第13話 言えぬ事
夕日が沈み始めた王都に、ベイザル王一行が帰還した。
市民は王の帰還を歓迎して手を振るが、一行にそれに応える気力は残っていないようだった。
「なぁ、あれ……」
そんな中、市民の目は、手を縛られ数珠つなぎに連行される者たちに釘付けとなる。
「囚人かしら?」
「狩りに出かけたはずでは?」
市民が口々に疑問を漏らす中、一行は沈黙を保ったまま王城へと進んだ。
王城前の広間には、知らせを聞いたイリーナ、ソフィア、テオドールの三人が待ち構えていた。
「父上、お帰りなさいませ」
テオドールが頭を下げると、ベイザルは短く「うむ」と短く返し、馬を降りた。
ベイザルはテオドールに向き直り、「特に変わりはないか?」と問う。
「はい、父上の留守中、特筆すべきことはありませんでした」
「久しぶりでございます、テオドール殿下」
ベイザルの背後からガイウスが姿を現すと、テオドールは露骨に目を逸らした。
「そう……ですね……」
「失礼だぞ、テオドール! ガイウスはお前の……」
言いかけるベイザルを、ガイウスが「よいのです、陛下」となだめる。
「はぁ……分かった。おぬしがそう言うなら……」
ベイザルは吐息をつき、改めてテオドールに向き合った。
「それで父上、あの者たちが例の……」
テオドールの視線が囚人へと向けられる。
「ああ。正式な沙汰は明日以降に決める。囚人を牢へ」
ベイザルの命により、兵士たちが囚人を連行していく。テオドールはその背を睨みつけながら思案していたが、やがて口を開いた。
「父上、牢への連行は私が見届けておきます。ですので、今日は早めにお休みになってください」
「そうか。では、その言葉に甘えるとしよう」
ベイザルはガイウスを伴い、城内へと消えた。
それ見送ったテオドールは「王家に仇なす者には、相応しい罰を下さねばな」と不敵な笑みを浮かべ、囚人の後を追った。
同じ頃、入り口に到着した馬車からティナが降りてくる。
「ティナ!」
「ティナ姉様!」
イリーナとソフィアが駆け寄り、ティナを抱きしめた。
「イリーナ姉様……ソフィアも……」
安堵したのか、ティナは涙を浮かべながらも笑って抱き返す。
その光景に、控えていたウルスラも「良かった……本当に……」と目頭を熱くした。
一方、ハシムも王城の入り口で馬を降りた。
「殿下、馬はこっちでやっとくよ」
アンジェにそう声をかけられ、ハシムは「ああ」と手綱を任せる。
すると、ティナとの再会を終えたソフィアが歩み寄ってきた。
「殿下、お帰りなさいませ……」
「ただいま帰還しました、ソフィア様」
ハシムは跪き、胸に手を当てて一礼する。
「お話は伺っています……お怪我はありませんか?」
「ええ、少し殴られただけで、大したことはありません」
「大変です! 今すぐ治療を!」
慌てるソフィアを、ハシムは「心配には及びません」と宥めた。
「本当に大丈夫ですか……?」
「ええ。心配なら、触って確かめられますか?」
ハシムがいたずらっぽく微笑むと、ソフィアは頬を染めながらも「はい……」と恐る恐る手を伸ばした。
ハシムの頭に触れた彼女は、少し腫れている箇所に気づく。
「殿下、ここ……少し腫れています。痛くありませんか?」
「大丈夫です。痛みはありません」
心配そうに触れ続けるソフィアに、ハシムが「そろそろ、よろしいでしょうか?」と尋ねると、彼女はハッとして手を離した。
「失礼しました、殿下……」
申し訳なさそうにするソフィアに、ハシムは「いえ、また触りたくなったら仰ってください」と微笑み、彼女をさらに赤面させた。
そんな微笑ましい光景を、ライラが遠くから見つめていた。
「楽しそうだね」
背後からフウカが姿を現す。
「フウカ、あなたは背後から現れないと気が済まないのですか?」
ライラは呆れ顔で振り返った。
「だってそういう仕事だし。それよりいいの? 愛しの殿下が楽しそうにしてるけど」
フウカの皮肉めいた言い回しに、ライラはしばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
「私は……殿下の交流関係に口出しできる立場ではありませんので」
つまらなそうな表情を浮かべるフウカが、さらに畳みかける。
「嫉妬とかしないの? 頭触られてたけど」
「しません」
ライラは即答し、こう続けた。
「それに、殿下の頭は見慣れていますし、触り慣れていますから。フウカ、あなたは知らないでしょうけど、殿下にはつむじが二つあるのですよ!」
少し興奮気味に語るライラに、フウカは「いや、そんなこと知らないし……」と引き気味に返す。
「とにかく、あなたの思うようなことはありません。フウカもいい加減にしないと……吊るしますよ?」
満面の笑みで告げるライラに、フウカは身をすくめて退散した。
「私は殿下の従者……それ以上の関係など……」
ライラは小声でそう呟き、自分に言い聞かせるようだった。
