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帝国を追放された第四皇子の俺は祖国を滅ぼし、全てに復讐ざまあします  作者: しぇりおん
第一章 帝国追放編

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第55話 帝国劇場

 

 日が落ちて明かりが灯る帝都は、昼間とはまた違う幻想的な景色を作り出していた。


「夜はまた雰囲気が変わりますね、殿下」


「ええ、そうですね」


 そんな会話を交わしながら、ハシムたちはある建物の前へとたどり着く。


「殿下、こちらの建物は?」


「こちらは帝国劇場。様々な催し物をする場所となります。ちょうど今は、()()()演劇をしているそうですよ」


「とある演劇……ですか?」


 ソフィアが不思議そうに尋ねると、ハシムは不敵に微笑んだ。


「見てのお楽しみです」


 そう答えたハシムは、建物の入り口へと近づいていく。


「支配人、お久しぶりです」


「おお、ハシム殿下! お久しぶりでございます」


 小太りの身なりの良い男性が、そう言いながらハシムの前に出て一礼した。


「殿下の仰った通り、二階隅の席を確保しております。どうぞごゆっくりお楽しみください」


「手間を掛けさせたな、支配人。この礼は必ず返そう」


 そう話すハシムに「楽しみにしております」と言い残し、支配人は恭しく頭を下げた。


「さあ、参りましょうか、ソフィア様」


「は、はい」


 ソフィアはそう答えると、頭を下げ続ける支配人の横を通り抜けて建物内へと入った。



「殿下は本当に顔が広いのですね。責任者とお知り合いだとは、思いもしませんでした」


「はは。第四皇子という立場は、良くも悪くも制約が無く自由ですからね。あれこれと手を染めるうちに気づけば……といったところです」


 建物内に入ったハシムたちは階段を上り、二階を目指して会話を続けながら進む。


「支配人とも、趣味の一環と言いますか……。その延長線上で知り合うことになりましてね」


「趣味……ですか?」


 そう尋ねたソフィアに、ハシムは「ええ、すぐに分かりますよ」と答え、二階の廊下を進んで角部屋へと到達した。


「さあ、ソフィア様。こちらへどうぞ」


 ハシムが扉を開け、ソフィアに先に中へ入るよう促す。


「ありがとうございます、殿下」


 ソフィアが部屋の中へと足を踏み入れると、ハシムは背後に控えていた二人に声をかけた。


「お前たちは外で待機だ」


 ライラとアンジェにそう告げると、ハシム自身も部屋に入り、静かに扉を閉めた。


「凄いです……。劇場とは、このような場所だったのですね……!」


 ソフィアは手すりに手を置きながら、感嘆の声を上げて笑顔で振り返る。


「はは、気に入っていただけたようで何よりです、ソフィア様」


 そう言いながら、ハシムはソフィアの隣へと並び立って語り始めた。


「帝国と言えば堅苦しい印象を持たれがちですが……、決して芸術を蔑ろにしているわけではありません。特に帝国南部は自由都市圏との距離が近いため、その気風を強く受けているのです」

「それだけでなく、港から諸外国の芸術品が流れ着くこともありますから、文化的な娯楽とも決して無縁というわけではないのですよ」


 ハシムがそう解説すると、ソフィアは「そうなのですね」と頷き、改めて劇場内を興味深そうに見渡した。



 それからしばらくして、舞台上に現れた支配人が朗々と挨拶を始める。


「皆様、お待たせいたしました! 今宵の演劇は、とある王国の()()()()が巻き起こす波乱の物語。ぜひ、最後までご覧ください!!」


 支配人が口にした「第四王子」という不穏な言葉に、ソフィアは思わず隣のハシムを見つめた。


「殿下……、今のは……?」


「まずはどうか、じっくり観ていただけると……」


 ハシムのその言葉に促され、ソフィアは再び舞台へと視線を戻した。


 舞台上では、架空の王国を舞台に、復讐を誓った第四王子の壮絶な冒険譚が披露されていく。


 その王子は幼い頃、兄に毒を盛られ生死の境を彷徨った末、奇跡的に意識を取り戻した。

 しかし、喜びも束の間。兄である第一王子によって、容赦なく辺境へと追放されてしまう。

 不遇の地で兄への復讐を誓い、やがて才覚によって辺境を平定した第四王子は、自ら軍を興して王都へと進軍した。


 だが、時すでに遅く、父殺しの大罪を成し遂げた第一王子は、狂気ゆえにもはや人ではない化け物へと変貌を遂げていた。

 祖国へと戻った第四王子が目にしたのは、荒廃しきった王国の姿だった。国土は荒れ果て、人ではない異形のモノが跋扈している。

 その凄惨な光景を見た第四王子は、第一王子を討ち果たすという覚悟を新たにし、志を同じくする他の王子たちと共に王都を目指して突き進んでいった。


 激しい死闘の果てに、見事第一王子を討ち取った第四王子は、王国の奪還に成功する。

 しかしその後、民や家臣から王になることを熱望されながらも、自身が庶出であることを理由に王座を第二王子へと譲り、かつての仲間たちと共に再び静かに王国を旅立つのであった……。



