第46話 帝都の外れにて #1
ソフィアを国賓として迎え入れる準備が着々と進む中、翌日の帝都入りを控えたハシム一行は、帝都郊外にて宿営地を設営していた。
「申し訳ありません、ソフィア様。国賓だと言うのに野外で天幕など……」
ハシムがそう言って頭を下げると、ソフィアは穏やかに微笑んだ。
「いえ、お気になさらず。これはこれで、とても趣深いですよ」
そう返した彼女は、続けて夜空を指さす。
「殿下もたまには、空を見上げてみては?」
ソフィアに促されてハシムが空を見上げると、そこには満天の星空が広がっていた。
「星空の下で野営というのも乙なもの。そうは思いませんか、殿下?」
「はは……ソフィア様には敵いませんね」
笑顔を見せたハシムは、背後に控えていた従者を前に出した。
「なにか入り用のものがあれば、こちらのシシリーに」
「ハシム殿下付きメイド、シシリーと申します。御用があればいつでもお呼び立て下さい……」
シシリーが深々と頭を下げると、ソフィアも丁寧に答える。
「こちらこそ、よろしくお願いします、シシリーさん」
「さて……わたくしはこれにて失礼させて頂きます。明日の式典の打ち合わせを最後までやっておきたいもので……」
ハシムがそう切り出すと、ソフィアは心配そうに声をかけた。
「どうか、ご無理はなさらず……」
「お気遣い感謝致します。では……」
ハシムは一礼すると、「後は頼む」とシシリーに言い残してその場を去って行った。
名残惜しそうにハシムの背中を見送るソフィアに、キュリーが手招きをしながら声をかける。
「姫様、どうぞ天幕へ。まだ九月とはいえ夜は冷えます。どうか暖かくしてお過ごし下さい」
「そんなに心配せずとも、分かっています」
ソフィアはそう返して、天幕内へと入るのだった。
その夜、ソフィアは慣れない環境のせいか、寝付くことができずに起き上がった。
「眠れませんか? 姫様」
体を起こしたソフィアに、キュリーが声を掛ける。
「ごめんなさい、キュリー。起こすつもりは無かったのですが……」
「いえ、お気になさらず。わたしもあまり寝られませんでしたから……」
そう言って起き上がったキュリーは、「やはりお城で寝るのとは違いますね」とため息をつき、隣のシシリーへと視線を向けた。
そこには、ずいぶんと体勢を崩しながらも、静かに寝息を立てるシシリーの姿があった。
その姿を見たキュリーは、若干引き気味に呟く。
「シシリーさんが羨ましくなりますね……」
「ふふ、さすがは殿下の従者ですね」
ソフィアはクスクスと笑いながら立ち上がった。その様子に釣られるように、キュリーも立ち上がる。
「姫様、外へ?」
キュリーが心配そうに尋ねると、ソフィアが優しく返す。
「はい、少し散歩を……」
「ならば、しっかり防寒着を……」
キュリーは棚に掛けられた防寒着を手に取ると、ソフィアの背後からそっと肩に着せた。
「キュリーなら危ないと、反対すると思いましたが……」
そう疑問を口にするソフィアに、キュリーは静かに微笑んだ。
「エイナルならそう言ったかもしれませんが……わたしはソフィア様にもっと自由に、そう思っています。奴隷のように自由が無い者も居ますが、姫様は違います。今の貴女は、鳥籠を飛び出した自由な鳥です。きっと、何処までも飛び立てるでしょう……」
悲しげに語るキュリーに、ソフィアは胸を痛めるように呟いた。
「キュリー……。ごめんなさい、キュリー。あなたはウェルシュからの逃亡奴隷でしたね。嫌な事を思い出させてしまったようで……」
「いえ……お気になさらず」
キュリーは首を横に振ると、言葉を続けた。
「今では、無事に家族とも過ごせています。姫様が気に病む事ではありません」
「ですが、その代償は……」
ソフィアが言い掛けると、キュリーは寂しげな笑みを浮かべる。
「そう……ですね。結果的にダミアン王子に利用される事になりましたが、それでも今は自由が保障されています。それでわたしは十分です」
そう言って微笑むキュリーに対し、ソフィアは正面から向き直ってその手を握りしめた。
「ごめんなさい、キュリー……」
「姫様が謝る事など……」
困惑気味のキュリーだったが、ソフィアは握った手にさらに力を込める。
「だとしてもです、キュリー」
ソフィアは顔を俯かせたままだったが、すぐに顔を上げ、真剣な眼差しで見つめた。
「あなたの側に居ながら、私はあなたの苦しみや葛藤に気づく事が出来なかった……。これでは主人失格です。ですが、これからは違います。あなたの苦しみも葛藤も、これからは一緒に背負って行きたいと思います。だからどうか、これからも私を隣で支えて下さい」
ソフィアが真っ直ぐに想いを伝えると、キュリーは嬉しそうに笑顔を咲かせた。
「はい、ソフィア様」
「しかし姫様は時々、ビックリするくらい積極的になりますね? ハシム殿下の薫陶の賜物でしょうか?」
「そ、そのような事は……っ」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうにするソフィアを、キュリーはさらに茶化す。
「次は殿下に、同じ事を言えると良いですね」
「もう……キュリー……」
ソフィアは拗ねたような声を上げながらも笑顔を見せ、二人は顔を見合わせてクスクスと笑い合うのだった。
そんな微笑ましいやり取りを、密かに聞いて――いるはずもないシシリーは、ただひたすらに眠り続けるのであった。




