第40話 和平交渉
レークランド王国の王都ケルンの外れにある、ウェルシュ王国の大使邸。そこを、ある人物が訪れていた。
「こ、紅茶をどうぞ……」
使用人が声を震わせながら差し出した紅茶を見て、「ありがとう」と返した男は、それを口へと運ぶ。
静寂が部屋を支配する中、扉が開かれ、ワルター大使が入室してきた。
「おまたせしました、ダミアン王子」
ワルターはそう言いながらダミアンの対面に座ると、「私にも一杯」と言って、使用人に紅茶を淹れるよう促す。
「ワルター大使。手間を掛けさせたな、すまない」
「い、いえ……。お気になさらず……。いずれコチラから迎えに行こうとも考えていましたが……。まさか、こうも早く……」
そう話すワルターに、「はは、そうであったか」と、ダミアンが笑みを浮かべながら答える。
「ダミアン殿下、恐れながら……。此度の和平、ジェイク殿下は……」
恐る恐るといった様子で尋ねるワルターに、「ああ、兄には知らせていない」と、ダミアンは淡々とした口調で答えた。
その返しに、ワルターは「殿下……、それは越権行為では……?」と尋ねる。
すると、ダミアンは「まあ……、そうなるだろうな……」とだけ答え、紅茶を一口飲むと続けて話す。
「まあ……、本来ならもう少し考えてから動くつもりであったが……。此度は戦争だからな」
「一日でも早い和平が必要と思ってな……。ただでさえ、王と王子が死んだ負け戦なのだからな……」
ダミアンがそう言うと、「それは……」と、ワルターは言い淀んだ。
「フッ……、おぬしが気に病むことではない。愚かな王と兄が始めた戦争の代償を払った、それだけの話だ」
そう言ったダミアンは、静かに紅茶を飲み干す。
「それにしても、ベイザル王も忙しいだろうに、よく時間を空けてくださった……。おぬしの尽力もさぞ大きかろう? 大使?」
ダミアンにそう問われたワルターは、一筋の汗を流しながら話す。
「いえ……、わたくしの力など、大したことはございません……。それに、此度の戦争の早期終結は、ベイザル王も望んでおられることかと……」
そう話すワルターに、「フッ、あまり謙遜しすぎるな大使。嫌味に聞こえるぞ」と、ダミアンは釘を刺す。
「しかし、どうせなら王城に直接とも思ったが、二番煎じは王国側も飽きると思い、やめておいて良かった」
ダミアンは上機嫌な様子でそう話すと、「殿下も、モーゼスのことを?」と、ワルターが聞く。
「ああ、国境を越える前に一度話をした。あのような者が、貴族軍の下士官の器に収まっているとはな……」
「そうですね……。あのような者がいるとは、わたくしも思いませんでした……」
そう話すワルターに、「ハシム殿下が残したものだ、存分に活用しなくてはな」と、ダミアンが答える。
すると、一瞬驚いたワルターは「お気づきでしたか……」と返す。
「ああ……、ヤツの存在は都合が良すぎるからな」
ダミアンはそう答え、静かに紅茶を飲んでいると、扉が開かれて使用人が入ってきた。
使用人に耳打ちされたワルターは「そうか、分かった」と答え、ダミアンに向き直る。
「殿下、王城からの迎えの馬車が来たようです」
その言葉を聞いたダミアンは、「分かった、行くとしよう」と言うと、紅茶を飲み干して立ち上がるのだった。
その後、王城の謁見の間にて、ダミアン王子とベイザル王の面会が行われた。
「我らが望むものはそう多くはありません。平和……、ただそれだけです……」
その言葉を聞いたベイザルは、玉座に座ったまま「王子殿下の仰りたいことは分かりました……」と返し、続けて言う。
「ワシも、一日でも早い和平の実現が急務と考えておる。だが、ワシ一人で決める訳にはいかない……」
「王子殿下にはしばらく席を外していただき、その間に協議としたいと考えておる。それで納得していただけるかな? ダミアン王子」
ベイザルにそう言われたダミアンは、胸に手を当て「はい、陛下」とだけ答える。
その様子を見てベイザルが手を挙げ、「殿下を応接室へ」と言うと、衛兵はダミアンを囲み、大使を伴って謁見の間を後にした。
「さて……、皆の意見を聞きたい。誰か何か無いか?」
ベイザルのその問いに皆がざわめく中、マルセル将軍が手を挙げ、「では、自分から」と言いながら前に出る。
「早期の和平はこちらとしても望む所ではありますが……。まず最初に、停戦すべきでしょう。停戦は和平に至る最初の一歩であると自分は考えます」
「ですが、今すぐに停戦した場合、国内に残留している敗残兵の掃討に苦労すると思われます」
「実際にロット平原の戦い以降、敗残兵の仕業と思われる事件が国境付近で頻発しています」
「停戦するのであれば、それらを一掃したのち、前線を国境まで戻してからの方が良いでしょう」
「幸いな事に敵主力は今の現在、国境の向こう側に引っ込んではいますが、再び越境しないとは断言出来ません」
マルセルがそう話すと、「自分からは以上です」と言い、一礼して下がっていく。