王城の食堂では、ガイウスを招いた夕食会が行われていた。
しかし、食卓は食器の当たる音だけが響く静寂に包まれている。
「ティナ、体の調子はどうだ? 痛むところはないか?」
ベイザルが沈黙を破った。
「問題ありませんよ、父上。この通りです」
ティナは力こぶを作るように両腕を持ち上げて見せる。
「ティナ、あまり無茶をしないでくださいね」
ウルスラが心配そうにたしなめる。
「大丈夫ですよ、母上。ちゃんと殿下が守ってくれましたから」
ティナの視線を受けたハシムは、微笑み返す。
「あの時の殿下は、本当にかっこよかったですよ! まるで物語の白馬の王子様みたいで……白馬には乗っていませんでしたけど」
その話を聞いたソフィアは、羨望の眼差しをハシムに向ける。
ティナはニヤリと笑うと、追い打ちをかけるように言った。
「殿下、また機会があれば、わたしを助けてくれますか?」
「ええ、もちろんです。いつでも助けますよ」
二人のやり取りに、ソフィアは嫉妬の色を隠せない。
「ティナ姉様だけずるいです。殿下は、私のことだって助けてくれますよね?」
「え、ええ。もちろんです」
「いい加減にしなさい二人とも、不謹慎ですよ。殿下に救ってもらうほどの危機など、そうそうあるものではありません」
イリーナが苦言を呈すが、ティナは逃がさなかった。
「そう言うイリーナ姉様も、羨ましいと思ってるんでしょ?」
「私は別に……」
「姉様だって、殿下をいつも読んでる本の王子様みたいだって思ってるはずです!」
「どうしてそのことを!」
図星を突かれたイリーナが頬を染めて慌てふためく。
その微笑ましい光景を眺めていたベイザルの視線が、ふと、俯いたままのガイウスを捉えた。
「ガイウス、口に合わなかったか?」
「いえ、とても美味しいですよ」
ガイウスはハッとして肉を一口運んだが、飲み込むとしばらく沈黙した。
「陛下、少々よろしいでしょうか?」
「ああ、何でも言ってくれ」
ベイザルが手をかざして皆を静まらせる。
「陛下……まだ言えていなかったのですが、あの捕まった密猟者とは、顔見知りなのです」
食卓に再び静寂が訪れた。
「ガイウス……それは……」
「彼らが密猟をしていたことも、素行が悪かったことも知っていました。彼らは北方からの難民です。引退して全てを与えられた私と違い、彼らは全てを捨ててこの国に来ました。そう思うと、何も言えなかったのです。その甘さが今回の事件を招きました……陛下、申し訳ありませんでした」
ガイウスは立ち上がり、深々と頭を下げた。
「ガイウス……いや、友よ、顔を上げてくれ」
ベイザルは歩み寄り、彼の肩に手を置いた。
「誰もお前が悪いとは思っていない。仕方がなかったのだ」
「陛下……それでも私は……」
「詭弁だな、ガイウス」
冷ややかな声が遮った。立ち上がったテオドールがガイウスを睨みつけている。
「今回の事件で裁きを受けるべきは、捕まった三人だ。いや、死んだ者も含めて四人か。それにも拘らず弁明するのは、ただの自己満足だ。くだらぬ真似は今すぐやめろ」
「失礼ですよ、テオドール!」
ウルスラが諌めるが、ガイウスは言葉を失ったように頭を下げたままだった。
「テオドール、お前の言い分は分かった。だが、これ以上友を侮辱することは許さない」
怒気を含んだ父の言葉に、テオドールは鼻で笑って食堂を後にした。
「さぁ、食事を続けよう、ガイウス」
ベイザルは優しく彼を座らせたが、再開された食卓を支配したのは、やはり重苦しい沈黙だった。
夕食後、それぞれが自室で過ごす頃、ベイザルとガイウスは裏庭の一角にいた。
二人は端にある墓石に向かい、静かに祈りを捧げる。
「久しぶりだな、カルナ……。そっちでも元気で過ごしているか?」
ガイウスは跪き、墓前に花を添えた。
「これ……お前の好きな花だろ? 今年も綺麗に咲いていたよ……」
涙ぐむガイウスの肩に、ベイザルが手を置く。
「きっと向こうでも、花を育てているさ」
「ああ、そうだな……」
立ち上がったガイウスが、辺りを見回した。
「しかし、相変わらず綺麗に管理されているな、この裏庭は」
「ああ。ウルスラとイリーナがいつも手入れしてくれてな」
「そうか。彼女たちには手間をかけさせるな……」
恐縮するガイウスの肩を、ベイザルは軽く叩いた。
「ガイウス……何というか、テオドールのことはすまなかった」
「気にしないでくれ。あの子がああなってしまったのは、私にも一因がある……」
テオドールの名が出ると、二人の間に重苦しい空気が流れる。ガイウスが問いかけた。
「テオドールはまだ、あの噂を?」
「ああ。母親が殺されたなど、ただの噂でしかないというのに……」
「陛下は最善を尽くしました。あれ以上の事は……」
やり場のない思いを抱えたまま、二人は月明かりに照らされた墓標の前で、しばらく立ち尽くすのだった。




