 一行を乗せた馬車は、噴水の横を通り抜け、屋敷の玄関口へと横付けされる。


「皇子殿下! よくぞお越しくださった!」


 ハシムが馬車を降りるのと同時に屋敷の扉が開き、いかにも貴族然とした出で立ちの男が現れた。


「こちらこそ、お招き感謝いたします。ダリアン公爵」


 ダリアンと呼ばれた男はハシムに駆け寄ると、その手を握りしめ、上下に大きく揺らした。


「公爵って……、かなり偉い人だよね?」


 アンジェが隣のカタリナに小声で尋ねる。


「ええ。この国で国王に次ぐ地位と財産を持つ御方よ。それにダリアン公爵は親帝国派の筆頭。真っ先に挨拶へ伺うのが筋よ」


 カタリナの解説に、アンジェは納得したように頷いた。


「殿下とは、城での晩餐会以来ですな」


「ええ。あの時はご挨拶程度しかできませんでしたが」


「あの時の殿下は注目の的でしたからな!」


 ダリアンはハシムの肩を叩きながら上機嫌に話し、「立ち話もなんです、どうぞ中へ」と手招きした。


「スレイ。馬車を裏に回して、馬を休ませておいて」


 アンジェの指示に、スレイは「了解です」と応じ、使用人の案内で屋敷の裏手へと向かう。ハシムの後ろには、ライラ、アンジェ、そしてカタリナが従った。



 正面玄関を抜けた先の大広間には、絵画や彫刻が所狭しと飾られていた。


「なるほど、これは見事ですね」


「そうでしょう。気に入った物があれば仰ってください。殿下なら特別に()()()お譲りしますよ!」


 ダリアンの熱烈な提案に対し、ハシムは「いえ、遠慮させていただきます」と丁寧に辞退した。


「左様ですか……。殿下も質素倹約を掲げる皇帝家の一員、ということですかな?」


 残念がりつつも、ダリアンは納得した様子を見せる。


「ここまで豪勢だと、逆に下品に見えるわね……」


 アンジェが思わず毒づくと、「聞こえるわよ。もっと声を抑えなさい」とカタリナからたしなめられた。


「黙れとは言わないんだ……」


 その直後、カタリナが背後から声を上げた。


「ところでダリアン公爵。こちらの屋敷に書斎などはございますか?」


「ええ、ございますとも」


 ダリアンが合図を送ると、控えていた使用人がカタリナを連れて大広間を後にした。


「申し訳ありません公爵。配下が我儘を言ったようで」


「いえいえ。皆様もぜひ、屋敷内をご覧になってください」


 アンジェはその言葉に甘えて場を離れようとしたが、笑顔のライラに肩を掴まれ、その場に留め置かれた。



 一行は豪華に装飾された廊下を渡り、応接室へと招かれた。


「どうぞ殿下、お掛けください」


 促されるままソファに座ったハシムに、「お飲み物は紅茶でよろしいですかな?」と確認が入る。


「ええ、紅茶を」


 ダリアンが使用人に視線を送ると、手際よくハシムの前に菓子と紅茶が並べられた。


「どうぞ、皇子殿下」


 差し出された紅茶を見つめ、ハシムが「ありがとうございます」と静かに礼を言う。その様子に、ダリアンが声を上げた。


「殿下! 心配されずとも毒など入っておりませんぞ!」


 ダリアンは自ら紅茶を注ぎ、それを飲み干して見せた。


「失礼いたしました、公爵」


 ハシムは紅茶を一口含み、「とても美味しいです」と微笑む。


「そうでしょう! 最高級の茶葉と技で淹れた一杯に、毒など混じり込む隙はございません!」


「ええ、そうですね。ですが——」


 ハシムは静かに付け加えた。


「仮に毒が入っていても問題ありません。()()()()()()()()()()()()


