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帝国を追放された第四皇子の俺は祖国を滅ぼし、全てに復讐ざまあします  作者: しぇりおん
第一章 帝国追放編

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第8話 城下探訪

 レークランド王国を訪れて数日。ハシムは、ある人物に会うため城下街を進んでいた。

 一団はハシムを先頭に、アンジェとスレイがそれぞれ馬に乗り、ライラたち従者は馬車で後方を追従する。


「しかし、王都といっても古いだけで、人口も経済も帝国の地方都市と大差ないですね」


「隊長……、街中でそんなことを言わないでください。聞こえますよ」


 街並みを眺めながら毒づくアンジェに、スレイが釘を刺す。


「だって事実でしょ? こんなオンボロ都市、帝国軍なら一日……、いや半日で落とせますよ」


「滅多なことを言うな、阿呆」


 アンジェの失言を、今度はハシムが強く制した。


「だって、あたしたちは帝国ですよ。ならもっと帝国らしく、威厳のある行軍をしましょうよ。あたしとスレイを含めて護衛が六人なんて少なすぎます。今からでも近衛を総動員して……」


 熱意を持って近づき、語りかけてくるアンジェに、ハシムは無言の圧を送り、その口を閉じさせた。


「威圧してどうなる。我々は侵略ではなく、同盟のために送られたのだ。民の心象を悪くしてどうする」


「でも、殿下はいずれこの国を……」


 言いかけるアンジェをハシムが睨みつける。その視線に圧されたのか、彼女はそれ以上言葉を続けられず、大人しく後方へと下がった。



 一行が市場の近くに差し掛かると、珍しい光景なのか、自然と人だかりができていた。


「ただの移動で、これほどの人だかりができるなんて……」


 カタリナが馬車の中から、沿道に集まる人々を見つめる。


「帝国の皇子を拝める機会など、そうそうありませんから。仕方のないことでしょう」


 対面に座るライラが冷静に、だが何処か嬉しそうに返した。


「注目という意味では、あなたも相当目立っていますよ、アンジェ」


 隣を並走するアンジェにライラが声をかけるが、当の本人は「あたしが?」とピンときていない様子だ。


「あれが帝国の皇子か……」

「あの付き人、異国人か?」


 群衆がざわめく中、一行が進み続けていると、人波に押された少女が路上に転がり出た。するとその手に持つかごを中身のリンゴごと、ばら撒いてしまう


「あ! リンゴ!」


 少女は目の前に転がったリンゴを拾おうと、ハシムの馬の前に飛び出す。


「――っ!」


 ハシムは即座に手綱を引き、馬を止めた。馬は唸り声を上げ、前足を高く蹴り上げたが、間一髪で少女を捉えることはなかった。


「殿下!」


 馬の嘶きを聞いたライラが、馬車の扉を開けて身を乗り出す。


「大丈夫だ」


 ハシムが馬をなだめる姿を見て、ライラは安堵の息を漏らした。


「本当に大丈夫ですか、殿下?」


 アンジェが馬を寄せて心配そうに尋ねる。


「少し驚いただけだ。私と馬がな」


 ハシムは短く答え、馬の首筋を撫でた。

 そこへ母親らしき女性が駆け寄り、少女を抱きしめる。少女は何が起きたのか理解できていない様子だった。


「さて、どうしましょうか」


 馬に乗ったままアンジェが、槍を手に親子を見下ろす。スレイも続いて降り、アンジェの馬の手綱を引き受けた。


「これを頼む」


 ハシムも馬を降りて手綱を護衛に預けると、親子に向かって歩き出した。

 ――その手には、()()()()()()()()()()()()


