第26話 開戦 #1
帝国で話し合いが行われていた頃、ウェルシュ王国王都ラッセルでも、怒号が飛び交う話し合いが行われていた。
王城の謁見の間では、中央の絨毯を境界として、国内の有力者が主戦派と穏健派に分かれて激しい言い合いを繰り広げている。
エドワード王は玉座に座って頬杖を突き、その光景を眺めながら静かに耳を傾けていた。
「我らは侮辱されたのだ!奴らには代償を支払わせるべきだ!」
「我らだと?屈辱を味わったのは王子一人だけではないか。国全体の問題にすべきではない!」
「何を言うか!王子への侮辱は国への侮辱と同等だ!」
「ならばお前達は、レークランドだけでなく帝国とも戦うというのか!」
穏健派の一人がそう指摘すると、主戦派の誰かが「当然だ!!」と怒鳴り返す。
「適当な事を抜かすな!!我が国と帝国に、どれだけの国力差があると思っている!!」
議論は平行線を辿り、一向に結論が出る気配は見えない。その状況に嫌気が差したのか、エドワード王が立ち上がり、重い口を開いた。
「もうよい!此度はここまでだ、後日結論を出す」
そう告げたエドワードが玉座を降りて立ち去ろうとすると、第一王子のカーチスが前に立ち塞がる。その隣には、第二王子ジェイクの姿もあった。
「父上!戦われるのですよね!私はこれ以上無いと言う程の屈辱を受けたのですから!」
「そうです!兄上の仇を討たねばなりません!」
ジェイクは兄に同調するように、父エドワードに詰め寄る。
「はぁ……。ジェイクよ、兄を慕う気持ちは分かる。だが時には、自分の意志で意見する事も大事だぞ」
エドワードが諭すように言うと、ジェイクは声を荒げた。
「何をおっしゃいます!これは自分の意志です!!」
「分かった、分かった……。お前達の意見も尊重しよう……」
エドワードは二人を軽くあしらうと、足早にその場を立ち去る。
その後ろ姿を見送った二人の王子には、明らかな不満の色が浮かんでいた。
「まったく……、ジェイクは益々カーチスに似てきているな……」
「ええ……、そうですね。最近は以前にも増して……」
エドワード王の後ろに付き従うヘルマン将軍が応じると、「むしろ、アレが正しい姿なのでは?」と横から声が掛かった。
「ダミアン王子……」
ヘルマン将軍が声のした方に目を向けると、ダミアンと呼ばれた男が姿を現した。
「大変そうですね、父上」
「他人事のように言うな、阿呆」
「これは失礼。ですが、自分のような庶出の第三王子に、一体何が出来ましょう」
「そうは言うが、色々仕込んでいるのだろう?私の知らぬ所で」
エドワードが探るように告げると、ダミアンは悪びれる様子もなく微笑んだ。
「はは、お気づきでしたか」
エドワードとダミアンはヘルマン将軍を従え、廊下を歩きながら話を続ける。
「それで父上、これからどうなされるおつもりで?」
「さてな。帝国と戦うのは論外だが、賠償を求めた所で受け入れはしないだろう……」
「そうでしょうね。父上は、レークランドと戦うおつもりで?」
ダミアンに尋ねられ、エドワードの顔に寂しげな表情が浮かぶ。
「ああ、致し方あるまい……」
「ダミアン、お前はレークランドに勝てると思うか?」
問われたダミアンは、しばらく沈黙した後に口を開いた。
「おそらくは勝敗が付かない。それが九割、といった所でしょうか」
「やはりそうなるか……」
エドワードが呟くと、ダミアンは言葉を重ねる。
「ええ。ですから、王同士の企み通りに事は運ぶでしょう」
その言葉に、エドワードは驚きを露わにした。
「気づいていたか……、まったく。神童と呼ばれるだけはあるな」
「神童ですか。そう呼ばれるのは面映ゆいのですが……」
ダミアンは視線を逸らして頭を掻く。エドワードはその姿を見て、少し嬉しそうに目を細めた。
「いい事ではないか。お前のような子が私から生まれるとは思わなかったぞ……」
エドワードがどこか寂しげに呟くと、ダミアンが言葉を返す。
「それは父上も同じでしょう」
「私が?冗談だろ?」
「冗談ではありませんよ。歴代王の治世を見れば、父上の統治がどれだけ優れているか……」
「諸外国から賢王と呼ばれるのも納得です。本来は兄上のような王が誕生するのですから」
ダミアンの指摘に、エドワードは小さく声を漏らした。
「それは……」
しばらく沈黙したあと、ため息をついてから再び口を開く。
「まったく……、お前は人を乗せるのが上手いな。だがその話、他の者には言うなよ」
「分かっております……」
ダミアンはそう答え、わざとらしく一礼をしてみせた。
「ところで先程、勝敗が付かないのが九割と言ったが、残りの一割は何だ?」
「ああ……、それはですね……」
ダミアンは少し言い淀み、声を潜めた。
「残りの一割は、不確定要素が大きすぎてなんとも……」
「不確定要素?」
エドワードが思わず聞き返す。
「はい、例の帝国の皇子です」
「なるほどな……、お前でも読み切れないのだな」
納得するように頷くエドワードに、ダミアンが答える。
「はい。あの皇子は、戦争になれば必ず何か仕掛けて来ます。それが何かまでは、なんとも……」
「構わない、分かる範囲で言ってみせよ」
エドワードに促され、ダミアンは顎に指を当てながら思考を巡らせた。
「あの皇子には、近衛の戦闘部隊が約五百程居ると聞いています」
「その五百で、万同士の戦いに介入は出来ないでしょうが……。奇襲による局所的な勝利を収める可能性は高いでしょう」
「局所的な勝利?」
