第43話 帝国への道
その日の夕食、ソフィアは皇帝からの招待状を貰ったことを皆に明かしていた 。
「そうか……、それは栄誉なことだな」
ベイザルが驚きながらそう言うと、ソフィアは立ち上がり前のめりになる 。
「では! 帝国に行ってもよろしいのですね!」
「ううむ……、皇帝陛下直々の招待であれば致し方あるまい。少々心配ではあるがな……」
そう言って心配するベイザルに、ウルスラは彼の手にそっと手を重ねて声を掛けた 。
「殿下が共にいるのであれば、その心配は無用でしょう……」
するとベイザルは、ため息をついた 。
「そうだな……。おぬしの言う通りだ……」
寂しげにそう返すと、続けて言葉を紡ぐ 。
「ソフィア、今まですまなかった……。大事にするあまり、鳥籠の鳥にしてしまったようだ……。初めての外遊を存分に楽しむとよい」
その言葉を聞いたソフィアは、笑顔で応じた 。
「ありがとうございます、父上」
ベイザルも彼女に笑顔を返すのだった 。
ソフィアが椅子に座ると、間を置かずにティナが声を張り上げた 。
「ソフィアだけズルいです! わたしも行きます!」
「ティナ……、いい加減にしなさい。招待されたのはソフィアだけなのよ? そこに貴女が付いて行っても迷惑になるだけよ……」
イリーナがそう窘めると、ティナは反論しつつハシムの方を向いた 。
「そんなの行ってみないと、分かりません! 殿下、わたしも連れて行ってくれませんか?」
ティナの言葉にハシムが口を開くよりも早く、ウルスラが釘を刺す 。
「いい加減にしなさい、ティナ」
微妙な空気が流れる中、ハシムが申し訳なさそうな様子で口を開いた 。
「ティナ様、申し訳ありません。招待されたのがソフィア様だけである以上、私の独断だけで新たに招待することは出来ません。さらに申し上げるのであれば、安全確保の点においても、王族お二人の護衛は負担の増加に繋がり、危険に晒すことになりかねません」
ティナはハシムの話を聞き、意気消沈した様子で俯く 。そんな姿を見たハシムは、優しく言葉をかけた 。
「ティナ様、どうかそのように肩を落とさないでいただきたい。今回はソフィア様だけですが、いずれ機会があれば外交団として、帝国を訪れることも可能でしょう……。そうですね? ベイザル王」
不意に問われたベイザルは、慌てて頷いた 。
「あ、ああ。もちろんだ!」
その言葉に顔を上げたティナは、期待を込めて声を張り上げる 。
「ほ、本当ですか! 父上」
「うむ……。いずれ帝国に外交団を送ることもあろう……。その時は、ティナ、お前が代表だ」
「ありがとうございます! 父上!」
ティナは立ち上がり、嬉しそうにベイザルに抱きついて感謝を述べた 。
「こら、食事中ですよ、ティナ」
ウルスラがそう咎めるが、ティナは気に留めない 。
「これくらい、良いじゃないですか!」
そう言ってウルスラにも抱きつくと、ウルスラは「全くこの子は……」と愛おしそうに呟いた 。
「外交団が派遣された際には、わたしが案内役を務めさせていただきます」
ハシムがそう言うと、嬉しそうなティナがハシムに近づき抱きつこうとするが、ソフィアがそれを必死に止める 。
イリーナがそんな騒がしい光景を微笑ましく眺めている一方で、テオドールは一言も発さず、一人黙々と食事を続けるのだった 。
それから数日後。ソフィアの出立日となり、王城前では慌ただしく準備が進められていた 。
「それじゃあエイナル、後はよろしくね」
「うむ……、分かった……」
キュリーとエイナルは、馬車を前にそんな会話をしていた 。若干不服そうなエイナルに、キュリーが言葉を返す 。
「気持ちは分かるけど、その老体で二ヶ月以上の外国は無理だよ、エイナル」
「ああ……、分かっておる……。姫様のこと頼んだぞ、キュリー」
そう言われたキュリーは、得意げに胸を叩いた 。
「お任せあれ!」
「準備は出来ましたか、キュリー?」
ソフィアが声を掛けると、キュリーは元気いっぱいに答える 。
「はい! バッチリです!」
「姫様……、どうかお気をつけて……」
心配するエイナルに、ソフィアは微笑みながら言葉を続けた 。
「あまり心配しすぎないでください、エイナル。此度は殿下と共にいるのです。そして帝国の地であれば、あのような誘拐事件は起こりようがありません。そうですよね? 殿下」
ソフィアがハシムに問いかけると、ハシムは自身の胸に手を当てた 。
「必ずや、お守りいたします」
そう言って頭を下げるハシムの姿に、エイナルは涙を流しながら彼の手を握り、懇願した 。
「ハシム殿下、どうか姫様をお願いいたします……」