「ど、どうかお許しください!」


 剣を手に近づくハシムに、母親は必死に懇願した。だが、ハシムは気に留める様子もなく、親子に向けて剣を突き刺す。


 母親が悲鳴を上げ、反射的に子供を庇った。

 しかし、剣先が貫いたのは親子の前に転がっていたリンゴだった。


「あ、わたしのリンゴ!」


 少女が思わず声を上げる。


()()……だと?」


 ハシムは剣を振り上げ、刺さったリンゴを見つめながら少女に問い返した。


「これは私が今、()()拾ったものだ。貴様はこのリンゴの所有権を主張するというのか?」


 ハシムがリンゴを軽く宙へ放り上げる。少女はそれを見上げ、真っ直ぐに頷いた。


「あ、アンナ……」


 母親の制止を振り切り、アンナと呼ばれた少女は立ち上がった。


「返してください。お願いします」


 少女が深々と頭を下げる。その姿をしばらく沈黙して見つめていたハシムは、不意に鼻で笑った。


「いいだろう、このリンゴはお前のものだ」


 少女が顔を上げ、パッと笑顔を見せる。


「だが、せっかく拾ったものだ。私に譲ってくれないだろうか?」


 剣を鞘に収めたハシムは笑みを見せつつ、少女の目線に合わせて腰を落とした。困惑する少女に対し、彼は腰の小袋から硬貨を一枚取り出す。


「こ、これは……」


「足りなかったか? それとも帝国の金貨はこの国では使えないのか?」


「い、いえ違います! これでは貰いすぎです! リンゴ一個に金貨なんて……!」


 慌てる母親を、ハシムは冷ややかに睨みつけた。


「この国のリンゴの価値など知らぬ。貴様らは、私がわざわざ払った金貨を受け取れないというのか?」


「そ、そういうわけではございません……」


「ならば黙って受け取っておけ」


 ハシムは上機嫌でリンゴを放り上げながら、再び馬に跨った。


「手間取ってしまったな。では行くとしよう」


 一団が再び動き出す。

 去っていく彼らの背中に、母親はいつまでも頭を下げ続け、少女は無邪気に手を振り続けていた。



 親子と離れてしばらく経った頃、スレイが声をかけた。


「素晴らしい対応でした、殿下」


「……フッ、それは皮肉か、スレイ」


「スレイはちゃんと褒めてますよ、殿下」


 ハシムの半笑いの問いに、アンジェが横から口を出す。


「こいつは言うことすべてが皮肉に聞こえますが、褒める時はちゃんと褒めるんです」


「知っているさ」


 ハシムが呟くと、スレイは少し恥ずかしそうに視線を落とした。


「しかし殿下も物好きですね。あの親子相手にわざわざ『演技』するなんて。さっきあたしに言ったことと矛盾してませんか? 威圧するなとか言っておきながら」


「あれは威圧したのではない。皇子としての自分を《《演出》》しただけだ」


「演出?」


 アンジェが首を傾げる。


「そうだ。あの一件を見た者は、あの皇子はイかれていると思うだろう。だが同時に、親子に情けをかけた噂が広まれば、人々の中で《《慈悲深き一面を持つ皇子》》という虚像が完成するのだ」