 そんな物語の熱演が終わりを告げると、劇場全体から割れんばかりの拍手が沸き起こった。ソフィアもすっかり物語に感化されたのか、目を輝かせながら激しく手を叩いていた。


 演劇が幕を閉じ、観客たちが家路につき始める中、ソフィアはハシムに連れられて舞台袖へと足を運んでいた。


「おお、ハシム殿下! お久しぶりです!」


「観てくれましたか!」


 興奮冷めやらぬ劇団員たちが次々とハシムを囲む。そのあまりの熱気に、ソフィアはあたふたと戸惑うばかりだった。


「おや? 殿下、こちらの御方は?」


 一人の団員がソフィアの存在に気づいて首を傾げると、ハシムは不敵な笑みを浮かべた。


「聞いて驚け、()()()()()()


 ハシムが手をソフィアへと指し示してそう言い放つ。


「こ、こんばんは……」


 ソフィアが恐る恐るといった様子で挨拶をすると、団員たちは一瞬だけ水を打ったように硬直した。しかし次の瞬間、


「ほ、本物だあああ!!」


 と声を荒らげ、目の色を変えてソフィアの周りに群がった。


「す、すごい……! これが本物の姫様……!」


 一人の女性団員が目を輝かせ、ソフィアを至近距離で観察し始める。


「不敬ですよ、団長!」


 見かねた男の団員が二人がかりでその女性を引き剥がそうとするが、「そんなぁ~、もっと近くで……!」とジタバタしながら、そのままズルズルと後ろへと引きずられていった。


