第37話 駒
天幕内を一掃したハシムたちは、火矢による合図を送った。すると、宿営地西の山林から光が現れ、瞬く間に山を染め上げていく。
警鐘が鳴らされ混乱が広がる中、西側からはアンジェ率いる騎兵隊が突入していた。
「いいぞ!そのまま蹴散らせ!」
馬の蹄が響かせる轟音と共に、アンジェ率いる騎兵が柵を蹴破り、宿営地へと侵入する。
侵入した騎兵は、天幕に火を付けながら通りを爆走し、さらなる混乱を巻き起こしていた。
「隊長!確保しました!」
声が掛かり、アンジェが振り返る。馬を歩ませた先には、鉄格子の馬車に閉じ込められた村人たちがいた。
怯える村人たちに、馬を降りたアンジェが近づく。
「こんばんは、どうか落ち着いて」
アンジェは努めて穏やかに話しかけた。
「アタシたちは味方です。正体までは明かせませんが、あなた方を連れ出すように言われています」
「こ、ここから連れ出してくれるのか……?」
一人の村人が恐る恐る尋ねる。
「ええ、もちろん。ですが、まずはあなた方を安全な場所まで送る必要があります。そのためには、まだ馬車に乗っていてもらいたいのです。道中の安全は保証します。それに、あなた方の略奪品も返還しますので、どうか落ち着いて行動してください」
アンジェの話を聞いた村人たちは、しばらく顔を見合わせると、納得したように頷き合った。
その様子に満足したアンジェは、再び馬に跨る。
「ここは任せた」
部下にそう言い放つと、彼女はそのまま駆け出していった。
その頃、中央の天幕から外の状況を確かめたハシムは、再び中へと戻っていた。
「さて、殿下……じゃない、大将!これからどうします?」
そう尋ねるヒューゴに、ハシムは呆れたような視線を向けた。
「まだ、その設定を引きずるのかヒューゴ」
「ええ……。だって大将が、殿下呼びするなと言うから……」
ヒューゴがもっともらしく言い訳をする。
「ここで正体を明かした時点で、もはや偽装など不要だ」
「そんなぁ……。せっかく、色々と設定を考えたんですよ? 出身地や、故郷に残る恋人のことだったり……」
長々と語り出すヒューゴを一蹴するように、ハシムが言い放つ。
「黙れ、考えがまとまらん」
考え込むハシムの後ろで、ヒューゴががっくりと項垂れる。
その時、天幕の外に気配を感じた二人は、同時に同じ方角を向いて武器に手をかけた。外の様子に警戒を強め、無言で天幕の入り口を睨みつける。
すると突然、天幕の布を突き破るようにして何者かが中に飛び込んできた。その者は激しく体勢を崩しながら、無様に床へと倒れ込む。
地に伏した男の不甲斐ない格好を見て、張り詰めていた緊張が解けたのか、ハシムは小さく息を吐いた。
「なんだコイツは……。フウカ」
ハシムが天幕の外へと視線を向けると、男が飛び込んできたのと同じ破れ目から、フウカがひょっこりと姿を現した。
「外にいたから捕まえた」
淡々と答えるフウカに、ヒューゴがすかさずツッコミを入れる。
「虫かよ……」
ヒューゴは倒れた男に近づくと、その身体を引き起こした。
「へへ……、どうも殿下……」
整った髭を蓄えた身なりの良い男は、ハシムの顔を見るなり、能天気にそう言ってみせた。
「なるほどな……。お前、士官のようだが、会合の場にいないという意見を踏まえると、大した存在ではなさそうだな」
ハシムの言葉に、男は気楽に応じる。
「ええ……、自分、ただの下士官なんで……」
あまりに緊張感のない男の態度に、フウカが嫌悪感を露わにした。
「なんかオッサンみたいで気持ち悪い……。コイツ、殺していい?」
「おいおい……、勝手なこと言うなよ。それにオッサンだからって、殺すのは可哀想だろ?」
ヒューゴが慌てて割って入ると、フウカは冷ややかな視線を向けた。
「何? 同じオッサンだから擁護するわけ?」
「いや別に、同じオッサンだからって擁護するわけじゃねえよ。それに、すべてのオッサンが同じってわけじゃねぇ! オッサンにもそれぞれ違いがあってだな……」
長々と熱弁を振るうヒューゴに、ハシムが声を張り上げた。
「黙れオッサン。考えがまとまらない!」
ハシムに一喝され、ヒューゴがガックリと肩を落とす。その姿を見たフウカは、見下すような半笑いを浮かべていた。
「いずれにせよ、殺すか殺さないかは後で決める」
そう告げたハシムは、男の顔を覗き込んだ。
「名は?」
「あ、自分ですか? モーゼスっていいます。弱小貴族の三男坊をしてます」
