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第4話 王城探訪 #2

「殿下、こちらが図書室になります」


 ソフィアの案内を受け、ハシムが図書室の前まで辿り着くと、従者によって扉が開かれた。


「なるほど、これはすごいですね」


 部屋に入ると、天井まで届く高さの本棚が隅々まで並んでいた。


「帝都の大図書館に比べれば、大したことはないと思いますけど……」


「いえ、あちらは大きすぎるだけで、ここの図書室が小さいというわけではないですよ」


 ハシムは近くの本棚から一冊を手に取る。


「北方諸国の童話集ですか。ここの管理人はいい趣味をされていますね」


「歴代の王が、大陸各地から様々な本をかき集めてきたそうです」


 感心しながら本を元の位置に戻し、ハシムは改めて室内を見回した。すると、部屋の片隅にいる《《ある者》》たちを見つける。



「食べながら読んじゃだめですって、カタリナさん!ああ……、食べカスが……」


 本を読みながら食事をするカタリナを、少年が諌めているようだった。


「ラル、手間をかけさせるな」


「あ、殿下。おはようございます。姫様もご一緒なのですね」


 ラルと呼ばれた中性的な顔立ちの少年は、振り返って一礼した。


「本を汚すなと、カタリナに伝えておいてくれるか?」


「はい、僕からもキツく言っておきます!」


「殿下、私からもよく《《言い聞かせて》》おきます」


「ああ、頼むよライラ」


 カタリナはライラの言葉に一瞬身をすくませたが、そのままパンを齧りながら読書を続けた。


「姫様、あの者は気にせず行きましょう」


「は、はい」


 ハシムはカタリナに呆れつつ、ソフィアを伴って歩き始めた。



「カタリナ、という方は本がお好きなのですね」


「好きを通り越して、もはや病気ですよ」


「病気……ですか?」


 時折、気になる本を手に取りながら、二人は本棚の間を進む。


「カタリナ様とは、どのように出会ったのでしょうか?」


「そうですね……。互いに良い出会いではありませんでした」


 ハシムは昔を思い起こしながら話し始める。


「彼女は元々、帝都の大図書館に務める司書見習いでしたが、少々偏った思想を持ってましてね。反戦と平和を帝国相手に訴えていたそうです。その主張と反帝国主義が司書長の反感を買い、追放されました」


