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帝国を追放された第四皇子の俺は祖国を滅ぼし、全てに復讐ざまあします  作者: しぇりおん
第一章 帝国追放編

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第23話 披露宴

 

 帝国暦四九八年 七月。


 ウェルシュ王国のカーチス王子と、レークランド王国のイリーナ王女の結婚式が執り行われようとしていた。


「とてもお綺麗ですよ、姫様」


 メイドに声をかけられ、イリーナは鏡に映る自分の姿を改めて見つめる。純白のドレスに身を包んだ彼女は、まるでおとぎ話から抜け出してきたお姫様のような出で立ちであった。


「そうか……。わたし、これから……」


 ぽつりと呟き、一筋の涙を流したイリーナに、側で控えるメイドはかける言葉を見つけられないようだった。

 そんな折、扉がノックされる。


「姫様、国王陛下と王妃様がお越しです」


「……分かりました。お通しして」


 イリーナが涙を拭うと、扉が開かれ、父ベイザルと母ウルスラが姿を現した。

 部屋に入った二人は、娘のあまりの美しさに言葉を失い、しばし沈黙する。


「イリーナ……。とても綺麗だ」


「本当に……。綺麗ですよ、イリーナ」


 二人は歩み寄って娘の肩を抱き寄せ、三人で静かに抱き合った。


「立派になりましたね、イリーナ。あんなに小さかった子が、今ではこんなに……」


 涙ぐむウルスラに対し、イリーナは「もう、母上。一体いつの私を想像しているのです?」と、照れくさそうに微笑む。


「そうだぞウルスラ、イリーナはもう立派な淑女だ。一人の大人として扱ってやらねば」


 ベイザルはそう妻を宥めたものの、改めて娘の姿を見ると、その表情を曇らせた。


「すまない、イリーナ。お前の一生を決める大事な婚姻だというのに、ワシは相手を……」


「父上、もうよいのです」


 イリーナは父の手を取り、優しく遮った。ベイザルはただ「すまない……」とだけ呟き、三人は再び、来るべき未来への不安を共有するように抱き合うのだった。



「い、いけませんカーチス王子! 入場前の花嫁に会うなど、礼儀に欠けます!」


 廊下では、制止しようとする年老いた使用人を無視し、カーチスが突き進んでいた。


「ははは! 良いではないか、我は夫であるぞ!」


 扉の向こうが騒がしくなり、カーチスの野太い声が響く。


「困ります王子殿下! 中には国王夫妻がおられまして……」


「ならばちょうど良いではないか!」


 メイドの制止を振り切り、カーチスが豪快に扉を蹴立てるようにして入ってきた。


「おお、イリーナ! 我が花嫁よ! 着替えは終わったか!」


 突然の闖入者に困惑しつつも、ベイザル夫妻は形式的な会釈を返す。しかし、カーチスは夫妻を無視するようにイリーナへ近づいた。


「流石は我が花嫁、美しい。……そうは思いませんか、()()()()


