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第3話 王城探訪 #1

 朝食を終えたハシムは、部屋へ戻りライラと話をしていた。


「殿下、本日の予定は午前がソフィア様の案内、午後がティナ様との手合わせ、夕食は食堂となりますがよろしいでしょうか?」


「ああ、それでいい」


 ライラの声掛けに、ハシムは机で手紙を書きながら答える。


「その手紙は、帝国宛でございますか?」


「そうだ。商会へ向けて色々と指示を出しておかなければ」


「しばらくは、部屋で机仕事でございますね」


 ペンを走らせながら、ハシムはライラにある事を尋ねた。 


「ライラは、もう朝食は済ませている……のだったか」


「はい。殿下を起こす前に他の従者と共に」


「そうか。苦労させるな」


「いえ、そのような些細な事、お気になさらず」


 その返しに「そうか」とハシムは小さく呟いた。



「ライラ、今日カタリナたちがどう過ごすか聞いているか?」


「はい。カタリナは朝食も食べずに図書室に向かったそうです。アンジェはおそらく兵士の訓練でしょう。フウカはいつも通り()()()、とのことです」


 ハシムは少し呆れつつも手紙を書き続ける。それからしばらくすると、扉がノックされた。


「殿下、ソフィアです……。約束通り、お城の案内をさせてもらおうと思います……」


「しばらくお待ちください、ソフィア様」


 ハシムは筆を止めた。鏡で身だしなみに問題がないことを確認し、扉の方へと向かう。


「お待たせしました、ソフィア様。城の案内をお願いできますか?」


「は、はい。お任せください……」


 扉が開かれ、ハシムが出迎えるとソフィアは控えめに答えた。


「あ、あの。何かお書きではありませんでしたか?」


「はい。手紙を少々」


 机の上にある書面に気づいたのであろうソフィアの問いに、ハシムは微笑む。


「よろしかったのですか?」


「ソフィア様の案内より優先すべきことなど、ありませんよ」


 ハシムがその手を握りながら視線を向けると、ソフィアは頬を染めた。


「そ、そう仰るのであれば……」


「では参りましょう、ソフィア様」


 二人が歩き出すと、その後ろにはライラとソフィアの従者が静かに付き従った。



 廊下を歩くソフィアは、時折ハシムの手に目を向けてしまう。その様子に気づきながら、ハシムは声を掛けた。


「ソフィア様。本日はどのような場所に案内していただけるのでしょう?」


「は、はい。まずは謁見の間をご案内します」


 楽しげに会話を交わす二人を、ライラたち使用人が後ろから見守る。


「微笑ましいですね」


「そう……ですね……」


 隣を歩くソフィア付きのメイドが、ライラに話しかけてきた。


「あ、ごめんなさい、いきなり。私、ソフィア様付きメイドのキュリーと申します。隣のおじいさんはエイナルね」


「ライラと申します。よろしくお願いします、キュリーさん。同じ従者の身、どうかお気楽に」


 挨拶を交わしながらも、一行は歩みを進める。


「しかし、こうしてお二人を見ていると兄妹みたいですね。《《実の》》よりも……。あまりテオドール様のことを悪くは言いたくはないのですが……」


 キュリーは慎重に言葉を選びながら続けた。


「やはり、母親を亡くしてからテオドール様は……」


「それはつまり……。ベイザル王には前妻がいたということでしょうか?」


「あ、それは……」


 口を滑らせたと、慌てて口を抑えるキュリー。


「ライラ殿、どうかそれ以上は……口にせぬようお願いします」


 隣を歩くエイナルが、静かに釘を刺した。


「今の王家を取り巻く状況は、とても複雑なのです……。キュリー、お前も今後、口を滑らせることのないように」


「わ、わかってますって!」


 複雑な家庭状況の一端を垣間見たライラは、静かに思案を巡らせるのだった。



 やがて、一行は大きな扉の前へとたどり着いた。

 ソフィアが目配せすると、衛兵によって重厚な扉が開かれ、まばゆい光が差し込む。


「殿下、ここが謁見の間になります」


 ソフィアの導きで入ったその間は、豪勢に彩られていた。壁には風景画や歴代王の肖像画が飾られている。


「帝城と比べれば質素かもしれませんが……」


「いえ、そんなことはありません。むしろ帝城より豪勢なくらいです。誇張ではなく」


「そう……なのですか?」


「はい。歴代皇帝に伝わる家訓のような言葉がありまして」


 ハシムは一呼吸置いて口を開いた。


『国の豊かさを示すならば、家ではなく民を見せよ』


 その言葉を聞いたソフィアは、少し考え込んでから問い返す。


「それはつまり……民の暮らしこそが、国の豊かさの指標になると?」


「ええ、その解釈で合っています。豪華な宮殿を見せるよりも、民の豊かな暮らしを見せた方が力の差を示すことに繋がる、ということです」


 ハシムの説明に、ソフィアは納得したように頷いた。


「歴代の皇帝はその教えを守り、皇帝家の富を民に分配し続けてきました。ですので皇帝家は贅沢を禁じられています。帝城が質素なのはそのためなのです」


「そう……なのですね……」


 ハシムの言葉を受け、改めて豪勢な謁見の間を見渡すソフィアの胸には、どこか罪悪感のようなものが芽生えていた。