「やがて、反帝国主義者として《《処刑》》されることになりまして」


「しょ、処刑……ですか?」


 ソフィアが言葉を詰まらせる。


「ええ。絞首刑に処されるところでしたが、私が恩赦を出して彼女を解放しました」


「どうして彼女を助けたのですか?」


「ただ、ここで死なせるべきではない。そう思っただけですよ」


 ハシムは本棚に並んだ背表紙を指でなぞりながら、言葉を繋いだ。


「それに、《《ある言葉》》をかけてから、すっかり丸くなりましてね」


「ある言葉……ですか?」


「ええ。それを今ここで言えないのは心苦しいですが」


 ソフィアはハシムの言葉に興味を惹かれるが、彼はそれ以上語ろうとはしなかった。


「では、その《《ある言葉》》によって、仲間になられたのですね」


「ええ、そうなります」


 興味深い話をしている間に、図書室を一周した二人は出入り口へと戻ってきた。


「図書室はいかがでしたか?」


「とても良かったです。興味を惹かれる本がいくつかあったので、また改めて来たいと思います」


「それなら良かったです」



 ハシムは図書室の前でソフィアに尋ねた。


「次はどちらへ?」


「中庭は……どうでしょう? 訓練所もありますので、ティナ姉様との模擬戦もそこで行われるはずですから……」


「それはいいですね。案内をお願いできますか?」


 ソフィアが頷き、二人は中庭を目指して歩きだす。


「あの……一つ質問してもよろしいでしょうか?」


「ええ、何なりと」


「カタリナ様と一緒にいたラルという方は、その……」


 ソフィアは少し言いづらそうに尋ねる。


「男の方……なのでしょうか……?」


「それは……どうなのでしょうね」


 ハシムは考え込むように言った。


「本人は男だと言っていますが、裸の付き合いをしたことがないので何とも……」


「は、裸……」


 何かを想像したのか、ソフィアは頬を染める。


「あとで、確かめておきましょうか?」


「そ、そこまでしなくても大丈夫ですので……」


 ハシムは、なぜそんな質問をしたのか聞き返した。


「姫様は、なぜラルのことをお聞きに?」


「それは……」


 ソフィアはうつむきながら答える。


「ラル様はとても可愛らしい顔立ちをされていたので……殿下の好みなのかと思ってしまいまして……」


「ソフィア様。私は自分自身が愛したいと思った方を愛します。判断基準に、顔も年齢も地位も関係ありません」


 少し考え込んだハシムは、その場に跪くと、ソフィアの手を取った。


「私達は出会ったばかりですが、私はソフィア様を心の底から愛したいと思っています。あなたは素敵な女性ひとです。どうか、私の言葉を信じていただけませんか?」


 真剣な眼差しにソフィアは動揺しながらも、一呼吸置いてから口を開いた。


「はい、信じます」


 ソフィアもハシムの目を見つめて応える。


「ありがとうございます、ソフィア様」


 ハシムは立ち上がり、二人は再び歩き出す。互いに《《本心》》を隠しながら。



「あちらにいる方々は……」


 外回廊を歩くハシムが視線を向けると、城壁の凹凸を飛び跳ねるフウカと、それを諌める男の姿があった。


「嬢ちゃん、落ちても俺は助けないからな」


「オッサンがやったら落ちるけど、わたしなら平気」


「たしかにそうだけども……というか、俺はそんな危ないことはしません」


「そうだね。オッサンがやったら腰を痛めるもんね」


 フウカは危なげなく城壁の上を跳ね回る。


「言わせておけば……。俺だって、やろうと思えば……」


 城壁に足をかける男に、ハシムが声をかけた。


「やめておけヒューゴ。怪我では済まなくなるぞ」


 ヒューゴと呼ばれた、あごひげの中年男が振り返る。


「なんだ、殿下ですか。姫さんとご一緒とは仲睦まじいですな」


「そっちは……子守か」


「ええ、《《いつもの》》ですよ」


 ヒューゴは向き直ると、ソフィアへ一礼した。


「こんにちは姫様。俺はヒューゴと申します。気軽に呼び捨てで構いませんよ」


「は、初めまして。ソフィアと申します……」


「呼び捨ては、その……できないので、ヒューゴ《《さん》》とお呼びしてよろしいですか?」


「構いません、どうぞよろしく。そちらの可愛らしいメイドさんもよろしく」


 ヒューゴは控えていたキュリーにウインクを送るが、苦笑いで返されてしまう。


「嬢ちゃんも挨拶したらどうだい?」


 城壁の上で逆立ちをするフウカに、ヒューゴが声をかける。


「しょうがないなぁ……」


 渋々といった表情で降りようとしたフウカだったが、手が滑った。


「あ」


 叫び声を上げる間もなく、フウカの姿が消える。それを見たソフィアは思わず口を覆った。


「た、大変です! すぐに助けを!」