その姿を見たベイザルは、「ありがとう将軍、良く分かった」と言うと、「他に誰か居ないか?」と、謁見の間にいる者たちに問う。
すると、テオドールが手を挙げて前に出た。「では、わたくしからも」と前置きを挟み、話し始める。
「和平するのであれば、コチラから何かしらの条件を突きつけるべきだと、具申します」
テオドールのその話に、「条件?」と、玉座に肘を突いたベイザルが聞く。
「例を挙げるとすれば、此度は賠償金が妥当でしょう。今朝の時点で、二つの村が焼かれ、村人が誘拐された。ウェルシュにはその代価を、ハッキリと突きつけるべきです」
そう力説するテオドールに、「テオドール、お前の意見は分かった。下がれ」とベイザルが言うと、テオドールは一礼して下がるのだった。
その後、一通りの意見を聞いたベイザルは「皆の意見は分かった」と言うと、続けて「ここでもう一人、意見を聞きたい者が居る」と言い、ある方向に視線を向ける。
すると、謁見の間にある全ての者の視線がその方へと向いた。それらの視線の先には壁際に立つハシムがおり、隣にいるティナも視線を向けていた。
周囲の視線を感じたハシムが前に歩き出す。人だかりに隙間が出来るとそこを通り、ハシムは最前列へと出た。
最前列に並び出たハシムを見て、ベイザルは「さぁ、どうぞハシム殿下」と言う。
しかし、ハシムが口を開くよりも前に、「お止め下さい、父上! 部外者の意見など……、聞くに値しない!」と、テオドールが口を開いた。それに続けて
「これは我が国の問題です! 帝国の皇子に口出しする権利などありません!」
テオドールがそう声を張り上げると、「黙らぬか、テオドール!」と、ベイザルが一喝する。
「普通の戦争であればお前が正しい! だが、此度の戦争における最大の功労者はハシム殿下だ!功労者である殿下の意見を無視するなど……、良識ある国の所業ではない!」
ベイザルがそう言い放つと、テオドールは言い返せず黙り込む。
その後、ベイザルは「すまなかった、殿下……。改めてお願いする」と言うと、「はい、陛下」と返したハシムは、改めて口を開いた。
「では、わたくしの意見を述べさせていただきます。まず最初に、この場にいる皆様と同様に、早期の和平締結を目指すべきであると思います」
「ですが、マルセル将軍が仰ったように、すぐさま停戦となった場合、敗残兵の対処に困ることになるでしょう」
「敗残兵といえど、敵国の正規軍人……。停戦した以上、敗残兵相手であっても戦闘行為は禁止であり、拘束した後捕虜として引き渡す必要があります」
「ですが、それはあまりにも手間です。そこで、王子経由でウェルシュには、ある布告をしてもらうのが良いでしょう」
ハシムのその言葉に、「布告?」とマルセルが問う。
するとハシムは、身振り手振を交えながら、「ええ。期限内に国境まで帰還しない、あるいはレークランド軍に降伏しない兵士は、正規軍人としての立場を失うなどといった布告です」と話す。
「そういった布告があれば、期限を過ぎても国内に残る敗残兵は、野盗と同じ扱いで対処することができます」
ハシムのその話に、目から鱗が落ちた様子で皆がざわめく。
「なるほど……。事前にそういった布告があれば、敗残兵の掃討にも正当性が生まれるのですか……」
マルセル将軍は顎に手を当て、頷きながらそう話すと、「これは、帝国の侵略戦争においてもよく使われる手段です」とハシムが言う。
「国が降伏や停戦を宣言しているにも関わらず、戦闘行為を続ける者たちに正当性を与えてはいけません」
「そういった者たち相手に事前に布告を出していれば、どんな戦闘行為にも正当性は生まれず、意味を成さなくなる……」
「さらには、奴らに与する者たちも背信行為として処罰することも可能になります」
そう話すハシムは続けて、「まさに一石二鳥……、というものです」と言う。
するとその場にいた者たちは、ハシムの言葉に納得したのか、頷きながら考え込んでいる。
「なるほど……、良く分かった。ありがとう、殿下」
ベイザルがそう言うと、続けて「それで殿下は、此度の和平に条件を付けるべきだと思うか?」とハシムに尋ねる。
するとハシムは「そうですね……」と呟き、しばらく考え込むと再び口を開いた。
「コチラが有利な状況であれば、相手に賠償などの条件を突きつけることも考えるべきでしょうが……。此度の戦争において、それは逆効果でしょう」
そう話すハシムに、「なぜ、そう思われる?」とベイザルが聞き返す。
するとハシムは、「わたくしが言うのもアレですが……」と、前置きを挟んで話し始める。
「此度の戦争において、我々はやり過ぎています」
ハシムがそう言うと、ベイザルは「やり過ぎている?」と聞き返す。
「ええ……。戦争まで至った此度の原因は婚姻の破綻です。歴史を紐解けば、婚姻の破綻は幾つもあります」
「ですが、そこから戦争まで至り、さらには王族の死まで起こった戦争は、歴史上初と言えるかもしれません」