「はい。おそらくは主力同士が衝突する前か後、あるいは別働隊への奇襲などが考えられます」
ダミアンの分析を聞き、エドワードはしばらく考え込んだ。
「よく分かった、一応警戒しておこう。将軍も頼んだぞ」
「はい、陛下」
ヘルマン将軍が力強く答える。
エドワードとヘルマン将軍はダミアンと別れ、立ち去る彼の後ろ姿を見送った。
「しかし陛下、よろしいのですか?国の大事をダミアン王子と決めるなどと……。他の王子が聞けば、激昂しそうですが……」
「そうだな……、親としては問題のある行動だろう」
エドワードは苦笑混じりに答え、言葉を続ける。
「だが、私は親である前に王だ。王としては、正しい方向へ民を導かなくてはならないのだ」
「分かってくれるか?将軍」
「はい、陛下」
ヘルマンの返しに満足した様子で、エドワードは扉を開けて将軍を伴い執務室へと入った。
椅子に腰掛けると、エドワードは大きく息を吐きながら、背もたれに体を深く預ける。
「お疲れですね、陛下」
「ああ、これからもっと疲れる事になるだろう……。なにせ事実上の宣戦布告の文言を考えるのだからな」
「使用人に何か入れさせますか?」
「ああ、頼む」
その後、使用人が淹れた紅茶を飲みながら、エドワードは机に向かっていた。
ヘルマンは執務室内の書籍を漁りながら、エドワードと共に文言の策定を進める。
「ヘルマン、この際だから聞いておくが、この国はあと何年持つと思う?」
唐突な問いに、ヘルマンは作業する手を止め、困惑の表情を浮かべた。
「な、何を……」
「そのままの意味だ。おぬしにも分かるだろう?国には寿命がある、例外無く全ての国にな……」
「それは……」
ヘルマンが言い淀むのを見ながら、エドワードは静かに語り続ける。
「此度の一件で痛感した……。私が亡き後、この国は二つに分かれるだろう……。そして、その先鋒に立つのは我が子ども達だ。分かれた子ども達は相争い。その結果、国は消滅する」
「陛下……。ご存命の内にそのような事は……」
ヘルマンがたまらず苦言を呈する。
「分かっておる、命ある限り最善は尽くす。だが、おぬしも分かっていよう?この国が既に死にかけている事を」
ヘルマンは何も言い返せず、沈黙した。その様子を見ながら、エドワードは言葉を重ねる。
「国の方針を無視した地方貴族の勝手な増税、困窮する民、待遇の変わらない奴隷……。そして、帝国資本の流入により、経済は帝国依存に傾いている」
「王国金貨より帝国金貨の信用が高くなれば、この国は完全に崩壊するだろう」
「そして、我が国はこの先……。いや、もう既に親帝国派と反帝国派に分かれつつある。今のこの状況は、帝国が意図して作り出したものだ」
「帝国の施策に対して、何もしてこなかった歴代の王のツケが、今になって蝕み始めた……。そういう事だろう」
「それならば……。今からでも帝国と……」
ヘルマンが言い掛けるのを、エドワードは遮った。
「それが難しいのは分かっているだろう、ヘルマン」
「レークランドを介しての帝国や北方諸国との友好は、婚姻同盟の破綻で無くなった」
「そして、帝国の皇子にあれだけの事をされた後に、帝国寄りの外交を展開すれば王子達の反発を招き、それこそ内戦だ。つまりは詰んでしまった……。そういう事だ」
エドワードの言葉に、ヘルマンは言葉を失った。その姿を見たエドワードは、遠くを見つめながら静かに語り始める。
「昔の私は父の教えに従い、盲目的に反帝国主義を掲げた。だが、ベイザルや他の良識ある者達の影響を受け、私はようやく気付いたのだ……。この国が病気である事に……」
「私はあらゆる手を尽くした。減税に、貴族と平民の軋轢の解消などな……」
「だがどれも無意味だった……。伝統を盾に貴族は好き放題し、市民との格差は広がるばかり……。ここまでくるともはや呪だな……」
「陛下……」
ヘルマンはただ、それだけを呟いた。
「すまんなヘルマン、つい意味もなく語ってしまった……」
「陛下、どうかお気になさらず……。わたくしに話して頂いた事、とても嬉しく思います」
「そうか……、お前とも長い付き合いだったな……」
エドワードは背もたれに体を預け、感傷に浸った。
目を閉じ、しばらく考え込んでいたエドワードだったが、やがて体を起こす。
「ヘルマン将軍、一つ約束して欲しい」
ヘルマンは立ち上がり、真っ直ぐ向き直った。
「はい、陛下」
「私が倒れた後に起きるだろう内戦の際、誰の味方になるのかを判断する時――」
「お前は情を捨て、国と民の事を一番に考え、誰に付くかを決めて欲しい。お前ならそれが出来るはずだ、分かったか?」
ヘルマンは胸に手を当てた。
「はい、陛下。しかと承りました……」
そして、少し笑みを浮かべて続ける。
「ですが、陛下が倒れる程の時が経てば、先に逝くのはわたくしかもしれません」
「はは、確かにそうだな……。その時は共に逝ってくれるか?」
「はい陛下、何処までもお供させて頂きます」
二人はそう笑い合うのだった。
その後、ウェルシュ王国はレークランド王国に対し、以下の要求を突き付けた。
一つ、侮辱した事に対する謝罪と賠償。
二つ、同盟等を決める際、ウェルシュ王国の了承を得る事。
以上の二つをレークランド王国へ要求したものの、了承は得られなかった。
これを受け、ウェルシュ王国は謝罪の要求と賠償金の強制徴収を名目に軍を送る。
帝国暦四九八年八月、両国は正式な戦争状態へと移行した。