「なるほどな……。受け継ぐ土地も無く、養うことも出来ずに追放され、貴族軍への奉公に出されたか」
ハシムがその境遇を言い当てると、モーゼスは感心したようにハシムを褒め称えた。
「ええ……、そんな感じです。よく分かりますね」
「まあ……、配下には似たような境遇の奴が多いからな」
ハシムはモーゼスに改めて向き直ると、静かに問いかけた。
「さて、モーゼス……。我が駒になる気は無いか?」
「コマ……ですか? ここで回れば……?」
おどけるモーゼスを、ハシムが無言で鋭く睨みつける。モーゼスは慌てて縮こまった。
「すいません……、和ませようと……」
「断るならそれでもいい。お前をここで殺して、他の奴らの後を追わせるだけだ。こちらには代わりの駒などいくらでもいる。それに、計画自体を修正することは容易だ。お前の存在価値なんてそんなもんだ。分かるか?」
ハシムが淡々と冷酷な現実を突きつけると、モーゼスはすぐに頭を垂れた。
「は、はい……。ぜひ、自分を駒に……」
その従順な姿に満足した様子のハシムは、「よろしい」と頷き、言葉を続けた。
「では、お前にはこれから英雄になってもらう」
ハシムの口から飛び出た想定外の単語に、モーゼスは思わず顔を上げた。
「え、英雄ですか……?」
「ああ、喜べ。英雄だ」
ハシムは不敵に微笑む。
「お前はこの後、宿営地を出たら真っ直ぐ王都ケルンを目指せ。そして、ベイザル王と面会して、首の返還を要求しろ」
黙って話を聞くモーゼスに、ハシムが目配せをすると、フウカが前に進み出た。
「手筈はこちらで整えておく。王都の近くまではコイツを付ける。妙な真似はするなよ? 大人しく首を持って帰れば、お前はウェルシュでは英雄だ。その後どうするかはお前に任せる」
「だが、お前も駒になることを選んだ時点で、ある程度分かっているだろうが……我らの意図に沿わないと判断したら、お前か、あるいは家族を殺す。それでも、駒になるか?」
ハシムにそう重ねて問いかけられたモーゼスは、意を決したように跪いた。
「はい、殿下」
「よろしい……。では、ササッとここを出るとしよう。火に巻かれても困るからな」
ハシムたちが天幕の外へ出ると、ちょうど馬に乗ったアンジェが近づいてきた。
「どうも殿下、そっちもうまく運んだようですね」
「ああ、そっちもか?」
「もちろんです!」
自信満々に答えるアンジェは、ハシムの背後にいるモーゼスに目を留めた。
「それで、ソレは?」
「ああ……、新しい駒だ」
アンジェは「ふぅん……」と呟き、舐めるようにモーゼスを観察する。
「殿下って、オッサンを集める趣味でもあるんですか?」
「んなわけあるか、阿呆」
ハシムは吐き捨てるように言うと、部下が連れてきた馬へと跨った。
「アンジェ、フウカと一緒にそのオッサンを後で連れて来い。それと、ヒューゴは俺について来い。話がある」
命じられたヒューゴは、「へいへい」と悪態をつきながらも馬に乗り、ハシムの後を追った。
「それで、話しってなんです? 殿下」
ヒューゴは馬を並べ、ハシムの背中に問いかける。
「そのまま聞け。あの駒にした男……モーゼスだったか。正直に言って、駒としては手に余る」
ハシムの意外な言葉に、ヒューゴは少し驚いた表情を見せた。
「殿下にしては、珍しいことを言いますね。そんなに警戒する相手ですか? ただの弱気な下士官に見えましたが……」
「たしかにそう見えるが、アイツが天幕に入って最初に何と言ったか覚えているか?」
「ええと……たしか……『どうも殿下』……でしたか?」
「そうだ。あの場には大量の死体があったにもかかわらず、第一声が俺への挨拶だった。ということは……」
ハシムの意図を察し、ヒューゴの額から一筋の汗が流れる。
「え……。まさか、天幕に入る前から……」
「ああ、そうだ。おそらく襲撃が始まる前から、ある程度状況を推測していたのだろう。それにもかかわらず、逃げずに天幕に近づいた」
「奴の思惑は知らないが、奴は自ら駒になりに来たのだ。正直……これから先、奴がどんな変貌を遂げるか分からない。だからお前は、奴を本気で始末する準備をしておけ」
ハシムの冷徹な眼差しを受け、ヒューゴは真剣な表情で頷いた。
「了解っす」
そう答え、二人は夜の闇へと追従していく。
ハシムがこの襲撃で拾った新たな駒モーゼスは、この先起きるウェルシュ内戦において、大きな役割を果たすことになるのだった。