「大丈夫ですよ、ソフィア様」


「で、ですが……」


 慌てるソフィア達とは対照的に、ハシム達は落ち着き払っていた。


「嬢ちゃん、いい加減にしないと不敬だと怒るぞ。《《ライラの嬢ちゃんが》》」


「わかったって」


 城壁に《《右手だけで》》しがみついていたフウカが、両手で掴み直す。そのまま力を込めて飛び上がり、鮮やかな一回転を決めて着地した。


「相変わらず猫みたいな嬢ちゃんだな」


「わたしは猫じゃない。次言ったらここから蹴落とす」


 怪我一つない様子に、ソフィア達はようやく安堵の息を漏らした。


「ソフィア様、部下が無用な心配をかけたようで申し訳ない」


「い、いえ、無事ならそれで……」


 困惑するソフィアにハシムが頭を下げ、改めてフウカを紹介した。



「この阿呆あほうはフウカと申します。一応、姫様と同い年ですので、よろしければ仲良くしてやってください」


「は、はい。よろしくお願いします、フウカさん」


「はいはい、よろしくね姫さん」


 適当な返事を返すフウカ。その後ろでライラが満面の笑みを浮かべていることに気づいたヒューゴは、小声で囁いた。


「ライラの嬢ちゃんが怒ってるよ。殿下に頭を下げさせるのはやりすぎだって」


「でも、こんなのいつものことじゃん」


「俺達にとってはそうでも、今日は姫さんもいるんだしさ……」


 ヒューゴは反省を促すが、フウカはあまり気にしていない様子だった。


「ところで、フウカさんはその……曲芸師の方なのでしょうか?」


 ソフィアの問いに、フウカが答えようとする。


「いや、密偵――」


「ええ、そうです! 俺たち曲芸師なんです!」


 ヒューゴが慌ててフウカの口を塞ぎ、満面の笑みを作った。


「そうなのですね。だから、あれほどの身のこなしができるのですね」


「ええ、いずれソフィア様にも芸をお見せしましょう」


 ヒューゴの誤魔化しにハシムも合わせ、なんとかその場をやり過ごした。



「それで、フウカさんとはどのようにしてお知り合いになられたのでしょうか?」


「ああ、フウカは拾ったのです。《《ゴミ掃除》》の場で」


「ご、ゴミ掃除ですか……?」


 聞き馴染みのない言葉に、ソフィアは首を傾げる。


「ああ。あれは確かに《《ゴミ掃除》》の途中だったね」


 フウカが皮肉めいた調子で言葉を返した。その様子を見て、ソフィアはヒューゴにも質問を向ける。


「ヒューゴさんも……その、拾われたのですか?」


「いやいや、確かに拾われたと言えなくはないですけど……。決して、裏路地の野良犬みたいな感じではないですよ!」


 必死に弁明するヒューゴ。


「オッサン必死すぎ。どうでもいいでしょ」


「いや! どうでもよくはないぞ。俺にとっては人生の重要な岐路だったんだ! それを……」


「はいはい」


 ヒューゴの剣幕に、ソフィアは再び困惑してしまう。


「どうでもいい話はそこまでだ。ソフィア様を困らせるな、《《阿呆共》》」


「どうでもよくは……」と言いかけたヒューゴだったが、今度はフウカに口を塞がれた。


「ソフィア様、部下が失礼いたしました」


「い、いえ。私が質問したことが始まりですし、殿下が謝るようなことでは……」


「だとしても、部下の不始末は上司である私の責任ですから」


 ハシムの言葉に、ソフィアはそれ以上何も言えなかった。



「ではソフィア様、改めて中庭へと参りましょう」


「は、はい」


 ソフィアはフウカ達に一礼してその場を去り、後には二人が残された。


「しかし曲芸師か。身分を偽るのに使えるかもな。今度、玉乗りの練習でもしてみようか?」


「オッサンなら似合うかもね。変な帽子を被ったりして」


「それは道化師だ! 俺が言ってるのは曲芸師!」


「どっちも同じじゃないの?」


「違うって……たぶんな」


 ハシム達がいなくなり、静まり返った空気に嫌気が差したのか、フウカが立ち去ろうとする。


「なあフウカ、《《ゴミ拾い》》の話、聞いてもいいか?」


「だめじゃないけど。私が猫呼ばわりされるのを嫌う理由が、笑えなくなるよ。それでもいいなら話すけど」


 ヒューゴはしばらく沈黙し、考え込んでから答えた。


「わかった。お前が話したくなった時に聞くよ」


「そっか」


 フウカは一言だけ残して去っていった。一人残されたヒューゴは、過去のある出来事を思い出していた。


「みんな、触れられたくない過去の一つくらい、持っているものだな……」


 視線を落とす。


「俺もまだ、罪を清算できたとは言えないよな……」


 脳裏に焼き付いた光景を思い浮かべながら、ヒューゴは一人立ち尽くしていた。


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