第50話 帝国の者たち #2
日が暮れた帝城には次々と馬車が横付けされ、中からは国内の有力者が大勢集まってきていた 。
ハシムとソフィアは共に並び立ち、来訪者の挨拶を受け続けていたが、その連続にソフィアは表にこそ出してはいないものの、流石に疲れてきている様子だった 。
「椅子をお持ちしましょうか、ソフィア様? 立ったままでは疲れます」
「い、いえ……。殿下を差し置いて、私だけ座るというのは……」
遠慮するソフィアに、ハシムはしばらく考え込んだ後、控えていたライラへと向き直った 。
「ライラ、椅子を二つ頼む」
「かしこまりました」
ライラは一礼すると、すぐさまその場から去っていった 。
「殿下、そのような気遣いは……」
申し訳なさそうにするソフィアに、ハシムが答える 。
「私が座りたいのです、ソフィア様」
「お持ちしました」
戻ってきたライラが椅子を並べると、ハシムは「ありがとう、ライラ」と返して腰を下ろした 。
その光景をしばらく見つめていたソフィアも、笑顔のアンジェから促されると、観念した様子で椅子に座るのだった 。
「なんと言いますか……、本当に質素なのですね……」
ソフィアはそう言って辺りを見回した 。その視界に映る談笑する者たちは、誰もが豪勢とは言えない控えめな装いをしている 。音楽も踊りもない静かな晩餐会に、ソフィアは呆気にとられているようだった 。
「此度はあくまで皇帝家の主催、ということになります。貴族主催の晩餐会ともなれば、音楽も踊りもある豪勢な催しになりますよ」
ハシムがそう説明すると、ソフィアは「そうなのですね……」と返し、改めて興味深そうに周囲を見回した 。
しばらく椅子に座って談笑する二人に、声が掛けられた 。現れたのは、人当たりの良さそうな男性だった 。
「お久しぶりでございます、ハシム殿下」
「久しいな、ギュンター宰相」
ハシムが立ち上がると、ソフィアもそれに倣おうとしたが、ギュンターと呼ばれた男が優しくそれを制した 。
「姫様はどうかそのままで……」
「お気遣いいただき、感謝いたします……」
ソフィアは座り直して頭を下げた 。
「では、改めまして……。宰相をしております、ギュンターと申します。以後お見知りおきを……」
丁寧な挨拶を受け、ソフィアも「ソフィア・レークランドと申します」と名乗って頭を下げた 。しかし、少し疑問に思うところがあり、言葉を選びながら尋ねる 。
「それで……、その……。失礼ながら、宰相というのは……?」
「はは、レークランドの方にとって、宰相はあまり馴染みがないかもしれませんな」
ギュンターはソフィアに向き直り、朗らかに話し始めた 。
「宰相というのは大臣を束ね、皇族に次ぐ権力を持つ役職ですが……。そうは言っても、何でもできるというわけではありません」
「皇帝陛下に大臣を代表して進言をしたり、皇帝陛下の命を大臣に伝達するなどがありますが……。これがまた、中間のツライ役回りばかりでして……」
話すうちに若干の愚痴が混ざってしまったことに気づき、ギュンターは慌ててハシムの方を見て弁明した 。
「申し訳ありません……。愚痴のようになってしまい……。決して今の地位に不満があるというわけでは……」
「謝る必要はない、宰相。誰も気にしてはいない。それに、お前の苦労は誰もが知っている。当然、父上もな」
「ありがとうございます……、ハシム殿下。そう言って頂けるとは……」
ギュンターは感激した様子で、しばらくの間、深々と頭を下げるのだった 。
「さて、殿下もお忙しいでしょうから、この辺りで失礼させていただきます」
ギュンターは一礼すると、静かにその場から去っていった 。
「やはり宰相というのは、お忙しいのでしょうか?」
「そうですね……。帝国は巨大ですから、動かすのにも一苦労でして……。相当な心労でしょう……」
ハシムの視線の先には、再び有力者たちへの挨拶回りに戻っていくギュンターの背中があった 。
この時のハシムはまだ気づいていなかったが、帝国を蝕む毒は、既に広がりつつあった 。