 ダリアンは困惑し、眉をひそめた。


「殿下、それはどういう……?」


「冗談ですよ、公爵。いわゆる()()()()()()です。公爵もお持ちでしょう?」


「そ、そうでしたか! 私もいくつか持ち合わせがありますので、いずれ披露させていただければ……」


「楽しみにしていますよ」


 ハシムの返答に、ダリアンは胸をなでおろしたように笑った。


「いやはや、殿下も冗談を仰るのですな。それも毒ネタとは……一本取られましたな」


「いえ、皇帝家においてはありきたりなネタの一つです」


「ははは! さすがは皇帝家。毒を盛られるなど、一度や二度は経験されることですな」


 茶化すように笑うダリアンに、ハシムも笑みを返す。


「……ああ、そうだ。毒を盛られるなど、よくある話だ」


 ハシムが紅茶を見つめ、独り言のように呟いた。その声を拾った背後のライラは、複雑な表情を浮かべていた。



「ところで殿下。本日はどのようなご用件で?」


 対面に座るダリアンが問いかける。


「本日は挨拶に伺ったまで。大した用では……」


 そこでハシムは何かに気づいたように紅茶を置いた。


「失念するところでした。実は公爵に、お渡ししたい物がありまして」


 ハシムに促され、ライラが小箱をテーブルへ置く。


「殿下、これは?」


「見れば分かります。開けてみてください」


 ダリアンが恐る恐る箱を開けると、そこには一枚の金貨が収められていた。


「……っ、これは!」


「ぜひ、手に取ってご覧ください」


 ダリアンは震える手で金貨を取り出し、まじまじと観察した。そして突然立ち上がると、背後の棚から本を掴み取り、金貨と見比べる。


「殿下……これは……『ローランド金貨』ではありませんか?」


「ええ、その通りです。さすがは公爵。金貨収集家としての審美眼をお持ちで」


「殿下、これを一体どこで!」


 詰め寄るダリアンに対し、ハシムは顔色ひとつ変えずに紅茶を啜った。


「その金貨をよく見れば、答えは自ずと出ますよ」


 ダリアンが改めて金貨を凝視し、ある事実に突き当たった。


「……殿下、もしやこれは……()()された物では……?」


「その通りです。その金貨は、帝国が新たに鋳造した物です」


「どのようにして! ローランド金貨は()()()()()も前の代物ですぞ!」


 声を荒らげるダリアンを諭すように、ハシムは語り始めた。


「公爵。帝国の歴史を象徴する()()()()をご存知ですか?」


「たしか……帝国の歴史は()()()で出来ている、でしたか?」


「ええ。この言葉を聞いて、帝国が侵略によって他国の金を略奪したと捉える者は多い。ですが、事実は少々異なります」


 ハシムは静かに続ける。


「帝国の歩みは侵略の歴史と言えますが、すべての戦争で多くの血が流れたわけではありません。なぜか分かりますか?」


「……廃金置換(はいきんちかん)政策、ですか」


「その通り。帝国は制圧した国家の金貨をすべて押収し、帝国製へと置換しました。しかし、民の財産を奪ったわけではない。所有していた旧金貨に応じ、帝国金貨を再配布したのです」


「……戦時下でありながら財産が守られる。通常ではあり得ない状況ですな」


「ええ。それらの政策により、賢明な貴族や商人は親帝国派へと転じました。その結果、戦争を有利に進めることができたのです。反逆すれば財産はすべて没収されますからね。誰一人として逆らおうとは思いません」