 同時刻。謁見の間では、ベイザル王が誰かと面会している最中だった。ハシムたちは邪魔をしないよう隅を移動していたが、ベイザルが気づいて手招きをする。


「ソフィア様、王と面会されているのは?」


「あのお方は……」


 ソフィアが答える前に、ベイザルの声が響いた。


「ソフィア、言いつけ通りに案内しているようだな。こちらへ来なさい」


「は、はい……父様」


 促された二人は、王と面会していた男の前に出る。


「大使! 紹介しよう。我が娘ソフィアと、その婿のハシム皇子殿下だ。娘とは以前顔を合わせていようが、殿下とは初めてであろう?」


 大使と呼ばれた男は一礼し、ハシムへと向き直った。


「殿下、わたくしはウェルシュ王国大使を務めております、ワルターと申します」


「初めまして、ワルター大使。アンダルシア帝国第四皇子、ハシムです。よろしくお願いします」


「こちらこそ、ハシム皇子殿下」


 ワルターが求めた握手に、ハシムも応じる。


「ソフィア様とは、以前の顔合わせや昨夜の晩餐会でもお会いしましたな」


「は、はい。覚えております、ワルター大使」


「はは、それは良かった。今後ともよろしくお願いします、ソフィア様」


 ワルターは紳士的な所作で一礼した。


「アンダルシアとウェルシュが手を取り合うならば、我が国も安泰だ!」


「ええ、その通りですな」


 二人が握手を交わす光景を、ベイザルは上機嫌に眺めていた。



 謁見の間を後にしたハシムに、ソフィアが申し訳なさそうに話しかける。


「先ほどは父が失礼しました。大使との面会に介入するつもりはなかったのですが……」


「いえ、ウェルシュ王国大使とはいずれ会いたいと思っていたので、ちょうど良かったです」


「それなら、良かったです……」


 その言葉にソフィアはホッと胸を撫で下ろす。それからしばらくして、廊下進むハシムは、次の目的地を尋ねた。


「ソフィア様。次はどちらへ案内していただけるのでしょう?」


「は、はい。次は図書室へとご案内します」


 二人は並んで図書室へと向かう。そんな時、ハシムが問い掛ける


「姫様は歴史はお好きですか?」


「いえ、あまり……。世話役のエイナルから一通り教わりはしましたが……」


「そうですか。私はとても好きですよ。この国の歴史についても知りたいと思っています」


 ハシムが楽しそうに語る様子に、ソフィアは少し視線を落とした。


「我が王国の歴史と言っても、たった二百年ほどですが……」


「いえいえ。歴史の浅さで言えば我が帝国も、かつて存在した大帝国の後継国家を自称しているだけで、五百年ほどの歴史しかありません」


 ハシムが口にした言葉が気になり、ソフィアは質問を重ねる。


「大帝国というと、かつて存在した……」


「ええ。この中央大陸を西の果てまで制覇し、北方諸国まで従わせた超大国です」


「ですが、東方征伐に失敗して滅びたと……」


「ええ、そしてこの大陸に()()()をもたらしました」


 その単語に、ソフィアは小首を傾げた。


「歴史を学んでいると時折『暗黒期』という言葉を耳にしますが、実際にはどういった時代なのでしょうか?」


「暗黒期というのは、今から六百年前の帝国崩壊直後の時代を指す言葉です」


 ハシムが真剣な表情で語り始めると、ソフィアもその熱に押されるように聞き入った。


「暗黒期をもたらした最大の原因である大帝国の崩壊は、東方征伐の失敗に起因します。姫様は東方征伐についてはご存じですか?」


「はい。大帝国への臣従を拒む東方諸国への、大規模な侵略戦争だと教わりました」


「その通りです。大帝国は約二十万もの大軍勢をもって侵攻を開始しました。順調に制圧を進め、東端の島々を残すのみとなった頃、皇帝自ら軍を率いて帝都を離れましたが……守りの手薄な隊列を奇襲され、皇帝は討ち取られてしまったのです」


「……」


「その後、大軍は皇帝の死と共に瓦解。次代を狙って皇太子たちが内戦を始め、大陸全土に混乱が広がりました」

「大帝国以外の国々も、独立や内戦などが起こりました。この影響を受けなかった国は無かったとすら言われています」


 ハシムの解説に、ソフィアはしばし黙り込んでから口を開いた。


「恐ろしい時代ですね……」


「ええ。混乱はさらに加速し、最後には疫病が広がり。火山の噴火による食糧危機がトドメを刺しました。当時、大陸に住む人の()()が亡くなったとも言われています」


 想像を絶する惨状に絶句するソフィアに、ハシムは優しく声を掛けた。


「ソフィア様、どうかご安心を。我が帝国は、そのような悲劇を繰り返さないために興された国です。初代皇帝の意思を継ぎ、私はこの大陸に安定と平和をもたらしたいと思っています」


 ハシムはソフィアの手を握り、その目を真っ直ぐに見つめた。


「ソフィア様。この婚姻同盟はそのための第一歩と考えています。どうか、お力を貸していただけませんか?」


「わ、わたしで良ければ、これからも……」


「そうですか! ありがとうございます!」


 告白のような言葉に、ソフィアは再び頬を赤く染めた。


「では、改めて図書室へ向かいましょう、ソフィア様」


「は、はい」


 互いに異なる思惑を胸に秘めながら、二人は再び歩き出すのだった。


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