「失礼しました、ソフィア様。驚かせてしまったようで……」


「い、いえ……。とても賑やかで、楽しそうな方々ですね……」


 ソフィアは困惑しつつも、どこか微笑ましそうに答える。その後、落ち着きを取り戻した団員たちと、改めて正式な挨拶を交わすこととなった。



「では、改めまして。アタシは劇団【天上の翼】を率いている、団長のミシェルと申します」


 ミシェルと名乗った先ほどの女性は、先刻の醜態が嘘だったかのように、華麗で美しい一礼をソフィアへと披露した。

 その洗練された動きに思わず魅入ってしまったソフィアだったが、すぐにハッと我に返り、慌てて礼を返す。


「ソフィア・レークランドと申します。よろしくお願いします、劇団の皆様」


 ソフィアがドレスの裾を軽く掴み、気品あふれる可憐な一礼を返すと、舞台袖に再び歓声が上がった。


「おお……! やはり本物の姫は可憐さの格が違うなぁ……」


「なによそれ! アタシの演技じゃ不満だって言うの!?」


「ち、違う! そういう意味じゃなくて……!」


 小柄な女性団員と男性団員が言い争いを始める中、ミシェルはそれを苦笑いで誤魔化すように一歩前に出た。


「ソフィア様、演劇の方はいかがでしたか? 楽しんでいただけましたでしょうか?」


「は、はい。とても胸が熱くなる、素敵な劇でした」


「それは良かったです……。殿()()()さぞお喜びでしょう」


 ミシェルのどこか含みのある言葉に、ソフィアは不思議に思ってハシムの方へと視線を向けた。


「ミシェル、あまり余計なことを言うな。お前たちへの支援はいつでも打ち切れるんだぞ」


「うっ……! それを言わないでくださいよぉ……」


 二人のやり取りを聞いていたソフィアは、恐る恐るハシムに問いかけた。


「その……殿下、もしかして……?」


「ええ、お察しの通りです。この者たちは、私が個人的に拾い上げたのですよ」


「いやぁ……、あの時は本当にお世話になりました……」


 しみじみと語るミシェルに、ハシムは「今も……だろ?」と静かな圧をかける。


「は、はい! 今もです!」


 ミシェルは瞬時に体を直立不動にさせて答えた。その様子に、ソフィアは小さく苦笑しながらも尋ねる。


「ミシェルさんは、どのような経緯で殿下の庇護下に?」


「ああ、それですか? 実は、前団長だったアタシの父が亡くなると同時に、色々と莫大な借金を各方面に残していきましてね……」

「それで劇団ごと路頭に迷って困っていた時に、ハシム商会のフェイと出会いまして……」


 ミシェルの言葉に、ソフィアが「フェイさん?」と聞き返す。


「フェイは、我が商会の副代表を務めている者です。後日、改めて紹介させていただきます」


 ハシムがそう補足すると、ソフィアは納得したように深く頷いた。


「それで、フェイ経由で私と出会った……だったな?」


「ええ、そうです……。いやぁ、あの時殿下と出会っていなければ、アタシたちは奴隷落ち不可避でしたからね……」


 ミシェルがそう大げさに嘆くと、ハシムはいたずらっぽく笑った。


「それはそれで、また面白そうだがな?」


「そんな殺生な……!」


「まあ、冗談はさておき……。その後、紆余曲折を経て殿下に拾われた結果、アタシたちは大陸全土で殿下の望む演劇を披露して回ることになり、今に至るというわけです」


 ミシェルの話を聞いたソフィアは、その過酷な過去に同情を寄せながら、「そうだったのですね……」としみじみと返すのだった。


「しかし殿下、なぜ劇団の方々を仲間に引き入れたのですか?」


「ああ、それですか? 理由は色々とありますが……」


 ハシムはそう言うと、しばらくの間沈黙し、頭の中で考えを綺麗にまとめてから口を開いた。


()()を集めたかったのが、一番の理由ですね」


「注目……ですか?」


「はい、そうです」


 ハシムは真っ直ぐにソフィアを見つめて続ける。


「私が個人の商会を持っていることは、以前お話しした通りですが……。商売を有利に進めるには、何よりもまず大衆の注目を集めるのが一番効果的なのです」

「商品の品質や値段が同じであれば、大抵のお客は店構えの良い店、あるいは話題性のある店を選びますからね。そうなると、どれだけ人の目を惹きつけられるかの勝負になります」

「そこで当初、彼らに大道芸の真似事のようなことをさせたのです」


 ハシムが視線を劇団員たちに向けると、ミシェルは顔を覆って感傷に浸った。


「いやぁ……。あの頃は、本当に恥ずかしい時代でしたね……」


「そうですか? あれはあれで結構楽しかったですよ?」


「曲芸とか体の動かし方を知るのに、ちょうど良かったですけどねぇ?」


 ミシェルの背後に立つ劇団員たちが口々にそう呟くと、ミシェルは振り返って怒鳴り散らした。


「お前たちには役者としての誇りが無いのか! 我らは劇団! 曲芸団じゃないんだよ!」


「そんなに違いますかね……?」


 冷めた態度で一人の劇団員がボヤく。そんな締まりのない団員たちにミシェルが苛立っていると、ハシムが辛辣な一言を放った。


「もういい、黙っていろミシェル」


「そんな! これはアタシの名誉に関わる……!」


 言いかけるミシェルだったが、ハシムが無言の鋭い圧を送ると、その迫力に気圧されて完全に黙り込んだ。


「とにかく、色々と潰しが利く使える者たちです。ソフィア様も、もし観てみたい演劇があれば遠慮なく仰ってください。貴女だけのための特別公演を、いつでも披露させますから」


 そう言いながらハシムが優しく手を取ると、ソフィアは「は、はい……」と、ほんのりと頬を染めながら答えた。


「そんな勝手なこと決められても……」


 懲りずにミシェルがブツブツと呟くと、ハシムは満面の笑みで振り返り、さらに重い圧をかける。

 その視線に体をビクつかせたミシェルを見て、背後に立つ劇団員たちはただただ呆れ果てるのだった。



 その後、劇場を後にしたハシムたちを見送った劇団員たちは、舞台の片付けに追われていた。


「その……団長、ちょっと聞きたいことが……」


「なんだ? 給料の交渉なら上げないぞ」


「違いますよ……。それはそれで、また後で言いますけど……」


 慌ただしく動き回る団員たちを横目に、一人の男性団員がミシェルに声をかける。


「劇の脚本自体はこっちで構成してますけど……。その……大元の『原案』って……」


 そう尋ねてきた団員に対し、しばらく沈黙していたミシェルが重い口を開いた。


「ああ……。お前の想像している通りだよ。()()()殿()()()


「それって……、まさか、実話が元になっていたりするんですか……?」


「さあね……。そこまではアタシも知らないよ」


 そう素っ気なく返したミシェルに、男性団員はしばらく考え込んだ後、周囲を警戒するように声を潜めた。


「もし本当に原案が殿下なのだとしたら……。あの劇の通り、第一王子を討つという話は……」


()()()()()


 言いかける団員の言葉を、ミシェルが鋭い声で制した。


「殿下が本当は何を目指していようが、アタシたちには関係の無いこと。アタシたちはただ、生かされた恩を返すために、言われた通りの仕事を完璧にこなすだけ」

「路頭に迷って死にかけていた我々に、殿下は救いの手を差し伸べてくれたんだ……。なら、その恩に報いるのが人の道理。……そうでしょ?」


 ミシェルが毅然と言い放つと、いつの間にか作業の手を止めて聞き入っていた団員たちは、深く納得したように全員が一斉に頷き返すのだった。


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