 向けられた下卑た笑みに、ベイザルは「あ、ああ、そうだな……」と苦渋の表情で答える。カーチスはニヤリと笑うと、イリーナの耳元で残酷に囁いた。


「これでお前は、我の()()だ。逃げられると思うなよ」


 満足げに部屋を去っていくその後ろ姿を、三人は募る不安とともに見送ることしかできなかった。



 式場として飾り付けられた大広間では、国内外の有力者を招いた披露宴が始まっていた。

 ハシムは来賓者に囲まれ、一人ひとりに丁寧に応対している。その側にはライラが控え、護衛としてスレイが鋭い視線を光らせていた。


 招待客がハシムのみであるため、アンジェたちは礼服ではなく、会場の端で待機していた。


「殿下、なんでアタシらを護衛から外したんだろうな?」


 アンジェはあくびを噛み殺し、「暇だなぁ」とぼやく。隣で本を開いていたカタリナが、視線を落としたままツッコんだ。


「そう思うなら手伝えば?」


「手伝うって、何をさ」


「メイド服でも着て、給仕でもしたら?」


 アンジェは自分のメイド姿を想像し、即座に首を振ってそのイメージを掻き消した。


「アタシにそんなのが似合うと思うか?」


「……まぁ、似合わないでしょうね」


 カタリナが興味なさげに断言すると、アンジェは「分かってるなら言うなよ」と肩を落とす。ふと横を見ると、フウカが両頬を膨らませて料理を詰め込んでいた。


「フウカ、お前も少しは他人に興味持とうな」


 アンジェが頭をポンポンと叩くと、フウカは煩わしそうにその手を払いのけた。



「おい、そこのお前」


 不意に、アンジェに声が掛かる。周囲を見回し、自分以外に該当者がいないと分かると、彼女は眉を寄せた。


「……あー、アタシですか?」


「そうだ。何を当たり前のことを聞いている。これを片付けておけ」


 来賓の男は、汚れ物と中身の残ったグラスを強引に差し出してきた。


「はぁ。一応聞きますけど、アタシが使用人に見えます?」


「何をごちゃごちゃと言っている。さっさと片付けろ」


 聞く耳を持たない男に対し、カタリナが助け舟を出した。


「あの、ちょっといいですか?」


()()()()何の用だ」


 鼻であしらわれたカタリナは、一瞬ピクリとこめかみを動かしたが、冷静さを保って言い返す。


「見えないかもしれませんが、私たち、これでもハシム殿下の側仕えなんです。で、こっちのデカいのが殿下の護衛隊長。信じられないでしょうけど、それが現実なんですよ」


 男が困惑の表情を浮かべると、カタリナはさらに追い打ちをかける。


「証拠が欲しいなら、今すぐハシム殿下を呼びましょうか? こいつは図体だけでなく、声も馬鹿みたいに大きいので。……よしアンジェ、叫びなさい」


 アンジェが大きく息を吸い込むと、男は「も、もういい!」と吐き捨てて去っていった。しかし、前方不注意のせいか派手に転倒し、通りかかった使用人と激突。酒を頭から浴びるという無様な姿を晒した。


「可哀想に。派手に転んじゃって……」


 アンジェが哀れみの目を向ける横で、カタリナが小声でフウカに尋ねる。


「……アンタがやったの?」


「さぁ?」


 とぼけるフウカの頭を、カタリナは呆れ半分、愛おしさ半分で撫で回し、案の定ウザがられるのだった



 会場の別の場所では、貴族や商人たちがグラスを片手に密談を交わしていた。


「実は昨年、帝国商会との取引を増やしまして。おかげで大儲けですよ」


「ははは、それはまさに帝国様様ですな!」


「ええ……。ですが、貴族に目を付けられて税金まで増えまして。国と増税には嫌気が差します」


「それは災難でしたな」


「いっそのこと、ウェルシュが()()()()()()()()()()()、全て解決するのですがな……」


 不穏な会話が渦巻く中、一人の紳士が輪の中に割って入った。


「はは、随分と会話が弾んでいるようですな。わたくしも混ぜていただけますかな?」


 立派な髭を蓄えた細身の紳士。その姿を見た来賓たちは、一様に顔を強張らせた。


「え、エドワード国王陛下!」


「へ、陛下……。もしかして、先程の話を……?」


「ええ、偶然聞こえてしまってね。ですが、ここは祝いの場。酒の勢いで口が滑ることもありましょう……。そういったわけで、聞き流すとしましょう」


 エドワード王は鷹揚に笑い、グラスの中身を揺らす。その堂々とした佇まいに、来賓たちは恐縮して道を空けた。エドワードはそのまま歩を進め、ハシムと対峙する。


「殿下とは……初めまして、ですかな?」


「はい、初めまして国王陛下。アンダルシア帝国第四皇子ハシム・フォン・アンダルシアと申します」


 ハシムが深々と頭を下げると、エドワードも礼儀正しく一礼を返した。


「ウェルシュ王国第二十五代国王、エドワードだ。今後とも良き関係を、殿下」


 二人は静かに手を握り合い、友好の握手を交わした。



「あれが噂のエドワード王、ですか……」


 いつの間にかカタリナの隣に立っていたラルが、感嘆の声を漏らす。


「ラル? いつからそこに……。熱は大丈夫なの? まだ寝ていなさいって言ったのに」


「問題ありません!」


 ラルは元気よく力瘤を作ってみせたが、カタリナは不安げに目を細める。


「無茶して倒れないでね。私、アンタを運ぶ体力なんてないから」


「大丈夫です、()()()()()()()()()()()()()()()


