第39話 英雄の帰還
ロット平原の戦いから数日後 。エドワード王たちの死が国全体に広がる中、レークランドから王たちの首を持ち帰ったモーゼスが、王都ラッセルへと帰還した 。
「それは本当なのか!」
声を張り上げたジェイク第二王子は、側近を伴って廊下を早足で進む 。
「は、はい…… 。先ほど王都に到着いたしまして、ただいま謁見の間にて待機を命じております」
「分かった、会おう」
ジェイクがそう言って謁見の間へと入ると、待ち受けていたモーゼスが跪いて敬意を示した 。
「おぬしがモーゼス……だったか?」
正面に立ったジェイクが問いかけると、モーゼスは「はい、王子殿下」と静かに答える 。
「此度はご苦労だった。それが例のモノか……?」
ジェイクが視線を落とした先には、モーゼスの前に二つの壺が置かれていた 。
受け入れがたいという様子のジェイクに対し、側近が恐る恐る尋ねる 。
「もしよろしければ、中はこちらで検めますが……」
しばらく考え込んでいたジェイクだったが、「必要ない」と短く答え、自ら膝をついて一つの壺を手元に引き寄せた 。
覚悟を決めるように大きく息を吐き、壺の中を確認する 。
「…………」
中を覗き込み、息を荒くしながらも無言でもう一つの壺も確認したジェイクは、蓋を閉めると肩を大きく落とした 。
「本当に逝ってしまわれたのですか……。父上、兄上……」
そう呟いたジェイクだったが、やがて腹を据えたように力強く立ち上がる 。
「私は決めたぞ! 必ずや帝国とあの皇子に報いを受けさせてやる!モーゼス! 貴様を此度の功労者として将軍に任命する!」
突然の宣言に、側近が慌てて割って入った 。
「お、お待ちください!貴族軍の下士官を正規軍の将軍になど……前例がございません!」
「ふん、前例が無いからなんだと言うのだ。無いのであれば作ればいい!」
ジェイクはそう言い放つと、モーゼスを見据える 。
「頼んだぞ、モーゼス将軍」
モーゼスは跪いたまま、ただ「はい、王子殿下」と答えるしかなかった 。
それと同時に、謁見の間へ一人の使者が飛び込んできた 。息を切らしながらジェイクの前で跪く使者を見て、モーゼスは立ち上がり、謁見を邪魔しないよう脇へと退いた 。
「慌てて……一体何事だ」
状況が掴めず、ジェイクは困惑を隠せない 。
「も、申し上げます! 先ほど国境からの知らせがあり、ダミアン王子率いる一団がレークランドとの国境を越境したとのことです!」
その報に、ジェイクは考え込むようにしばらく沈黙した後、口を開いた 。
「それはつまり……あやつが軍を率いて、再び攻め込んだということか?」
使者は「い、いえ、違います……」と言い淀みながら、恐る恐る説明を続ける 。
「国境からの知らせによれば、ダミアン王子は少数の側近を率い、和平交渉のためにレークランドへ赴いたと……」
それを聞いたジェイクは、怒りに身を震わせた 。
「あやつがそう言ったのか……!?」
「は、はい。そのように伝わっております……」
「あの愚か者め!! 次代の王たる私を無視して和平交渉など、越権行為も甚だしい!!」
激昂したジェイクは、怒声を響かせる 。
「今すぐ追手を送り、始末せよ!」
「な、なりません! ダミアン王子を討つなど!」
諫めようとした側近の胸元を、ジェイクは激しく掴み上げた 。
「貴様……あやつの肩を持つというのか……?」
鋭く睨みつけられた側近は、必死に弁明する 。
「そ、そのようなつもりはございません!」
「で、ですが……正直に申し上げるのであれば、此度の戦争は敗北です」
側近のその言葉に、ジェイクは「き、貴様!」と声を荒らげるが、周囲の他の側近たちも同意するように厳しい眼差しを向けていた 。
「き、貴様らもか……」
ジェイクはがっくりと手を離すと、怒りと悔しさを押し込めるように静かに拳を握りしめた 。
側近が静かに言い聞かせる 。
「ジェイク王子……此度の戦争の決着はつきました 。エドワード王とカーチス王子は戦死なされ、ヘルマン将軍をはじめとした将校も、ほぼ戦死しております 。今すべきは、軍の立て直しと国内の混乱の収拾です」
しばらくの後、ジェイクは「分かった……」と力なく呟いた 。
「だが……ダミアンが越権行為を働いたという事実は消せん 。帰国次第、あやつには相応の処罰を下す。よいな!」
「はい、殿下」
その場にいた者たちが一斉に答えると、ジェイクは誰も伴うことなく、一人でその場を去っていった 。
「すまなかったな、モーゼス殿。帰国早々、見苦しいところを……」
残された側近がそう声をかけると、モーゼスは「いえ、お気になさらず」と首を振った 。
「将軍任命の件だが、正式な辞令は後日交付されるだろう 。それまでは王都に滞在し、英気を養ってほしい」
「お気遣い、感謝いたします」
そう応じて、モーゼスもまたその場を後にした 。
王城を出たモーゼスは、振り返って巨大な城を見上げる 。
「いやはや……とんでもないことに巻き込まれてしまったかなぁ……」
ぽつりとボヤいた 。
「まあでも……自分で選んだ以上、仕方ないか」
小さくため息をつきながら、モーゼスは望まぬ英雄への道を一歩ずつ進み始めるのだった 。




