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帝国を追放された第四皇子の俺は祖国を滅ぼし、全てに復讐ざまあします  作者: しぇりおん
第一章 帝国追放編

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第20話 黒幕

 

 一夜明け、ハシム一行は国境門を出立する準備で慌ただしく動いていた。


「うぅぅ……、頭が……」


 明らかな二日酔いで頭を抱えるアンジェに、スレイが涼しげな表情で告げる。


「飲み過ぎるからですよ」


「スレイも結構飲んでなかった……?」


「自分は隊長と違い、自制ができます。すべてあなたの自業自得です」


 スレイが切り捨てると、アンジェは「ぐっ……」と言葉を詰まらせた。彼女は正論を言われた腹いせか、スレイの髪をぐしゃぐしゃとかき乱し始める

 スレイは「止めてください」と抗うが、アンジェは聞く耳を持たず、楽しげに手を動かし続けた。


「朝から楽しそうだな。私も混ぜてくれるか?」


 ライラを伴ったハシムが、皮肉を込めて声をかけた。


「あ、殿下! おはようございます!」


 アンジェは即座に手を止め、何事もなかったかのように敬礼する。スレイも慌てて乱れた髪を整え、その隣に並び直した。


「アンジェ、準備は?」


「ばっちりです!」


 力強い返答に、ハシムは満足げに頷いた。


「しかし殿下も災難でしたね。一日で終わるはずの送迎が、日を跨ぐことになるとは……」


 アンジェの言葉に、ハシムは「仕方のないことだ」と淡々と返す。


「想定外の事態というのは、往々にしてあるものだ。大事なのは、それらにどう対処するかだ」


「さすがは殿下です」


 隣でライラが称賛すると、アンジェはスレイに耳打ちした。


「あそこまで褒めると、一周回って皮肉じゃない?」


「知りませんよ……」


 にべもなく返される。ふと前を向くと、ライラが笑顔でこちらを見つめていた。アンジェはその視線に気圧され、素早くその場を立ち去った。


 スレイは呆れつつも、ハシムに本題を切り出す。


「ところで殿下、今回の事件には黒幕がいるとのことですが、目星は付いているのでしょうか?」


「いや、黒幕についてはまだだ。だが、繋がりそうなやつなら心当たりがある」


「それは、捕まったあの者でしょうか?」


 ライラの視線の先では、衛兵に連れられた男が馬車に乗せられようとしていた。


「いや、あの男とは別に、事件に関わった者がいる。いずれ問い正すとしよう」


「やはりそうでしたか……。まあ、誰かは簡単に見当がつきますが」


 スレイの言葉にライラも同意するように考え込み、不安げにハシムを見上げた。


「殿下は、その者をどうなされるおつもりですか?」


「さてな……。相手の出方と、黒幕の正体次第だ」


 ハシムの曖昧な答えに、ライラはそれ以上踏み込むことができなかった。



「殿下、おはようございます」


 ソフィアが現れると、ハシムは胸に手を置き、丁寧に頭を下げた。


「おはようございます、ソフィア様。お加減はいかがですか?」


「ええ、問題ありません」


「それは良かった」


 ハシムは安堵の息を吐く。傍らではライラとキュリーも挨拶を交わしていた。


「昨日は眠れましたか?」


「ええ、それはもうグッスリと!」


 満面の笑みで返すキュリーだったが、それを見つめるライラの表情はわずかに曇っていた。


 そこへ、スヴェン大使と眠そうな顔のゼインが合流する。


「殿下、姫様、おはようございます。王都までの道のり、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」


「ぜひ」


 ハシムとソフィアが微笑みながら快諾すると、大使は「はは、それは良かった」と声を弾ませた。


「しかし昨日は大変でしたな……。殿下のご尽力がなければ、今頃どうなっていたか」


「ええ、本当に……」


 ソフィアは同意しつつも、どこか不安げな表情を浮かべる。大使が体調を気遣うが、彼女は「大丈夫です」と控えめに感謝を伝えた。


「よう、元気そうだな。酒の影響もなさそうで羨ましい限りだよ」


 ゼインが欠伸をしながら話しかけてくる。


「ああ。俺はお前ほど飲むような馬鹿じゃないからな」


 辛辣なハシムの言葉を受け流し、ゼインは再び大きな欠伸を漏らした。


 一行は馬車に乗り込み、王都へと向かった。道中は特に問題もなく、昼過ぎには王都へ到着。城門前ではテオドールを除く王族一同がソフィアを温かく迎え、大使を歓迎するささやかな食事会が催されるのだった