「なんだか、本当のおじいちゃんみたいだね……」
その光景を見たキュリーは、呆れながらそうツッコむのだった 。
「じゅ、準備は出来ているようだな……」
咳き込みながらベイザルが声を掛けてくる 。ウルスラに支えられたベイザルは、あまり体調が優れない様子だった 。
「体調はよろしいのですか? 父上……?」
「気にするな……、ただの風邪だ……。いずれ良くなる……、お前が帰ってくる頃には必ずな……」
心配そうな表情をするソフィアに、ウルスラが励ましの言葉をかける 。
「心配しないでソフィア、わたくしがちゃんと支えていますから……」
「心配なら残る? それなら、わたしが代わりに殿下と行くけど?」
ティナがそう茶化すと、ソフィアは声を荒げた 。
「そ、それはだめです!」
ソフィアがそんな姿を見せると、ティナは微笑み、彼女を真っ直ぐに見つめた 。
「なら、ちゃんと行ってきなよ」
ティナの言葉を噛み締めるように目を閉じたソフィアは、静かに目を開ける 。
「うん、行ってきます」
「いつでも戻ってきていいからね。ここは貴女の家なのだから……」
イリーナがそう言ってソフィアの手を握ると、ソフィアは一筋の涙を流し、笑顔を見せた 。
「はい、お姉様……」
「それで……、お兄様は……?」
「ごほっ……、必ず来るように……、そう言っておいたのだが……」
ベイザルが咳き込みながらそう言うと、後ろから声が響いた 。
「私ならここに」
テオドールがそう言いながら姿を現す 。
「お兄様……」
ソフィアが呟くと、テオドールは前に進み、ハシムと対峙した 。
「私から言うことは特に無い。ただ、お前が帰る家を守るだけだ」
しばらくハシムを見つめた後、テオドールが口を開く 。
「ハシム殿下……。どうか妹のことを頼む」
テオドールが深々と頭を下げると、ハシムが応じた 。
「お任せください、必ず守り抜いてみせます」
その後、王城を去るハシム一行を見送った後、テオドールは一足早く城内へと戻っていった 。
「調子はどうです? テオドール王子」
外回廊を歩くテオドールに、柱の裏から男が声を掛ける 。足を止めたテオドールが応じる 。
「ああ……、あの水タバコ……、だったか? アレを吸ってからは調子が良い……。父上と違ってな」
「それは良かった……、オススメした甲斐があります。今後ともご贔屓に……」
そう言った褐色肌の男は、音もなく立ち去るのだった 。
「大臣、何用だ」
立ち止まっていたテオドールが声をかけると、柱の裏からエンベルト大臣が姿を現した 。
「テオドール王子……、先程の者は……?」
「西から来た贔屓の行商人だ。個人的な付き合いを咎められる筋合いなど無いぞ、大臣」
「そ、それはそうかもしれませんが……、あのような下賤な輩を城に招き入れるのは……」
苦言を呈したエンベルトに、テオドールは冷ややかに言った 。
「フッ……、他人に説法をしたいのであれば、まずは自らの行いを改めるべきだな、大臣。最近は、帝国派の貴族や商人の接待に忙しそうだな? 日和見主義のお前にしては珍しい……」
「そ、それは……、大臣としての仕事で……」
エンベルトが言い淀みながら言い訳をすると、テオドールは皮肉を込めて返す 。
「そうか……、仕事であらば、致し方あるまい……。ならば……、私の個人的な付き合いを咎める理由はあるまい……? そうだろう? 大臣……?」
エンベルトはテオドールの言葉に黙り込む 。その姿を見て、テオドールは再び歩き出した 。そのすれ違いざま、言葉を言い放つ 。
「誰の味方になるか、今の内に決めておけ」
「っ……!」
テオドールの言葉に何も言い返せないエンベルトは、その場で立ち尽くすしかなかった 。
「ああ……、そうだ……。あの皇子がいない今……、謀略を張り巡らす好機だ……」
目から光を失ったテオドールは、そう呟きながらただ一人で廊下を進む 。
「誰にもこの国を渡さない……。この国は我が物だ……」
そんな一連のやり取りを盗み聞きしていたヒューゴは、柱に背を預けて座り込んだ 。
「いやはや……、とんでもない事になりそうだ……」
彼はため息交じりに嘆く 。
「それにしても……、あの褐色肌の男……。まさか、ヒシャーム家か? だとしたら、もっと大変な事になりそうだなぁ……」
そうぼやいたヒューゴが天を仰ぐと、空には暗雲が立ち込めていた 。
レークランド王国を発ったハシムの預かり知らぬ所で、国を変えるほどの謀略が動き出そうとしていた 。そしてハシムがそれを知った頃には、既に取り返しのつかない段階まで進んでいるのだった 。




