表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
60/63

60 わたしたちの世界

「わぁ…!わたしたちが昨日歩いてきた、ブランの森だ!この樹も、昨日のままだ!」

 ラクラミキオアラは目を丸くしながら、指先で橅の樹に触れました。それはバズムがラクラミキオアラたちを亜空間へ転送するときに触れていた、橅の巨木でした。亜空間にある橅と、現実世界の橅。二本の橅の樹がふたつの世界をつないでいることを、ラクラミキオアラは理屈ではなく経験によって理解しました。

 ラクラミキオアラは学校で光合成について習ったとき、もっと深く知りたくなって、植物に関する色々な本を読んだことがありました。そのときに読んだ植物図鑑のひとつに、"橅は建物を造るのにも、家具を作るのにも向いていません。あまり役に立たない木です"と書かれていたことを、彼女は思い出しました。説明文を読んだとき、書いた人に悪気が無いことは分かっていたのですが、なんとなく腹が立ってしまったのです。そのときの気持ちが、蘇りました。

"光合成をしてくれているし、亜空間への転送には向いているし、見ているだけで癒されるんだから、十分役に立ってるでしょ!"

 ラクラミキオアラは心の中でそうつぶやいてから顔を上に向け、五十メートル以上も高さのある橅を見上げました。

"そもそも、役に立つとか、立たないとか言うなら、人間は二酸化炭素を出すこと以外に何か、樹の役に立っているの?森の役に立っているの?樹は、人間の役に立つために生まれてきたわけじゃない…!"

 もちろん彼女も、普段は木を使って造られた家に住み、木でできた食器やテーブルを使い、暮らしています。だから、"使ってるくせにそんなことを考えるのは、ただの偽善者だ"と思う人もいるでしょう。"プラスチックを使うよりは、木を活用した方が環境にいい"と言う人もいるでしょう。ラクラミキオアラは別に、木を使うのは間違いだ、悪いことだと思っているわけではないのです。彼女がムネアカヒタキという鳥の妖精であるドイナ、樹の精霊であるバズムやアデラ、元々は樹の精霊だったエレナ、そして森の女王であるガブリエラと出会ってあらためて感じたのは、"全ての生き物は、お互いに支え合って生きている"ということでした。

"何もかも、人間の役に立つかどうかで価値は決まる。人間が中心で当たり前。文句を言うやつは原始時代の暮らしをしろ"…そういう考えは、マンチキンの人たちを奴隷にして生きていた東の魔女の、「私が中心で当たり前」という考えとよく似ている。『アニー』で言えば、孤児たちを自分の奴隷のように扱っていたミス・ハニガンだ…ラクラミキオアラはそう思ったのです。

 もしも全ての人間が、そのような考えで生きることを"当然のこと"として何の疑問ももたずに肯定するようになったら、その先にはどんな未来が待っているのか…考えただけで、ラクラミキオアラは怖くなりました。彼女は、自分が矛盾を抱えながら生きていることは分かっていました。自分の知識が不十分であることも分かっていました。それでも彼女は、"何の疑問ももたず、全て人間が中心で当たり前だという顔をして生きる人間にだけは、なりたくない"と思っていたのです。

 橅の樹が光合成以外、自分に何もしてくれなくても、やさしく撫でてあげたい。寒い雨の日に路傍でふるえている野良猫がいたら、足を止める人間でいたい。結局何もできなかったとしても、せめて気に掛ける人間でいたい。足を止める人間でいたい。彼女はいつも、そう思っていました。

 木漏れ日が、ラクラミキオアラの視線の先だけでなく、あらゆる場所できらきらと輝いていました。光ある方へと伸び複雑に絡み合う枝と、幾重(いくえ)にも重なり合う、数え切れないほどの橅の葉。その橅の葉そのものも、太陽の光に照らされて鮮やかな若草色に輝いていました。ラクラミキオアラは、"信じられないくらい、きれい!"と思いました。

"これが…この輝きが、わたしたちの世界の、輝きなんだ。わたしが生まれた世界。わたしを育ててくれた世界…!"

 彼女は静かに目を閉じて、ゆっくりと息を吸い込みました。

"わたしは、この世界を守りたい!"

 

「エレナさん、わたし…またエレナさんのお家に行ってもいいですか?」

 ラクラミキオアラは真剣な顔でききました。

「わたし、森のことや、樹のこと、動物のこと…もっともっと、たくさん知りたいんです」

 エレナは少し驚いた表情を浮かべてから、やさしく微笑んで答えました。

「もちろんよ、ラクラミキオアラ。また、いつでも遊びに来て!美味しいコルヌレッテを焼いて、待ってるわ」

「ありがとうございます!」

「でも、今日はお家に帰らないとだめよ?こっちの世界では、今日はまだ、あなたのお誕生日ですからね。お母さんやお父さんは、パーティーの準備をして、あなたの笑顔を見るのを楽しみにしているに違いないわ」

「はい!」

 ラクラミキオアラが元気よく返事をすると、今度はペイズリー3世がエレナに視線を向けて、言いました。

「エレナさん。ここから、どうやって帰りましょうか?」

「昨日の夜、あなた達がお散歩に行っていたとき、女王さまとお話をしたんだけどね」

 エレナが三人の顔を見回して、話し始めました。

「バズムは黒檀の精霊で、普段は黒猫の姿をしているけれど、鳥のような姿になって、飛ぶことができるの。それだけでなく彼は、わたしたちの姿を、人間から見えなくすることができるわ。もちろん、彼自身の姿もね。だからバズムの背中に乗って空を飛び、ラクラミキオアラ…あなたをお家まで送るようにと、女王さまに言われたの。バズムにおおきくなってもらってもいいし、もしペイズリーにお願いできるなら、わたしたちを小さくしてもらって、そのままのおおきさのバズムに乗る形でもいいと思うわ」

「それなら、おれがみんなを小さくしますよ!ついでに、絶対に落ちないようにする魔法もかけちゃいますね!」

 ペイズリー3世がそう言うと、エレナは、

「ありがとう、ペイズリー」

 と言ってやさしく微笑みました。

 ペイズリー3世はこめかみに指先を当てて、精神の集中をし始めました。それと同時に、バズムもキリッとした目つきになり、集中し始めました。ラクラミキオアラは、"バズムはきっと、みんなの会話を理解しているんだ"と思いました。

 バズムの身体が発光し始め、やがて白い光に完全につつまれました。光が消えるとバズムは黒猫の身体のまま、おおきな翼が生えた姿になっていました。ペイズリー3世は指先をこめかみから離し、空中でくるっと二回まわしてから、ラクラミキオアラたちの方に向けました。

「ファ・テ アタント デ ミク、インカト サ ポチ インカペア ペ スピーナ ウネイ ピシチ!」

 3世がそう呪文を唱えると、ラクラミキオアラたち三人の身体が、バズムの背中に乗れるくらい小さくなりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