第14話 絞首刑
同じ時、訓練場で剣を振るっていたハシムは、精神を研ぎ澄ませて今日戦った密猟者たちを思い浮かべていた。
空想上の敵と対峙したハシムは、正面の密猟者に対し、当て身ではなく首を斬り飛ばす軌道で剣を振る 。
直後、左右から襲いかかる者たちへ、棍棒ではなく首を狙って円を描くような一撃を放つ 。
空想の中で、ハシムの周囲には首を失った密猟者たちが転がっていく。最後に激昂して襲いかかってきた一人とすれ違いざまに交差すると、その首も宙を舞った 。
「ふぅ……」
息を吐いたハシムは、手にした剣を見つめる。
あくまで空想上の出来事であったが、その掌には、べっとりと血が付着しているような錯覚を覚えていた 。
「訓練ですか? 精が出ますね」
声をかけてきたのは、ティナだった 。
「ティナ様? なぜここへ。眠りが深くなる時間ですが……」
「なんとなくです」
そう返すティナだったが、ハシムはその答えに納得していない様子で眉を少し顰める。
「うそです。本当は眠れなかっただけです。今日はソフィアが一緒に寝ようって言ってくれたけど、抜け出してきちゃいました。でも、ここに来れば殿下に会えるかも……と思ったのは本当ですよ?」
ティナはいたずらっぽく微笑む 。
「そうでしたか。ですがソフィア様も心配されるでしょう。お戻りになられては?」
「確かにそうですね……。でも、あることを確かめてからでも良いですか?」
ハシムが「ええ、いいですよ」と促すと、ティナは一呼吸おいてから口を開いた 。
「殿下、なぜあの時、助けてくれなかったのですか?」
ハシムは剣を納め、改めて彼女と向き合った。
「それは、どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味です。殿下はわたしが捕まっていた時、近くで見ていましたよね?」
問い詰められたハシムは、しばらく沈黙したのち、静かに答えた 。
「あり得ませんよ。それが事実なら、私は王女を見殺しにしようとした大罪人……ということになってしまいます」
「そうですね……。正直に聞いても答える人なんていませんよね。ですが、あなたならやりかねない。そうも思っています」
確信を持って告げるティナに、ハシムも視線を逸らさずに向き合う 。
「そうですね……否定も肯定も出来ませんが……やるか、やらないかで言われれば、やるでしょう。私はそういった人間ですので」
その言葉を聞くと、ティナは意外にも笑顔を見せた。
「安心しました」
「安心……ですか?」
困惑するハシムを他所に、彼女は続けた。
「はい。あの時は本当に死ぬと思っていました。でも、殿下が助けてくれて、わたしはとても嬉しかった。殿下がわたしを利用したい……たとえそう思っていたとしても、結果としてわたしは助かった。それなら素直に喜ぼう。そう思い至りました」
屈託のない笑顔を向けられ、ハシムはしばらく考え込んだ後、「そうですか、それなら良かったです」と微笑みを返した 。
「それで、殿下には以前のお誘いの返事をしたいと思います」
ハシムは真剣な表情でその言葉を待つ。ティナは深呼吸をして告げた。
「殿下のお誘い、ぜひ受けさせてください」
「本当に……よろしいのですか?」
「はい、殿下」
「私はあなたを利用しようと思っている男ですよ? それでもですか?」
重ねて問うハシムに、彼女は迷いなく答えた。
「毒を喰らわば皿まで」
「その言葉は……」
「殿下なら東方の格言にも詳しいでしょう? 他には、清濁併せ呑む……でしたか? 剣の師から教わった言葉です。分かってくれましたか?」
ハシムは目を閉じ、しばし思案してから「そういうことであれば、よろしくお願いします」と手を差し出した 。
「こちらこそ、よろしくお願いします。殿下」
満月に照らされる中、二人は固い握手を交わした。この関係が互いに何をもたらすかを知らぬままに。
「これでワタシと殿下は同志ですね。これからはどんな悪巧みをしましょうか?」
「そうですね。まずはあの密猟者はどうでしょう?」
「いいですね! 彼らならいくらでも利用できるでしょう」
二人はクスクス無邪気に笑い、次の仕掛けについて語り合うのだった 。
その後、ハシムはティナと別れて自室へ向かおうとしていたが、いつの間にかフウカが背後に付いていた 。
「バレちゃったね、ハシム」
「お前、本当にあの姫が気配に気づいていたと思うのか?」
「いや?」
「それが答えだ。ハッタリだよ、まったく……。しかし、あの姫……思っている以上に厄介だな。向こうにも思惑がありそうだが、まあいい。それでも利用価値はあるだろう」
不敵な笑みを浮かべるハシムを見て、フウカが「まるで悪役だね」と呟く 。
「悪役で結構。所詮、人は利用するかされるかの二択しかない。失敗しても絞首台送りになるだけだ。それなら存分に搾り取るだけだ。フウカ、お前のこともな」
ハシムが振り返ると、そこにフウカの姿はなかった 。
「逃げたか……相変わらず逃げるのだけは得意だな。そう思うだろ、ライラ?」
廊下の影から、ライラが姿を現した 。
