第33話 本当の願い
ロット平原の戦いから数日後、ウェルシュ王国王都ラッセルには衝撃的な知らせが届いていた 。
「今、なんと言った!もう一度申してみよ!斬り殺してやる!」
謁見の間にて、地を震わせるような大声で喚き散らすのは、ウェルシュ王国第二王子のジェイクであった 。
「もう一度、申し上げます!先の戦いにて、エドワード王およびカーチス王子、共に戦死なされました!」
決死の覚悟でそう告げた使者に対し、ジェイクは激昂して剣を抜いた 。
「ありえぬ!戯けたことをぬかすな!」
そのまま剣を振り下ろそうとするが、側近たちによって背後から必死に体を抑えられる 。剣を狂ったように振り回すジェイクを前に、使者は跪いたまま、ただ静かに俯き黙り込んでいた 。
「ありえぬ!父上と兄上がこの世におらぬなど!ありえぬ!!」
ジェイクは空席の玉座を背に、まるで子どものように泣き喚くのだった 。
そんな狂乱の声を背に、第三王子のダミアンは静かに謁見の間を後にした 。
回廊を進むダミアンに、柱に背を預けて立っていた長身の男が声を掛ける 。
「よう、王子殿下。元気してるか?」
ダミアンは一度立ち止まり、無言で男を鋭く睨みつけた 。しかし、すぐに再び歩き出す。男はその後に楽しげに付き従った 。
「ちょっと、無視しなくても……」
「よく……、顔を出せたな……」
ダミアンの声には、隠しきれない怒気が含まれていた 。
「そんな怒らんで下さいよ……。あ、もしかして……。王が死んだのは俺のせい……、だとか考えてません?」
男がわざとらしく気づいたように言うと、ダミアンは冷たく突き放した 。
「当然だ……」
「そんな酷い事言わんで下さいよ……。確かに、あの場には居ましたが……。だからといって俺にどうしろと……。代わりに斬られろと?」
「そうだ」
「んな無茶な……」
男の軽薄な返しに、ダミアンはついに足を止め、男の胸ぐらを激しく掴み上げた 。
「金は払った!ならば、それに相応しい働きをしろ!」
至近距離で睨みつけながら怒鳴るダミアンに対し、男は顔色ひとつ変えずに答えた 。
「なら、もっと金を払うべきでしたね。あの程度の金じゃ、誰も命なんて掛けませんよ……」
「それとも、エドワード王の命はあの程度の価値……、という事ですか?」
「き、貴様……!」
ダミアンは激しい怒りを露わにするが、男は淡々と続けた 。
「なぜそんなに怒るのです?エドワード王はあなたにとって、それほど価値のある人物には見えませんでしたが……」
図星を突かれたようにダミアンは「それは……」と声を漏らし、自然と胸ぐらを掴む力が緩んでいった 。
手を離したダミアンは、回廊に置かれた長椅子に力なく座り込み、俯いた 。男はそれを横目で見ながら、乱れた襟元を平然と正している 。
「ああ……、そうだ……。分かっていたことだ……。庶出の王子でも国に尽くしたい……。いつもそう思っていた……」
「そんな私がたどり着いた、この国を治療する唯一の手が……。帝国領になる事……」
「だが、その障害になるのは……。次代の王カーチス……。そして……、我が父エドワード……。私は何処かで願っていたのだろう……。父と兄の死を……」
「そんな事は起こらない……。そう思いつつも、私はあの帝国の皇子に期待してしまった……」
静かにその独白を聞いていた男は、「ひどい王子が居たものですね」と他人事のように呟いた 。ダミアンもまた、自嘲気味に返す 。
「そうだな……。父上はこの国の事をいつも憂いていた……。時には荒療治が必要かもしれない事も……」
ダミアンは勢いよく立ち上がると、まっすぐに前を見据えた 。
「私は決めたぞ……。この国を……、帝国に売り渡す」
「はっはっは、堂々と売国宣言ですか!」
男は大袈裟に笑い声を上げた 。ダミアンはその様子を横目で見ながら、呆れたように息を吐く
「何を笑う……。残った民の事を考えれば、それが一番合理的だ。ならば残る敵は……、兄のジェイクのみだ……」
「次は兄弟殺しですかい?いやはや業の深い……」
「お前にも役立ってもらうぞ」
「俺に戦えと?てっきりクビの流れかと思いましたが……」
「貴族と私、どちらに使われるのが良いのか……。考えるまでも無いだろう」
「そりゃまぁ……。貴族の使いっ走りよりは、いいでしょうが……」
「ならば決まりだ……。次の手を打つ」
ダミアンは再び回廊を歩き出した 。男は渋々といった様子で、その後に付き従う 。
「それで、次の手とは?」
「レークランドに行く」
「亡命ですか?」
「違う、和平を結びに行く」
ダミアンの迷いのない言葉に、男はしばらく考え込んだ後、顔をしかめた 。
「マズイのでは?」
「そうだろうな……。順当に行けば、次の王は兄ジェイクだ。その兄を無視しての独断の和平は、反乱に近いだろう……」
「淡々と言ってますけど、処刑されますよ……」
男の当然のツッコミにも、ダミアンの表情は変わらない 。
「だからもう、この城には戻らない 。お前も今のうちに荷物をまとめておけ」
「そんなんで金払えるんですか?」
男が現実的な心配を口にすると、ダミアンは不敵に言い放った 。
「気にするな、領地に戻ればいくらでもある」
未だ納得がいかない様子の男に対し、ダミアンは重ねて告げる 。
「ディエゴ、お前にはまだまだ役に立ってもらうぞ」
「仕える主を間違えたかな……」
ディエゴと呼ばれた男はそうぼやきながらも、前を行く主の背中を追いかけるのだった 。
その後、ダミアンは新王の誕生を待つことなく、レークランドとの和平を独断で結んだ 。
そして、独断専行の反省を名目に、自らの領地へと籠もることになる 。
これが、のちに起こるウェルシュ内戦の確かな兆しであったと、後世の歴史家は語る 。