「さすがは殿下。脚本と演出まで手がけるとは恐れ入ります」


 ハシムの茶番じみた壮大な計算に、アンジェは皮肉を込めてそう返すのだった。



「しかし、北国のリンゴは美味いな」


 ハシムがリンゴを齧る。


「帝国産のリンゴは生食に向かず、ジャムや蜂蜜漬けにしてようやく食べられる……でしたか」


 スレイの言葉に、アンジェが目を丸くした。


「え、生で食べないの?」


「隊長……、あれを美味しいと思って食べていたのですか……」


「だって! 帝国産のリンゴしか知らなかったんだもん……」


 引き気味のスレイに、アンジェは肩を落とす。


「お前が生食を好んでいると思って、毎回ライラに用意させていたのだが……。まさか知らなかったとはな」


 ハシムは半笑いでリンゴを口に運ぶ。


「殿下! なんであの時、人数分貰わなかったんですか! あたしにもリンゴくださいよ!」


「あとで自分で買え」


 開き直ったアンジェを、ハシムはにべもなく突き放した。



 それからしばらくして、一行は水飲み場で休憩を取った。


「殿下、大丈夫ですか……?」


 水面を無言で見つめるハシムに、ライラがそっと声をかける。


「ああ……大丈夫だ……。たぶん、な」


 冷静を装ってはいるが、その脳裏にはある記憶が蘇っていた。


「殿下、やはりあの時のことが……」


「大丈夫だと言っている……。そう思っていたが、あの親子を見ると、どうしても思い出してしまうな」


 顔色の悪いハシムが俯きながら漏らす。


「ねえ、殿下のあの様子……。以前聞いた初陣の……」


 遠巻きに見ていたカタリナが口を開きかけるが、アンジェがそれを制した。


「だめだよカタリナ。それ以上は踏み込まないほうがいい」


「……お前たち、一応聞くが」


 水飲み場の縁にうなだれるように座ったハシムが、怒気を含んだ声で問いかけた。


「あの親子、誰かの仕込みというわけではないよな」


 全員がその気配にびくりと体を強張らせる。


「殿下、流石にそれはございません。そうですね、皆」


 ライラが笑顔で周囲を見渡すと、全員が強く頷いた。


「そうだな……すまない。皆を疑うべきではなかった」


 ハシムが顔を上げると、一行に安堵の空気が流れた。



「出発の前に、片付けることがある。フウカ」


 ハシムが呼ぶと、音もなくフウカが現れた。


「なに?」


「……あんた、居たんだ」


 カタリナが呆れたように呟く。


「市場での騒動の際、外套を纏った者がいた。追跡したか?」


「それなら、もうオッサンが追ってる」


「そうか。ならばいい」


 ハシムは思案にふける。カタリナは隣のアンジェに「そんな奴いた?」と小声で尋ねるが、「さあ、どうだろ」とはぐらかされ、不満げに頬を膨らませた。


「殿下、やはりヒシャーム家の……」


「いや、違うな。奴らならあんな分かりやすく動かない」


 ライラの推測をハシムが否定する。


「どこかの密偵だとしたら、北方諸国ですか?」


 アンジェの問いに、ハシムは首を振った。


「北方諸国ではないだろう。彼らが情報を得るのに使うのは商人だ。それに、かの国は合議制だ。他国に密偵を送り込むには慎重になるはずだ」


「ならば、残るはウェルシュですね」


 カタリナが思い当たったように言う。


「なぜそう思う?この国(レークランド)の可能性もあるだろう」


「レークランドの可能性が一番低いです。そうでしょ、フウカ」


「まあね。色々探ったけど、妨害とかはなかった」


 名指しされたフウカが気だるそうに答え、ハシムは納得したように頷いた。


「戦争と無縁の地とはいえ、諜報組織すら持たないとは。平和とは恐ろしいですね」


 ライラが皮肉を込めると「そうだな」とハシムが同意する。


「それで、さっきの奴はウェルシュの人間ってことでいいのか?」


「おそらくね」


 アンジェの確認にカタリナが返す。


「しかし、あのウェルシュが外国で諜報活動とは意外ですね。かつては帝国黎明期における最大の競合国だというのに」


「衰退は仕方のないことだ。奴隷と平民から搾取した富で築かれた国など、長続きするほうがどうかしている」


 ハシムは冷ややかに言い捨てた。


「でも、現国王は穏健派だって聞いたけど。そんな人が密偵なんて送り込むかな?」


「穏健な王だからといって、密偵を使わないわけではないでしょ。それに……必ずしも王の配下とは限らない。あの国には三人の王子がいる。その内の誰かの独断かもしれない」


 カタリナの指摘に、アンジェがなるほどと頷いた。


「いずれにせよ、ここで議論しても答えは出ない。ヒューゴの追跡が終わるまで、我らは成すべきことを成す」


 ハシムは再び馬に跨ると、フウカを一瞥した。


「ヒューゴと合流しておけ」


 フウカは不服そうに頷くと、再び音もなくその場から消えた。

 一団は再び、静かに街の奥へと進み出した。


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