第44話 その背を追って
王都ケルンに別れを告げた一行は、帝都フリアードを目指して街道を進んでいた 。
馬車列の先頭では、アンジェが鼻歌を歌いながら先導している 。
「随分と楽しそうですね、隊長」
スレイにそう声を掛けられ、アンジェが振り返った 。
「そう?」
「そんなに帝国が恋しかったのですか?」
「うん、そうだよ。大事な故郷だからね」
その単純な回答が予想外だったのか、スレイが黙り込む 。
「あ……。今、このアタシが南方大陸の出身なのに、って思ったでしょ?」
「い、いえ……。そういうわけでは……」
スレイが言い淀むと、アンジェは「いいよ別に」と受け流した 。
「南方大陸には故郷って呼べるほど、長くいた記憶もないしね。それに、一番古い記憶は村が燃えているところだし。流石に、あんな場所を故郷だなんて思えないよ」
そう言いながら笑うアンジェに、スレイは俯いた 。
「すみません……」
「だから謝んなって。もう終わったことだよ」
アンジェはそう言いながら、スレイの頭を軽く小突いた 。小突かれたスレイが肩を落としていると、アンジェが再び声を掛ける 。
「ふっ……、故郷や家族の話をするなら、お前はどうなんだ? 故郷に永遠の愛を誓った人を残していたりしないのか?」
からかうように言われ、スレイは慌てて言い繕った 。
「い、いませんって!」
「本当かぁ……?」
疑いの目を向けるアンジェに、スレイは言い返せず黙り込む 。
そんな神妙な様子を見て、アンジェが口を開いた 。
「なんというか……。冗談のつもりだったけど、本当になんかありそうだな」
しばらく沈黙が流れた後、スレイはため息をついて口を開いた 。
「大した話ではありませんが、それでも聞きますか?」
アンジェが大きく頷くと、スレイは「あまり面白い話ではありませんが……」と前置きをして話し始めた 。
「隊長は、私の出身をご存じですよね?」
「うん、貧乏貴族の三男坊だったよね」
「貧乏というわけではありませんが……。まあ、いいでしょう」
「貴族家の三男だった私に、両親が残した唯一のものが、この身に溢れる才覚でした」
「それ、自分で言っちゃうんだ……」
アンジェが思わずツッコミを入れる 。
「それで……、扱いに困った両親は軍への奉公という名目で、私を士官学校へと厄介払いしました 。その後は隊長もご存じの通りです。殿下により、実技と座学の双方で二位に落とされて……」
スレイが俯いて落ち込むと、アンジェはその肩を叩いて励ました 。
「あれは、仕方のないことさ……」
「はぁ……、もういいですよ。過ぎたことですし」
「とにかくその後、両親は士官学校での成績を見て急に態度を変え、好意的に接するようになりました 。そんなある日、実家に帰省した際、両親から見合いの話が持ち上がったのです 。断っても良かったのですが、士官学校の費用を誰が負担したのかを問われ、仕方なく受けることに……」
「へぇ……。それで出会ったわけだ、素敵な人に……」
アンジェが茶化すと、スレイは少しの間を置いてから再び口を開いた 。
「ええ……。彼女はとても素敵な人でしたよ。文句の付けようがないほど完璧な……」
スレイは天を仰ぐ 。
「殿下以外では初めてでした 。誰もが見た目や表面しか見ない中、あの人は私の内面を見てくれた……」
「ふぅん……。でも、そんな素敵な人を振ったわけだ。なんでまたそんなことを?」
「隊長ならご存じのはずです。士官学校に通いながら、色恋にうつつを抜かす余裕などないと…… 。もし彼女と結ばれて成績が落ちるようなことがあれば、それは殿下との戦いに敗北したという意味になります」
スレイが毅然と言い放つと、アンジェが苦笑した 。
「流石にそれは過言なんじゃ……」
「いえ、過言ではありません!あの頃、自信に溢れていた私は、自分の才覚に勝てる者などいないと考えていました。ですが……、殿下は私の持つ才覚を全て否定した……」
「その後は、あの人に追いつくために全てを捧げ、血の滲むような努力を惜しみませんでした 。それでも勝てなかった。皇族という血筋と、才能に溢れた本物には……」
再び俯いたスレイに、アンジェが言葉を返す 。
「そっか……、そんな風に思ってたんだな。あの頃は、殿下に噛みついてくる嫌な奴……って認識でしかなかったけど」
アンジェが当時を思い起こすように言うと、スレイが応じた 。
「ぐっ……。その点に関しては、申し訳なかったと今では思っています……」
「はは、そっかそっか 。それで、さっきの思いは例の彼女に伝えたの?」
アンジェの指摘に、スレイは少し驚いた様子を見せながらも頷いた 。
「はい……。貴女の好意は受け取れない、と。そう伝えると、それでも彼女は待つとだけ…… 。私はその言葉が信じられず、後に両親へ彼女の様子を聞きましたが、今でも婚姻の話を断り続けているそうです……」
スレイの話を聞き、アンジェは「そっか……。なるほどなるほど……」と呟き、しばらく考え込んだ 。
その様子にスレイが困惑していると、アンジェがパッと声を張り上げた 。
「それはズバリ、一目惚れだね!」
「ひ、一目惚れ……ですか?」
「うん、そうだよ! そうでなきゃ説明できないって!」
力説するアンジェに、スレイは少し引きながら否定する 。
「自分にそんな価値は……」
「そんなことはないと思う……、多分。顔は良いと思うよ? 多分ね」
アンジェの言葉に、スレイは呆れたようにため息をついた 。
「はぁ……、もういいですよ、自分の話は……」
「そう? じゃあ、話を変えよっか!」
アンジェは上機嫌に微笑むと、さらにからかいを重ねた 。
「それにしても、スレイが殿下のことをあんなに『愛して』いるとはなぁ……」
「っ……!? な、何言ってるんですか、隊長!」
スレイが強く否定すると、アンジェは面白そうに聞き返す 。
「違うの?」
「違います! 愛などと……」
「えー……。でも、殿下のことが好きじゃなきゃ、同じ隊に入りたいなんて思わないよね?」
鋭い指摘に、スレイは言葉を詰まらせる 。
「そ、それは……」
「まっ、愛なんて人それぞれだし、アタシは気にしないよ。あんたにその気があったとしてもね」
アンジェがそう言って急に駆け出すと、スレイも慌てて後を追った 。
「だから、違いますって!」
もし一目惚れというものがあるとするなら、自分が本当に思いを寄せているのは誰なのか 。スレイはそれを自問しながら、前を行く背中を追いかけるのだった 。