「……そんな堂々と言わないでよ」


 そこへアンジェが加わった。


「シシリーはどうした? お前の看病をしてたんだろ」


「シシリーさんはメイドの仕事があるらしく、慌てて調理場の方へ向かいましたよ」


「なるほどな。あっちも大変そうだ」


 アンジェが納得したように頷くと、ラルは「……それに比べて、皆さんは暇そうで……」と小さく毒づいた。


「じゃなくて! 僕はエドワード王の話をしたかったんです!」


 ラルは声を張り上げ、仕切り直すように咳払いをした。


「今のウェルシュが崩壊せずに保たれているのは、あの賢王のおかげと言われていますね」


「へー、確かに人当たりの良さそうなオッサンだよな」


 アンジェの感想に、カタリナが鋭い指摘を加える。


「それほどの傑物なのに、息子があれだなんて。皮肉なものね」


「……確かに。その点に関しては、擁護のしようがありませんね」


「ま、それも含めて『ただの人』ってことだな!」


 アンジェが無理やり話をまとめると、カタリナは呆れたように息を吐いた



 会場の音楽が華やかなものへと切り替わり、司会者の声が響き渡る。


「皆様、ご注目ください! 新郎新婦のご入場です!」


 中央階段から、儀礼服に身を包んだカーチス王子が現れた。その後ろには、ベイザル夫妻に付き添われたイリーナが続く。


「イリーナ様、なんてお美しい……」


「夫がアレでなければな……」


「あの巨体に合う儀礼服があるとはな……」


 来賓たちの勝手な囁きを余所に、階段を降りたカーチスはエドワードの前に立った。


「父上」


「立派になったな、カーチス」


「父上の子ならば当然です」


 自信満々に答える息子に対し、エドワードの表情には拭いきれない不安が滲む。


「……なぁ、カーチス。分かっているだろうが、イリーナ様のことは……」


「分かっていますとも。ちゃんと愛しますよ。()()()()()()()()


 不敵な笑みを浮かべる息子に、エドワードは言葉を失った。



 一方、イリーナの元には妹のティナとソフィアが駆け寄っていた。


「とても綺麗です、イリーナ姉様……」


 羨望の眼差しを向けるソフィアに対し、ティナは不満を隠さない。


「相手がアレじゃなければ、素直に憧れたんだけどなぁ」


「こら、ティナ」


 イリーナは優しく妹の額を指で突いた。


「でも……イリーナ姉様、本当にこの婚姻を……」


 涙ぐむティナを、イリーナはそっと抱きしめる。


「……もう、いいのです」


 その目から、悲しみとも覚悟ともつかぬ一筋の涙がこぼれ落ちる。三姉妹が共に過ごせる日々の終わり。

 それを見守るベイザル夫妻とテオドールもまた、複雑な思いを抱えながら互いの手を握りしめていた。




 宴もたけなわとなり、ハシムは人だかりが落ち着くのを待ってから新郎新婦へ歩み寄った。


「ご結婚おめでとうございます、お二方」


「おお、これは殿下!」


 カーチスはハシムの肩を叩き、上機嫌に声を張り上げる。


「殿下も結婚なされれば、晴れて義兄弟ですな!」


 ハシムはその言葉を流し、イリーナに視線を向けた。


「とてもお綺麗ですよ、イリーナ様」


「……ありがとうございます、殿下」


 彼女の瞳には、明らかにこの婚姻に対する影が差していた。ハシムは彼女の手を取り、甲にそっと口づけを落とす。


「で、殿下!?」


 慌てるイリーナに対し、カーチスが不快そうにその手を振り払った。


「ハシム殿下! そういった不躾な真似は控えていただきたい!」


「失礼。私なりに最大限の敬意を表したつもりでしたが、不適切でしたか。これ以上邪魔立てするつもりはありませんので、これにて失礼します」


 ハシムは静かにその場を去った。残されたイリーナは口づけされた箇所をじっと見つめ、カーチスは忌々しげに彼女を睨みつけていた。



 全ての儀礼が終わり、新郎新婦が退場する刻が来た。盛大な音楽と拍手の中、二人は階段を上っていく。


「……これで終わりですか?」


 ラルの問いに、カタリナが含みのある笑みを浮かべて答える。


「ええ。()()()()終わりね」


「それってどういう……」


 困惑するラルの肩に、アンジェが腕を回した。


「ああ、これからは()()の時間だ」


「夫婦の時間?」


「アンジェ、この子にはまだ早いわよ」


 カタリナが釘を刺すが、フウカが平然と口を開いた。


「あの二人って、これから()()……」


 言いかけるフウカの口を、アンジェが超人的な速度で塞ぐ。


「そこまでだ、おませさん」


 フウカは不満げにアンジェを睨みつける。カタリナは溜息をつき、フウカの額を軽く小突いた。


「あんたね……分かっていても口に出さないのが礼儀なの」


「えっと、つまり……?」


 状況が掴めないラルに、カタリナが耳打ちをする。するとラルは瞬時に赤面し、俯いたまま何かをブツブツと呟き始めた。


「ウブだねぇ。……誰かさんとは違ってさ」


 アンジェが揶揄うと、フウカは抗議の代わりにアンジェの手を舐めとった。


「うわっ! 汚ねぇな!」


 アンジェが手を離すと、フウカは素早く距離を取り、猫のように威嚇する。


「大声出さないの、迷惑でしょ」


「だってフウカが!」


「その手のひらを見せないで!」


 騒がしい仲間たちのやり取りを背中で聞きながら、ハシムは新郎新婦が消えていった階段を見つめていた。


「殿下は、今回の婚姻をどう思われますか?」


 隣に並んだライラの問いに、ハシムは薄く笑みを浮かべる。


「さてな。私の意志は関係ない。一応の布石は打ったが……。()()()()()()()()


 ハシムは手元に残ったグラスの中身を一気に飲み干し、不敵に目を細めるのだった。


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