第6話 昼下がりのお茶会
日が一番高く昇る頃。ハシムたちは中庭でお茶会を開いていた。
ハシムの座る円卓には、色とりどりの菓子が並び、華やかに彩られている。
「殿下、何になさいますか?」
「コリー産の紅茶を」
ライラが「かしこまりました」と応じ、華麗な手捌きで紅茶を淹れてハシムに差し出す。
ハシムはその紅茶を手に取り、香りを確かめてから一口飲んだ。
「美味い。相変わらず良い腕前だな」
ハシムに称賛されたライラは、嬉しそうにしながらも「メイドとして当然です」と返す。
「そうだな。お前なら大したことではないだろう」
ハシムはそう言うと、ライラの淹れた紅茶を静かに堪能した。
その一方で、カタリナとアンジェ、フウカの三人もしめやかに《《お茶会》》をしていた。
「どうぞ、アンジェさん」
シシリーが、肉の乗った皿をアンジェに差し出す。
「ありがと、シシリー」
アンジェは目の前の肉を一口分切り取ると、口に運び、その美味しさに笑みを浮かべた。
「あのさぁ……これ一応、お茶会なんだけど」
対面に座るカタリナが、呆れた様子で指摘する。
しかしアンジェは気にする様子もなく、肉を頬張りながら返した。
「それが?」
「アンタ……お茶会って知ってる? お茶とお菓子を優雅に楽しむものなの!」
「だから、優雅に楽しんでるじゃん。そうだよね、フウカ?」
カタリナの隣では、同じく肉を頬張っているフウカが、口を膨らませながら同意するように頷く。
アンジェは追い打ちをかけるように、紅茶を口に含んだ。
「ほら、ちゃんとこうやってお茶も飲んでるし」
「あんたらは……」
二人にツッコむ気力も失せるほど、カタリナは深く落胆した。
「まあ、そんなに不貞腐れるなって。肉をお茶請けにしているのにも、ちゃんと合理的な理由はあるんだよ」
「どんな理由よ……」
アンジェは食べながら、その持論を語り始める。
「午前中に働いたら、その分お腹が減るでしょ? でもお茶会じゃお菓子くらいしか食べない。午後も働くなら力を蓄える必要がある! だから昼に食べるべきは、菓子ではなく肉が良いってこと!」
力説するアンジェに、カタリナは呆れ顔を隠さない。
「それはつまり……一日三食が理想ってこと?」
カタリナの問いに、アンジェがコクリと頷く
「一日三食は毎日働く労働者の習慣でしょ。私たちは皇子付きの従者なのよ。そんな平民みたいなこと、できるわけないじゃない」
「平民って……アンタも平民じゃん……」
貴族ぶる平民のカタリナに、アンジェは呆れながら肉を食べ続けた
一方もう一つの円卓でも、お茶会をする者たちがいた。
「ラル様、紅茶のおかわりはいかがですか?」
「ありがとうございます、シシリーさん。いただきますね」
シシリーがラルに紅茶を注ぐ。その様子を、対面からヒューゴが羨ましそうに眺めていた。
「シシリーちゃん、こっちもお代わりほしいなぁ」
「ヒューゴ様は、ご自分でお願いしますね」
軽くあしらわれ、落胆しながら自ら紅茶を注ぐヒューゴ。その姿を、肉を食べていたスレイが鼻で笑う。
「惨めだな、オッサン」
「あまりそういうことは言うべきではないぞ、万年二位君」
スレイは「万年二位」という言葉を聞いた瞬間、食べる手を止めて立ち上がった。
「オッサン! どこでその言葉を!」
「さあ、どこだろうな? 密偵をやっていると、情報源は無限にあるからなぁ……」
とぼけるヒューゴを見て、シシリーが不思議そうに尋ねる。
「万年二位……とは、どういった意味合いでしょうか?」
「そ、それは……」
答えに窮するスレイを余所に、ヒューゴが勝手に解説を始めた。
「簡単な話だよ。こいつは帝国の士官学校出身なんだけど、入学してからある時期まで、すべての成績が二位だったんだ」
「おい! オッサン! 勝手に話すな!」
睨みつけるスレイを無視して、シシリーが「すべての……」と呟く。
「二位というのは……つまり、その……」
弁明しようとするものの、苛立ちで言葉が詰まるスレイ。見かねたラルが助け舟を出した。
「スレイさんは士官学校の出身だったんですね。才覚に溢れている理由が今わかりました」
ラルの擁護に少し落ち着いたのか、スレイは椅子に座り直して一呼吸置いた。
「別に隠していたつもりはない。ただ……あまり思い出したくない時代だったからな」
「そうでしたか……。軽率に聞いてしまい申し訳ありません、スレイ様」
シシリーが頭を下げると、スレイは「謝る必要はない、悪いのはこのオッサンだ」と、再びヒューゴを睨みつけた。当の本人は、悪びれる様子もなく紅茶を啜っている。
「しかし、スレイさんほど優秀な方が二位で居続けるなんて……一位の方はどのような方だったのでしょうか?」
「それは……」
ラルの当然の疑問に、今度はヒューゴが即答した。
「スレイが二位になってしまうのも仕方ないことさ。一位があのハシム殿下だったからな」
予想外の事実にラルとシシリーは言葉を失い、スレイは聞かれたくなかったのか俯いた。