 その夜。ハシムはティナに呼び出され、訓練所へと足を運んでいた。


「殿下、もう一度聞きます」


 ティナの声には怒気が含まれていた。ハシムと対峙する彼女の瞳には、敵意にも似た感情が宿っている。


()()()殿下の仕込みではないのですね?」


「ええ。この世のありとあらゆるものに誓って」


 ハシムは動じることなく即答する。


「その言い方ですと、逆に軽く見えますが……」


 ティナは目を閉じ、しばし沈黙して思考を整理した。


「分かりました……。()()殿下を信じましょう」


「ありがとうございます」


「しかし、今回の事件、一体誰が何の目的で仕組んだのでしょうか?」


「それについてはこちらで調査しておきます」


 ハシムが請け負うと、ティナは納得したように頷いた。


「分かりました、お任せします。実は今夜、ソフィアと寝る約束をしておりまして……。今宵はここまでにしましょう」


 ティナが立ち去ろうとすると、ハシムは胸に手を当てて一礼した。


「おやすみなさいませ」


「ええ、殿下もお早くお休みになって。今宵は良い逢瀬でした」


 ティナはいたずらっぽく笑い、暗がりの向こうへと消えていった。



 訓練所に一人残ったハシムは、静かに息を吐いてから口を開いた。


「さて、聞いた通りだ。今回の事件には黒幕と実行犯以外に、もう一人の協力者がいる」

「その協力者は、被害者という立場で誰からも疑われることなく、事件を側で見続け、不測の事態に備えていた」


「そうだろ? ()()()()()()()()()()()()()()()


 ハシムが視線を向けた回廊の影から、キュリーが姿を現した。


「一体、何のことでしょう……」


 とぼけるキュリーに、ハシムは淡々と続ける。


「誤魔化す必要はない。もう分かっていることだ」


「殿下、私はただライラさんに呼び出されて……」


「ライラなら、もうここにいる」


 ハシムが示した方向に、月明かりを浴びたライラが立っていた。キュリーは思わず「ライラさん……」と声を漏らす。


「ライラ、こちらへ。共に話をしよう」


 ハシムの隣に歩み寄ったライラは、悲しげにキュリーを見つめた。


「ごめんなさい、キュリー……。もう、すべて分かっています。ですからどうか、本当のことを話してください」


 キュリーはしばらく俯いていたが、やがて覚悟を決めたように顔を上げた。


「分かりました……。殿下たちがなぜそう思われたのか、お聞かせください」


 キュリーがハシムと向き合うと、彼は静かに語り始めた。


「まず前提として、今回の事件そのものが()()()()()()()()事件だった、ということです」


「それは、どういう……?」


「まず大前提として、王族を誘拐し身代金を取るなどいう、発想自体が正気ではない。実行に移すには障壁が多く、成功する見込みがない。にも関わらず、事件は起きた……」


 ハシムは冷徹な眼差しで続ける。


()()()、誘拐が成功するとは思っていなかったはずだ」


「どうして、そう思われるのですか?」


「黒幕の目的は、私に対する警告や挨拶だったのでしょう。だが不運にも、私が目を離した隙に警備が薄くなり、誘拐が成立してしまった。これは完全に私の落ち度だ」


「殿下のせいでは……」


 自嘲気味に呟くハシムをライラが庇おうとするが、彼は手でそれを制した。


「とにかく、あんたは情報をあの男に渡しただけだ。だが、誘拐という事態まで起きることは知らされていなかった。違うか?」


「はい……。私はあくまで王族の動向を知らせただけです。誘拐なんて危険なことにソフィア様を巻き込むと知っていたら、情報なんて渡しはしません!」


「キュリーの言葉は本心だと、私は思います。殿下」


 キュリーの叫びは切実だった。ライラもその言葉が本心であることをハシムに告げる。


「あんたのソフィア様への忠誠を疑うつもりはない」


 ハシムは一拍置き、声を低めた。


「だが、ここからの話はあんたにも関わる。先ほど、誘拐現場で捕らえた男が()()()()。協力者の有無は不明だが、私はそいつを咎めるつもりはない。それが仕事だろうからな」


