第12話 初めての
気絶していたハシムが目を覚ますと、すぐ側でへたり込むティナの姿があった 。
声を掛けるも、ティナは放心状態で反応がない 。
「失礼します」
ハシムが軽く頬を叩くと、ティナはようやく彼に視線を合わせた 。
「ティナ様、どうか私の目を見てください。今の貴方の心の痛みがどれほどのものか、私には想像もつきません」
「……」
「ですが、これだけは言えます。貴方の行いは正しかった。貴方のお陰で私は助かりました。この手に付いている血は、その証です。どうか私にも、その重荷を背負わせてくれませんか?」
ハシムが優しく手を握ると、ティナは「ありがとうございます……殿下……」と絞り出すように答え、その手を握り返した 。
ハシムはティナを立たせ、周囲に転がる密猟者たちを一瞥した 。
「次はこれらを処理せねばなりませんね。ティナ様は私の馬に乗り、このことを知らせに戻ってください。私はここで残りの者を拘束します」
「で、ですが、殿下を一人にするわけには……」
「大丈夫です。どうかご無事で」
ハシムに促され、ティナは馬を走らせた 。
遠ざかる彼女を見送ったハシムは、溜息を吐きながら死んだ密猟者に布を被せた 。
「大変そうだね、ハシム。手伝う?」
背後から音もなくフウカが現れた 。
「必要ないと言ったはずだ。それに、手伝いなら後でアンジェが来るだろう」
「殺すなら、ちゃんと殺せばいいのに」
フウカが死体を無造作に蹴る。ハシムは密猟者を縛り上げながら、得意げに語った 。
「演出だ。激昂した男の一撃に倒れる皇子と、それを助けようと剣を手に取る姫。いい話だろう?」
「わざと殴られるなんて、やりすぎじゃない?」
「必要なことなら何でもやる。それより、お前はここにいないことになっている。さっさと消えろ」
ハシムに冷たくあしらわれ、フウカは不満げに姿を消した 。
その頃、馬を走らせたティナはウルスラの元へ辿り着いていた 。
「ティナ! どうされたのです!」
駆け寄るウルスラの姿を見て緊張の糸が切れたのか、ティナはそのまま気を失った 。
素早く支えたライラは、彼女の手に付着した血に気づき、息を呑む 。
「この血は、もしや……人のものでは?」
「そんな……ティナ!目を開けて!」
使用人の一言に周囲に動揺が広がる中、ライラはウルスラに冷静に声を掛ける。
「気を失っているだけです王妃様。どうかお気を確かに……」
「そうですね……ごめんなさい。陛下にすぐ戻るよう使いを! 」
ウルスラの指示を聞き届けたライラは馬車へ向かい、扉を勢いよく開けた。そこには呑気に寝息を立てるアンジェがいた 。
ライラは溜息を吐くと、座席を思い切り蹴り飛ばして叩き起こした 。
「……なに? 昼飯?」
「今すぐ殿下の元へ」
満面の笑みを浮かべるライラの圧に、アンジェは全てを察して飛び起きた 。
「それで殿下は?」
「それを探るのが貴女の仕事では?」
「アタシ、犬じゃないんだけど……」
「違うのですか?」
反論を飲み込み、アンジェは殿下の馬を連れて森へと駆け出していった 。
ガイウスを伴い戻ってきたベイザルは、天幕で意識を取り戻したティナを強く抱きしめた 。
ティナは涙を流しながら、事の経緯を両親に話した 。
「殿下には一生分の恩ができてしまったな……」
ベイザルが感慨深く呟いていると、ガイウスが天幕に入ってきた 。
「陛下、殿下がお戻りです」
「そうか。では行くとしよう」
立ち上がろうとするベイザルを「待って!」ティナが制し、ガイウスへ頭を下げた 。
「ガイウス……ピーターのこと、ごめんなさい……」
「ピーターは最後までティナ様をお守りできたことを、誇りに思っているでしょう。どうか顔を上げてください」
ガイウスの優しい言葉に、ティナは涙を拭い、笑顔で頷いた 。
ガイウスの知らせを聞き出た天幕の外では、跪いたハシムと縛られた三人の密猟者が待っていた 。
「殿下・・・。手間を掛けさせたようで申し訳ない・・・」
ベイザルはハシムの手を握り、深く感謝を伝えた後、密猟者たちを冷徹な目で見下ろした 。
「王都に帰ったらすぐにでも、絞首台を組み立てねばな」
「お待ちください、陛下! 私たちは指示されて無理やり……」
見苦しい弁明を続ける男たちに、ベイザルは聞く耳を持たなかった 。
「せめてもの慈悲として、お前達の家族を罪に問うことだけはやめてやる」
そこへ、ウルスラに支えられたティナが現れる 。
「父上! お待ちください!」
「ティナ、なぜ出てきた。奴らの顔など二度と見たくないはずだ」
「……まだ恐怖はありますが、言わなければならないことがあるのです」
ティナは震えを抑え、密猟者たちの前に立った 。
彼女は、彼らを率いていたリーダーが別にいたこと、そして暴力を振るい自分を始末しようとしたのはその男一人であったことを証言した 。
「極刑に処すべきは、その者だけです」
ベイザルが「その男はどこだ?」と問うと、ハシムが静かに答えた 。
「陛下。密猟者を率いた者は、ここにはおりません。既に死んでおります」
「殿下が討ち取ったのか?」
「いえ。私ではありません」
ハシムの言葉と、ティナの血に濡れた手の意味。
ウルスラはいち早く気づき、「ティナ、あなた……」と言葉を漏らした 。
「父上、ごめんなさい……。私は、人を……」
「もうよいのです、ティナ。もう、よいのです……」
泣きじゃくる娘を、ウルスラは背後から強く抱きしめた 。
ベイザルは狼狽した。娘には決して越えさせぬよう守ってきた一線を、彼女は越えてしまったのだ 。
「陛下!お気を確かに!今お辛いのは陛下では無いはずです!」
ガイウスの叱責を受けたベイザルは全てを飲み込み、ティナに向き合う
「ティナ。おぬしの行いは正しい。そうであろう、殿下?」
「はい。ティナ様は私を助けるために、その力を振るわれました」
ハシムの言葉に、ベイザルは深く頷き、ティナを優しく抱き寄せるのだった 。
「陛下、この者たちはどうされますか?」
ガイウスの問いに、ベイザルは「一度王都に戻り、後日決める」と答えた 。
「ガイウス、お前も一緒に王都まで来てほしい。久しぶりにカルナにも会いたいだろう?」
「……はい、そうさせていただきます」
ベイザルの寂しげな誘いに、ガイウスは静かに応じた 。
一方、撤収作業を見守るハシムの元へ、ライラが歩み寄る 。
「お疲れ様でした、殿下。お怪我はありませんか?」
「少し殴られただけだ。問題ない」
「殿下が大丈夫って言ってるんだから、問題無いっしょ?」
戻ってきたアンジェの言葉に、ライラは「殿下をあなたのような石頭と一緒にしないでください」と切り捨てた 。
ハシムは腫れた頭を撫でながら、遠くを見つめる。
「いずれにせよ、今回の出来事も存分に利用させてもらうとしよう」
その瞳には、不敵な光が宿っていた 。