「俺を追うのは命令した時だけにしろ。背後霊はフウカだけで十分だ。分かったか?」
「はい、殿下」
ライラは短く、それだけを返した 。
翌日、謁見の間にて、密猟者に対する沙汰が下されようとしていた。
ハシムをはじめ、行政を司る大臣たちが絨毯を挟んで並んでいる 。
「皆も聞き及んでいる通り、今日はある囚人たちへの裁きを伝えるために集まってもらった。エンベルト大臣、囚人をここへ」
玉座に座るベイザルの命に、大臣は困惑した様子で前に出た 。
「へ、陛下……囚人をここへとは、その……どういう……」
「なんだ! はっきりと申せ!」
「囚人をここへというのは、死体をここまで……、という意味でしょうか……?」
その言葉に、ベイザルだけでなく場に居合わせた多くの者が動揺した 。
「大臣? 死体とはどういう意味だ?」
「昨夜、牢に閉じ込めた囚人三人は、日が昇ると同時に城下の広場にて、絞首刑に処しましたが……」
ベイザルは言葉を失い、想定外の事態にティナは膝から崩れ落ちた 。
「ティナ! しっかりなさい!」
イリーナの呼びかけも届かないほど、ティナは呆然と俯いている 。
「大臣! どういうことだ! 私は絞首刑に処せなど、一言も言っておらぬぞ!」
「そ、そんなはずは! 私は昨夜、牢獄にてテオドール様から、日が昇ると同時に囚人を絞首刑に処せと……」
「テオドールだと……?」
ベイザルが呟くと同時に、ティナは顔を上げ、隣に立つ兄の姿を見た 。
「兄上……?」
テオドールは妹の声を無視するように前に出ると、ベイザルの前に立った 。
「テオドール……貴様……」
怒りに震える父を気にする風もなく、テオドールは淡々と口を開く 。
「何か、おかしなことがありますか? 私は下るべき裁きを下しただけです。王族を凌辱しようとした者など、極刑は当たり前……至極当然なこと。首謀者がいようとも、罪は同じです。死にたくなければ行動すればよかった。しかし、奴らは何もせず座視した。ならば同罪でしょう」
得意げに語るテオドールが、獲物を見つけたようにニヤリと笑う。
「ここに、同罪になりうる者がいます」
彼が指差したのは、ガイウスだった。謁見の間がどよめきに包まれる 。
「あの者、元近衛のガイウスか?」
「テオドール様は、なぜそのような者が同罪などと……」
「静まれ!」
ベイザルの一喝でざわめきが止まる 。
「テオドール……それは超えるべき一線ではないぞ」
父の怒気を浴びてもなお、テオドールは止まらなかった 。
「何を隠そうこの者ガイウスは、捕まった密猟者と顔見知りなのです。彼らの素行の悪さも知っていました。しかし、何もせず放置していた。ならば、この者も同罪……そうは思いませんか?」
場に居る者たちへ問いかけるテオドールの前に、ハシムが進み出た 。
「テオドール王子、貴方の言い分は分かりました。しかし、この場において裁きを下せるのは、ベイザル王陛下お一人です。王子、貴方の行いは密猟と同様に正当化できません」
テオドールは沈黙した 。
「この国の最高意思決定権は、ベイザル王陛下にあります。王を差し置いて決定を下すことなど許されません。貴方の行いは反乱に相当するでしょう。王の子息だからといって許されるものではありません」
ハシムを睨みつけるテオドールを余所に、ハシムは周囲に問いかける 。
「ご覧の通り、テオドール王子の行いは反乱に相当します。ならば、裁かれるべきは誰か……もうお分かりでしょう。ベイザル王陛下、どうか公正な裁きを」
ハシムが跪くと、ベイザルは意を決したように立ち上がった 。
「テオドール、貴様の身勝手な行いは、到底看過できるものではない。よって、一ヶ月の禁固刑に処す。牢屋にて、貴様が裁いた囚人と同じ気持ちを味わうが良い」
衛兵がテオドールを挟むと、彼は「牢の場所くらい知っている」と吐き捨て、自ら謁見の間を去っていった 。
「どうして、兄上!」
「お前がどう思おうが、俺は、妹を凌辱しようとした者たちを兄として許さない。それだけだ」
すれ違いざまに叫んだティナに、彼はそう一言だけ残した 。
「大臣、広場に吊るされた者達をすぐに降ろし、共同墓地に埋葬しておけ」
「は、はい!直ちに!」
エンベルト大臣はそう答えると、衛兵を伴い謁見の間を後にする
「皆、手間をかけさせたな。今日はもういい。下がれ」
王の退室を見送り、人々が口々に今日の騒動を呟きながら去っていく中、ハシムのもとにガイウスとウルスラが歩み寄った 。
「ハシム殿下……申し訳ない……」
「殿下……わたくしからも……」
「どうか、顔を上げてください」
ハシムは静かに答える。
「謝るのは、こちらもです。騒ぎを収めるために、テオドール王子を悪役に仕立ててしまいました」
「よいのです……テオドールを止めるには、あれしか方法がなかったのです……」
ウルスラの言葉に、ハシムはそれ以上、何も言えなかった 。
第一王子テオドールが起こしたこの小さな反乱を知る者は、まだ少ない 。
しかし、この綻びは、レークランド王国を少しずつ蝕んでいくことになるのであった 。