 ハシムの鋭い指摘に、キュリーは沈黙を貫く。


「内通者が衛兵だけでなく、囚人に接触できた者の中にもいる。()()()()()()()()()()()()()()


 ハシムはキュリーの瞳を覗き込むように問いかけた。


「合鍵や道具を渡すことは容易だったはずだ。そのメイドが誰か、給仕係に聞けばすぐに分かるだろうが……あんたはどう思う?」


「……私です」


 観念したように、キュリーが小さく答えた。


「やはりな。思った通りだ」


「殿下は……私をどうされるおつもりですか?」


 震える声で問うキュリーに、ハシムは微笑を浮かべて答えた。


()()()()()()


「なにも……しない?」


「私が罰を下したいのは黒幕だ。使い捨ての駒をいちいち処罰してどうなる? あんたを罰するかどうかは、ソフィア様かベイザル王が決めることだ。自首したいなら止めはしないが、その際は私が内通を知っていたことは秘匿してもらう。分かってもらえたかな?」


 その言葉を聞いたキュリーは深く頭を下げ、去っていった。しかし、その別れ際にハシムが放った一言が、彼女を驚愕させた。


「――()()()()()()()()()()()()()()()



 キュリーの姿が消えると、ライラが深く頭を下げた。


「殿下、ありがとうございました」


「何を感謝している? 私は自己満足のために内通者を糾弾しただけだ」


「たとえそうだとしても、殿下によって彼女は救われました」


「おかしなことを言う。あの糾弾が救済に見えたのか?」


「はい」


 ライラの即答に、ハシムはフッと鼻で笑った。


「異な事を言う……。そう思いたいなら勝手にすればいい。いずれにせよ、あのメイドにもう価値はない。黒幕もそれに気づくだろう」


「そして、キュリーは役目から解放される……。そうですね、殿下」


「さて、何のことだか」


 ハシムはそれ以上語らず、ライラを連れてその場を後にした。



 数日後。ハシムは城の廊下で、ある人物とすれ違った。

 それはテオドール王子であった。一ヶ月間牢屋で過ごしたためか、髪は伸び放題で無精髭を生やし、使用人に支えられながらふらふらと歩いている。


 ハシムが深く頭を下げて見送ろうとすると、テオドールが足を止めた。


「どうも殿下……。随分とお久しぶりで……」


 彼は使用人を下がらせ、不安定な足取りながらも独りで立った。


「久方ぶりでございます、テオドール王子。お体の加減はいかがですか?」


「ええ、()()()()()()


 テオドールは含みのある声で答える。


「私がいない間、随分と()()()()()があったようで……」


「そのようで」


「ですが、殿下にはまず感謝を述べたい」


 そう言うと、テオドールはハシムに向かって深く頭を下げた。予想外の行動に、ハシムも、そしてテオドールの使用人さえも困惑する。


「頭を上げてください、テオドール王子。なぜそのようなことを……」


「結果的に、殿下は私の二人の妹を二度の危機から救ってくださった。……たとえそれらの事件が胡乱な企みであったとしても、私はあの者たちの兄だ。妹のために謝意を述べるのは、至極当然のことだ」


 テオドールの言葉に、ハシムは返す言葉を失った。


 頭を上げたテオドールは、再び使用人に支えられながら去っていった。



 その後、廊下に取り残されたハシムに、ライラがそっと声を掛ける。


「……あの者も一人の人間、ということでしょうか?」


「どういう意味だ」


「どんな者であっても子を愛さない親はいない、というように。あの王子も、妹を愛する一人の兄だったということでしょう」


 ハシムは鼻で笑い、切り捨てた。


「ありえないな。子を愛せない親がいるように、兄弟を愛せない者もいる。お前は我が兄ヴィクトルが、本気で俺に情を抱いていると思うのか?」


「それは……」


「それが答えだ。お前だって、親から寵愛を受けていると思ったことが一度でもあるのか?」


 ハシムの鋭い問いに、ライラは何も答えられなかった。落胆する彼女を見て、ハシムはわずかに表情を和らげる。


「すまない、親の話はすべきではなかったな」


「いえ……わたくしも同じです」


 二人の間に、重々しい沈黙が漂った。


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