「殿下が、士官学校に?」
「ああ、一年ほど在籍したあと、自主退学したそうだ」
「初めて知りました……。でも、自主退学というのは……」
「おそらく、例の初陣の件で責任を取らされたってところだろう。実際、あの初陣のあと、殿下は追放されるように大陸諸国を放浪していたしな」
ヒューゴの言葉に、シシリーは納得したように頷いた。
冷静さを取り戻したスレイに、ラルがさらに問いかける。
「ところでスレイさん。士官学校時代の殿下は、どのような感じだったのでしょうか?」
スレイは複雑な表情を浮かべつつ、当時のことを話し始めた。
「……すごく優秀だったよ。本来なら十五歳から入学できるところを、特例で十四歳から入学して、実技も座学も共に一位を取り続けるくらいにはな」
「さすがは殿下だ。どこぞの秀才貴族を上回るとはな」
ヒューゴが皮肉を込めて茶化すが、スレイはそれを聞き流した。面白くないヒューゴはさらに言葉を重ねる。
「しかし良かったな、スレイ。殿下が自主退学したことで、ようやく一位を取り戻せたんだろ?」
「ああ、そうだな」
スレイは冷静に返し、続けてヒューゴを牽制した。
「なあオッサン。また怒らせたいなら、別の方法を試した方がいいぞ」
「そうか。なら言葉通り、別の話をしようか」
ヒューゴは表情を改め、核心を突く問いを投げかけた。
「なあスレイ……お前、なんでハシム殿下の近衛に配属を望んだんだ?」
スレイが微かに身を強ばらせる。
「なぜ……そんなことを聞く」
「あ、それは僕も気になっていました!」
「私もです。殿下を好敵手と思っていたのなら、どうしてその配下になられたのですか?」
ラルとシシリーの追及に、スレイは「どうでもいいだろ」とはぐらかそうとする。
「どうでもよくはないだろ。ここにいる誰もが、殿下に対して何かしらの思いを持っている。士官学校の同期だったお前が、何も思っていないわけがない」
鋭い指摘に、スレイは沈黙する。
「偶然配属された、なんて言うなよ。成績上位者は配属先を選べるはずだ。ハシム第四皇子旗下の近衛なんて、狙わないと配属されないぞ?」
ヒューゴの追及は止まらない。ラルも「理由もなく志願するなんて、普通ありませんよね……」と疑いの眼差しを向ける。
そこでヒューゴは、トドメの一撃を放った。
「なら、残る可能性は一つだ。スレイ、お前、どこの密偵だ?」
その言葉にラルとシシリーが息を呑む。スレイは半笑いで返した。
「密偵? 一番ありえないだろ」
「なら合理的に説明してくれよ。なぜ殿下の近衛を選んだのかを」
沈黙を貫くスレイに、ヒューゴは何かを思い出したように声を張り上げた。
「俺としたことが、もう一つの可能性を見落としていたわ!」
「もう一つの可能性……ですか?」
ラルが尋ねると、予想外の答えが返ってきた。
「女だよ」
「えっ」
絶句するラルと、ありえないという表情のシシリー。
「スレイさんに関わる女性となると……」
しばらく考え込んだ二人は、顔を見合わせて同時に声を上げた。
「あっ……」
「まあ、そういうことだ」
「ち、違う! 隊長は関係ない!」
スレイが慌てて弁明するが、ヒューゴは容赦なく畳みかける。
「違うなら、合理的な理由を言ってみろよ、スレイくん?」
「僕は……」
「なるほどなぁ、アンジェか……。真面目君も意外とむっつりスケベだったんだなぁ」
「スケ……違う! 僕は……!」
シシリーが軽蔑の眼差しを向け、ラルが困惑する中、ヒューゴはさらに煽る。
「だめだよスレイくん。上官に劣情をぶつけては……」
我慢の限界に達したスレイは、立ち上がりざまに抜剣し、剣先をヒューゴへ向けた。
ヒューゴも対抗するように立ち上がり、二本の短剣を構える。
「おいおい、図星だからって剣を抜くことはないだろ」
「散々煽っておいて、これもあんたの望み通りだろ!」
円卓を挟んで睨み合う二人。ラルは落ち着かせようとしたが、シシリーに「放っておきましょう」と制止され、半分諦めた様子で座り直した。
「オッサン、あんたが剣技で僕に勝てると思っているのか?」
「勝とうなんて思っちゃいないさ。この短剣じゃ勝負にならないだろうしな。だが、人には得意な領分というものがあってな……そこに持ち込めば、五分五分くらいにはいけるさ」
ヒューゴが不敵に短剣を振り回し、スレイも剣を構え直す。
「止めなくて、いいのかな……」
「大丈夫ですよ。いざという時は殿下の命令で、ライラ様が止めに入りますから。それよりラル様、おかわりはどうですか?」
「あ、いただきます」
四人の賑やかな(?)お茶会は、まだ続くようであった。
それぞれのお茶会の様子を、ハシムは遠くから眺め、時折頭を抱えていた。
「殿下、処理……致しますか?」
「必要ない。好きにやらせておけ」
ハシムはライラの淹れた紅茶を一口飲み、小さく息を吐いた。
「まったく、阿呆どもめ……」
中庭の円卓では、その後もそれぞれの「お茶会」が賑やかに続いていた。




