第48話 帝都にて
翌朝、宿営地を発ったハシム一行は、帝都を一望できる丘へと辿り着いていた。
「あ、あれが帝都フリアード……。大きな建物があんなにも……」
窓の外を見つめるソフィアは、初めて目にする大都市に驚きを隠せない様子だった。
「実のところ、帝都はかつて存在した大帝国の首都と同じなのです」
ソフィアの対面に座るハシムがそう告げると、ソフィアは思わず聞き返した。
「そ、そうなのですか?」
「ええ。一応、帝都はアンダルシア帝国の発祥の地とされていますが、それはあくまで国家の成立を宣言した地、という意味なのです」
「元々、帝国の成立に至るまでには、いくつかの国や地域から同意を得る必要がありました」
「それらの調整に奔走しつつ、国家元首に推挙されたのが初代皇帝オーギュストとなります」
ハシムが語る歴史を聞き、ソフィアは驚きを持って受け止める。
「そんなことが……」
「臨時に国家が宣言された年が、帝国暦最初の一年ということになります」
「ですが、それ以前からオーギュストが国家の成立に向けて奔走していた事実は、実のところあまり知られていないのですよ」
そう話すハシムに、ソフィアが興味深そうに尋ねた。
「なぜそのようなことに?」
「ええ、それにはオーギュストの出自が関わってきます。元々、皇帝や王を名乗るからには高貴な血筋が求められますからね」
「レークランド王国の初代王となった将軍は、皇帝の分家筋だったそうですね、ソフィア様?」
ハシムがそう問いかけると、ソフィアが頷く。
「はい、よくご存知ですね、殿下」
「ええ、これでも一応は皇族の端くれですから」
ハシムは若干の自虐混じりに、軽く微笑んでから話を戻した。
「話を戻しますと……。オーギュストに関して記述された最初の歴史は、彼が村の自警団の隊長をしていたところまでなのです」
「自警団?」
「ええ。当時はまだ、暗黒期に片足を突っ込んでいるような情勢でしたから……」
「大国と呼べるほど安定した国家はなく、小規模な国家モドキが乱立していたそうです」
「そんな時代の中でオーギュストが中心となって活躍したそうですが、結局のところ出自は不明のままでして……」
「そして、最終的に滅んだ大帝国の血筋を継ぐ者、としての後付けがなされ、帝国の誕生に至ることになります」
ハシムの話にじっと耳を傾けていたソフィアは、若干戸惑った様子を見せた。
「なんと言いますか……、それは壮大な話ですね」
「ええ、そうですね。この辺りの歴史はツッコまれると、色々と言い訳しづらいですから」
「そのため、一般的な歴史学の範囲では、帝国暦一年から教えることになっています」
「それより前は歴史学者以外知る必要がない、というのが皇帝家の立場になります。血筋に関してあれこれ探られると、求心力の低下に繋がりますから……」
頭を掻きながらそう話すハシムに、ソフィアが同意する。
「それは……、確かにそうですね」
「いずれにせよ、我が国には大国として相応しい立ち振る舞いが求められます。だからこそ、かつての大帝国の二の舞だけは避けなくては……。やはりそのためには……」
小声で独り言を呟くハシムにソフィアが困惑していると、それに気づいたハシムは「失礼しました」と向き直った。
「語り始めると、どうにも夢中になる癖があるようで……」
「私はそんな殿下も良いと思いますよ?」
ソフィアが優しく微笑みかける。
「そ、そうですか? 大抵の者は呆れた反応をするのですが……」
「私は好きですよ。殿下の真面目な人柄が表れているようで……」
「はは、少し恥ずかしいですが……。そう言ってもらえるのはありがたいです、ソフィア様」
頬を掻きながらそう言ったハシムは、胸に手を当てて言葉を続けた。
「帝都の案内、ぜひ楽しみにしていてください」
「はい、楽しみです!」
ソフィアは笑顔で答え、二人は談笑しながら帝都へと進むのだった。
やがて、馬車が一度足を止める。
「それでは殿下、このあたりで我らは離脱いたします」
「ご苦労だった、ジダン団長」
馬車の窓越しに言葉を交わしたハシムとジダンは、帝都の外で別れの挨拶を交わしていた。
「何かあればバシュラール城塞へ。そこでお待ちしております」
「ああ、帝国の危機があれば、真っ先にお前達を呼ぼう」
ジダンは「お待ちしております」ともう一度一礼すると、その場を去っていった。
一連のやり取りを見ていたソフィアは、ハシムに尋ねる。
「先ほどのお話は、一体どのような意味が……?」
「ああ……、あれですか?実は第三軍団は、帝都駐屯の第一や第二よりも最精鋭と呼ばれていまして」
「その大きな理由として、最前線に送られるのは常に第三軍団だからなのです」
そう説明するハシムに、ソフィアが疑問を口にした。
「その……、第一や第二の方々は……?」
「第一と第二は、皇族の命なしに帝都を離れることを禁じられているのです」
「そのため、皇族が自ら戦場に赴くような場合を除いて、基本は待機……というわけです」
ハシムの話を聞いたソフィアは、顎に手を当てて頷いた。
「なるほど……、そういった事情が……」
「さて……、そろそろ時間ですので参りましょう。帝都の民たちが待っていますよ」
ハシムに促され、ソフィアは緊張した面持ちで答えた。
「は、はい」
高まる鼓動を抑えるように、ソフィアが大きく息を吐き出す。
それを見たハシムはソフィアの手を優しく握り、囁いた。
「大丈夫です」
ハシムの真っ直ぐな瞳に、ソフィアは頷きで応じる。ハシムが手を離して「進め」と合図を送ると、馬車列がゆっくりと動き出した。
緊張のあまり目を閉じているソフィアに、ハシムが声をかける。
「さあ、帝都に入りますよ」
城門の影を抜けた馬車を、街道の両側から大勢の市民たちが大歓声で迎えた。
外の美しい景色に、ソフィアは目を輝かせる。そんな彼女の姿を見つめながら、ハシムは静かに微笑んでいた。
帝都の大通りに大勢の兵士が整列する中を、帝城を目指して一行は進んでいくのだった。