 ハシムの解説を聞き終えたダリアンが、改めて問い直した。


「ですが殿下。その話が、このローランド金貨とどう繋がるのですか?」


「少し話が逸れましたね。ですが、これには重要な意味があります。……アンジェ、あれを」


 アンジェが背嚢から取り出した重量感のある物体を、テーブルに置いた。


「殿下、これは……金型ですか?」


「ええ。そのローランド金貨は、この金型で製作しました。これは皇帝家が代々所有していた物です」


「皇帝家が……?」


「帝国は、滅ぼした国家の金貨の金型を、戦利品として保管し続けています」


 ダリアンは目を見開いた。


「では、帝国に消されたほぼすべての金貨を、現代に新造できるということですか……!」


「そういうことになります」


 想定外の事実に、ダリアンは独り言を漏らしながら考え込み始めた。その姿を眺めながら、ハシムは悠然と紅茶を飲み干した。



 やがて落ち着きを取り戻したダリアンが、居住まいを正してハシムに向き合う。


「……それで殿下。この金貨、おいくらで譲っていただけますかな?」


「代価は不要です。お近づきの印としてお受け取りください」


「む、無償……?それはさすがに恐れ多いことですが……」


「お気になさらず。金型があればいくらでも作れますし、費用もさほど掛かってはいませんから」


 ハシムが軽く告げると、ダリアンは「左様であれば、ありがたく頂戴いたします」と、至宝を手にするかのような手つきで金貨を受け取った。


「それで殿下、何かご所望のことがあれば仰ってください」


 ハシムは少し考え込み、切り出した。


「では、口利きをお願いできますか?」


「口利き、ですか。どのような……」


「難しい話ではありません。私が所有する『ハシム商会』が、この国で商いを行いやすいよう手助けしていただきたいのです」


「なるほど、商会をお持ちでしたか。承知いたしました、お力添えしましょう」


 ダリアンは立ち上がると、「すぐに紹介状を書きますので、少々お待ちを……」と言い残し、使用人を連れて部屋を後にした。

 応接室には、ハシムたちだけが残された。



「しかし、金貨一枚でここまでうまくいくとはね」


 アンジェが台車の上の菓子をつまみ、自ら淹れた紅茶を飲む。


「アンジェ、無作法ですよ。座りなさい」


「座れと言われても。殿下の隣か向かいしかないけど、それでライラは納得するの?」


 皮肉を返され、ライラは黙り込んでしまう。


「こいつの無作法など今に始まったことではない。放っておけ」


 そう言うハシムもまた、テーブルに足を投げ出し、行儀悪く紅茶を飲んでいた。


「殿下も大概ですね」


 アンジェがツッコミを入れる。


「殿下。誰も見ていなくとも、礼節を欠いてはなりません」


 ライラの指摘を、ハシムは軽く受け流した。


「そう固くなるな。お前も一杯どうだ?」


 差し出された紅茶に対し、ライラは首を横に振って断った。


「心配せずとも、誰か来れば気配で分かる」


 ハシムがそう言った直後、「おっと、噂をすればだ」と表情を変えた。三人はダリアンが近づく気配を察知する。


 アンジェは素早く菓子を飲み込み、平然とした顔でハシムの後ろに控えた。


 直後、扉が開き、ダリアンが戻ってきた。


「お待たせしました殿下。こちらが紹介状です。内容のご確認を」


 差し出された書類に目を通したハシムは、「問題ありません、感謝します」と立ち上がり、手を差し出した。


「これからも良き関係を築いていきましょう、殿下!」


 ハシムはその手を強く握り返し、「ええ」と短く応じた。




 ダリアンが応接室へと戻り、共に菓子と紅茶を楽しむ中、ダリアンが感心したように尋ねる。


「しかし殿下、失われた金貨の再発行とは、よく思いつかれたものですな」


「ああ、それについては私の発案ではありません」


「ほう、そうなのですか?」


「発案者は我が兄、クラーク第三皇子です」


「クラーク殿下といえば、帝国の財務を司る御方……」


「ええ。兄は国益に繋がることなら何でもします。金貨の再発行も外貨獲得の手段。私はそれに乗ったに過ぎません」


 ダリアンは「なるほど」と深く頷いた。


「それで殿下。よろしければ、私が収集した金貨の数々もご覧になりますか?」


「ぜひ」


 ハシムは立ち上がり、ダリアンの案内で廊下を歩き出した。



「そういえば……。帝国と金にまつわる有名な小話があるのですが、お聞きになりますか?」


「ええ、ぜひ聞かせてください」


 ダリアンは一つ咳払いをし、語り始めた。


「ある探険家が洞窟で二つの宝箱を見つけました。一方は金貨、もう一方は銅貨がぎっしり詰まっていました。普通なら金貨を選びますが、帝国人だけは違った。その金貨が帝国製でないと知るや、迷わず銅貨の箱を選び、さらに金貨の箱も()()()()()()()()()()()……という話です」


 ハシムはふっと口角を上げた。


「ふふ……なるほど。帝国という国と国民性を、実によく表した話ですね」


「そうでしょう。私もこの話を聞いたときは、思わず膝を打ちましたよ」


 二人は談笑しながら展示室へと向かい、日が傾くまで歓迎のひとときを過ごした。



「殿下のおかげで、極めて有意義な時間となりました」


「こちらこそ。存分に楽しませていただきました」


 ダリアンの見送りを受け、ハシムたちは屋敷を後にする。


「なかなかの御仁ですね。公爵の地位にいるだけはあります」


「そうだな、ライラ。だが、腹の内までは見せてはくれそうにない」


 ハシムが馬車の中で思案していると、本を読んでいたカタリナに視線を向けた。


「それで、収穫はあったのか?」


「展示室にあった歴史書の写しなら貰ったよ」


「……そちらではない」


 ハシムがため息をつくと、ライラが笑顔でカタリナに圧をかける。


「カタリナ。無駄な問答はやめなさい。怒りますよ?」


「……分かったって」


 カタリナは観念して口を開いた。


「許可された場所は一通り見たけど、帳簿の類はなかった。さすがに、客人の目に触れる場所には置いてないみたい」


「そうか、苦労をかけた」


 ハシムの労いに、ライラが付け加える。


「帳簿が見つかれば脅しの材料にできたのですが」


「気にしたところで仕方ない。いずれフウカに調べさせる」


 馬車がしばらく走っていると、前方から馬に乗ったヒューゴが現れた。


「殿下、ヒューゴが来ましたよ」


 窓から外を覗いていたアンジェが告げる。


 ヒューゴは馬車に横付けし、軽口を叩いた。


「いやぁ殿下、ちょうど良かった! 入れ違いになったらどうしようかと……」


「どうでもいい。本題を話せ」


 一蹴されたヒューゴは一瞬肩を落とすと、めげる様子もなく報告を始めた。


「殿下が見つけた例の外套連中ですが、やはりウェルシュの輩でした。誰の配下かまでは掴めませんでしたが、拠点は割れています。奇襲もいけますが、やりますか?」


 ハシムはしばらく考えた後、「必要ない」とだけ返した。


「そうですか。まぁ、俺たちはいつでも準備できてるんで、()()()が来たら呼んでください」


「ああ、分かった……。ところで、フウカは?」


 ハシムの問いに、ヒューゴは頭を掻いた。


「あー、先に城に戻るって言ってましたよ」


「全く……」


 ハシムはこめかみを押さえた。


「それで殿下。これからどう動くおつもりで?」


 カタリナの問いに、ハシムは悠然と答えた。


「何もしない。成り行きに任せる。何かあれば、その都度修正すればいい。世の中、計画通りに進むことなど、そうそうないからな」


 足を組み、自慢げに言い放つハシムを乗せ、馬車は黄昏の道を進んでいった。


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