「そんな戦争の始まりに対して、ウェルシュ側の払った代償はあまりにも大きすぎる……」
そう話すハシムに、「だが、奴らも村を二つ焼き討ちしたではないか!」と、テオドールに近い側近が声を張り上げた。
「確かに、テオドール王子殿下が先ほど仰った通り、焼き討ちは正当化出来ません」
「ですが、結果として誘拐された村人と略奪品は、謎の勢力によって奪還されています」
「そんな状況でさらに賠償を求めては、この国の品性が疑われる事態となるでしょう」
そんなハシムの言葉に誰も言い返せず、沈黙が辺りを支配すると、「良く分かった、ありがとう殿下」とベイザルが言う。
その言葉を聞いたハシムはベイザルの方を向き、一礼して後ろに下がった。
「皆の意見は良く分かった。ダミアン王子をここへ」
ベイザルがそう言うと、衛兵はその場を離れ、応接室へと向かうのだった。
「何度も呼び立てしてすまないな、ダミアン王子」
「いえ……。事前の連絡も無しに、このような話し合いの場を設けていただけるとは、感謝の言葉しかありません」
ダミアンはそう言い、深々と頭を下げると、「どうか、頭を上げていただきたい」とベイザルは返す。
「ウェルシュとはこれまで通り、持ちつ持たれつの関係でいましょう」
ベイザルにそう言われたダミアンは顔を上げ、「そうですね、陛下」と答える。
その様子に満足げなベイザルは、「では、改めて話し合いと行こう」と返す。
「先程、皆と協議した結果、早期の和平締結で合意した。そして、即時停戦も……。だが……、未だ国内には敗残兵が残っており、市民にとっての脅威になっておる」
「そこでだ、ダミアン王子。貴殿には、ある布告をしてもらいたい」
ベイザルのその言葉に、「ある布告?」とダミアンは聞き返す。
「ああ……。王子殿下には、期限以内に国外退去、あるいは降伏しない兵士は、正規軍人の地位を剥奪するという布告をしてほしいのだ」
そう話すベイザルに、ダミアンは沈黙して、考え込むように静かになる。
しばらく考え込んだダミアンは、「なるほど……」と呟き、続けて言う。
「そういった話であれば、こちらも歩み寄ることが出来るでしょう。ぜひ、前向きに検討させていただきたい」
ダミアンの返答に、「おお、そうか!」と、嬉しそうな様子をベイザルは見せる。
「布告があれば即時停戦することが出来よう。そして、和平の条件であるが……。一切付けない事とする」
そう話すベイザルに、「よろしいのですか……?」と、ダミアンが思わず聞き返す。
その返しにベイザルは「うむ、構わぬ」と言い、続けて「此度の戦争において、こちらが奪ったモノの方が大きい……」と答える。
「何よりも、村人に死人が出ていないのが大きい。指揮をしていたヘルマン将軍には感謝だな」
ベイザルがそう話す中、ダミアンは考えるようにしばらく黙り込むと、再び口を開いた。
「ですが……、それはあくまで結果論。わたくし個人としては納得出来ません」
そう呟くように言ったダミアンは、「ですので、こういうのは如何でしょうか?」と、前置きを挟み提案する。
「国や王家からは出せませんが……。わたくしの個人資産から、村の復興支援金を出させていただきたい」
ダミアンのその提案に、「そ、そこまでされなくても……」と、ベイザルが言い淀む。
「いえ……、これがわたくしなりの償いなのです。どうか、ご了解を……」
そう言いながら深々と頭を下げたダミアンに、「承った……。殿下がそこまで仰るのであれば、これ以上何も言うまい」そうベイザルが答える。
するとダミアンは顔を上げ、「ありがとうございます、陛下」と返すのだった。
「さて……、大筋での合意には至ったと思う。後は他の大臣や将軍達で擦り合わせてくれ」
ベイザルはそう言い視線を向けて、「分かったか?」と言うと、大臣たちは胸に手を当て一礼する。
その姿に「よろしい」と返したベイザルは、続けて言う。
「ダミアン王子、今宵は貴殿を歓迎する為の、ちょっとした宴席を予定している」
「連日の宴席続きで、あまり豪勢ではないが……。どうか、出席していただけるとありがたい」
そう話すベイザルに、ダミアンは「是非に……」と返す。
ベイザルはその言葉に頷くと、「此度の謁見はここまでとする」そう言って立ち上がる。
「エンベルト大臣、後は頼む」
そう言ったベイザルは謁見の間を後にする。その場にいた者は、ベイザルの姿が消えるまで一礼を続けるのだった。
その後、レークランドおよびウェルシュ間で停戦と和平協定が結ばれた。
婚姻の破綻をきっかけに勃発した戦争は、帝国暦四九八年の八月中に収束した。
婚姻の破綻から約三ヶ月で開戦と終戦を迎えたこの戦争は、その期間の短さから、のちに三月戦争と呼ばれることになる。
短期間で終戦を迎えたものの、ウェルシュ王族の戦死など、のちの歴史に響く出来事も多かった。
その為か、この戦争はハシムがのちに起こす、大陸史の転換点とも称されるのだった。




