59 別れのとき
朝食を済ませたラクラミキオアラたちは、寝室に戻りました。しばらくすると、女性の執事がおおきな籠を抱えて部屋に来ました。籠に入っていたのは、洗濯をして乾燥させたラクラミキオアラたちの衣服でした。
「この亜空間にも太陽はあるのですが、天日干しだと時間がかかるので、乾燥させる工程は魔法で行いました」
「そうなんですね!ありがとうございます!」
ラクラミキオアラが元気に答え、みんなは自分の衣服を受け取りました。執事は部屋から退出し、着替えを済ませたラクラミキオアラたちはエントランスホールに向かいました。ラクラミキオアラ、ドイナ、ペイズリー3世、エレナの四人は現実世界に帰り、ドロシー、ブリキのきこり、かかし、ライオン、モモ、カシオペイア、カルキノスは宝石箱の中にある物語の中に帰り、アデラはお城に残って、今後どのように生きていくか、ゆっくり考えることになりました。女王はアデラに、「ここにいれば平穏な暮らしをすることはできるから、ずっとここにいてもいいし、森に戻って精霊として生きてもいいし、人間になりたいというのなら、それでもいいわよ。今のあなたなら、もう悪い男に騙されたりしないと思うから…。急いで決める必要は無いから、ここで暮らしながら、ゆっくり考えなさい」と、やさしく微笑みながら言いました。
女王とペイズリー3世は、「宝石箱の蓋を閉めた状態なら、おそらく東の魔女の怨霊のような存在が、呼んでもいないのに勝手に出てくることは無いだろう」と考えていました。しかし確証があるわけではなかったので「蓋を閉めていても出てきてしまう可能性はある。その可能性はゼロではない」とも考えていました。出てくるときに姿や気配を消すのは魔力を使って行うわけなので、とりあえず東の魔女はペイズリー3世が作った"魔力を無効化する部屋"に閉じ込めておき、その部屋に、鍵をかけて閉じた状態の宝石箱を一緒に入れておくのが最善策だと、女王と3世は考えました。そうすれば万が一、他の怨霊が蓋を壁抜けするように通過して出てきたとしても、すぐに部屋の力で魔力を無効化され、3世が作った部屋の壁は霊でも壁抜けできないので、部屋から外に出ることはできないからです。
東の魔女は、もう悪いことをしようとは考えていなかったので、ドロシーやモモたちが宝石箱の中に入るために部屋に入ったときも、おとなしくしていました。万が一、何か起きたときのためにペイズリー3世が一緒に部屋に入ったのですが、何も起きることはなく、無事、ドロシーたちは宝石箱の中に戻っていきました。「何が起きるか分からないから、入らない方がいい」と3世に言われたので、ラクラミキオアラは宝石箱が置かれた部屋には入りませんでした。ドロシーたちが部屋に入る前に、ラクラミキオアラとドイナは、ドロシーやモモたちとハグをして、再会を誓いました。
「きっとまた、会えるよね?会えなきゃ嫌だよ、ぜったい…また会ってね…」
ラクラミキオアラが、目に涙を浮かべながらそう言うと、ドロシーは、包みこむようにラクラミキオアラを抱きしめました。そして、何度も何度も繰り返し『オズの魔法使い』を読んでくれたこと、自分を大好きでいてくれたことへの感謝と愛情を込めて、ラクラミキオアラの頭をやさしく、やさしく撫でました。ラクラミキオアラの瞳から、涙がこぼれ落ちました。
「モモ…」
ラクラミキオアラはモモにも別れの言葉を言おうとしましたが、大好きなモモを見たら涙があふれてきて、それ以上は何も言えませんでした。
「ラクラミキオアラ。きっとまた、会えるよ。だから、泣かないで…ラクラミキオアラ…」
モモが小さな声で、やさしく言いました。ラクラミキオアラはモモを抱きしめて、ぎゅっと目を閉じました。
それからラクラミキオアラはしゃがんで、カシオペイアとカルキノスの顔を見ました。カルキノスは蟹なので、どこからどこまでが顔なのかは謎でしたが、とにかく見つめ合いました。
「カシオペイア、カルキノス…。また必ず、会おうね。大好きだよ…」
カシオペイアとカルキノスの甲羅に、文字が浮かび上がりました。
「ワタシモ ラクラミキオアラノコト ダイスキ」
「マタアウヒマデ ボクノコト ワスレナイデネ」
ラクラミキオアラはカシオペイアの頭をやさしく撫でました。カルキノスの頭も撫でようとしたのですが、どのへんが頭なのかよく分からなかったので、とりあえず甲羅の上の方をナデナデして、やさしく微笑みながらこう言いました。
「忘れるわけないよ。ずっと前から大好きなんだから…」
宝石箱のある部屋に入るところまでドロシーたちを見送ったラクラミキオアラたちは、お城の庭園にある橅の樹の前に行きました。現実世界の森にあった橅の樹と同じように、高さが五十メートル以上ある、とても立派な橅でした。
「この樹にバズムが前足を当てると、あなたたちは光につつまれ、現実世界に戻ります」
女王が説明しました。それから女王は、涙で輝く瞳でエレナを見つめ、やさしく抱きしめました。
「エレナ…久しぶりにあなたに会えて、本当に嬉しかったわ。また、必ず会いに来てね…きっとよ」
「はい…もちろんです…女王さま…」
エレナの瞳にも涙が輝いていました。
「ペイズリー。あなたは素晴らしい魔法使いだわ。その真っすぐな心を、いつまでも持ち続けてね」
女王はそう言って、3世を抱きしめました。
「ドイナ。あなたが暮らしている森は、わたしの分身みたいなものよ。あなたはいつも、わたしと一緒にいるの。寂しいときは、それを思い出してね」
女王にそう言われ抱きしめられたドイナは、小さな声で、
「ありがとうございます…」
と言って、女王を抱きしめる手にぎゅっと力を込めました。
女王は最後に、ラクラミキオアラを抱きしめました。
「ラクラミキオアラ…あなたって、不思議な子ね。わたしは、昨日初めてあなたに会ったばかりなのに、あなたがそばからいなくなることが、とっても怖いの…。わたし、あなたのお母さんが羨ましいわ。こんなに可愛くて、楽しくて、面白くて、やさしい子と一緒に暮らせて、愛してもらえるんだから…」
女王にそう言われたラクラミキオアラは、こう答えました。
「女王さま。わたしは女王さまのことだって、愛しています。だから、寂しがらないで下さい。必ずまた、会いに来ますから!」
女王は目を閉じて、
「ありがとう…ありがとう…ラクラミキオアラ」
と静かに言いました。
女王は、黒猫のバズムの顔を見ました。バズムはとても賢い猫なので、それだけで女王が何を伝えようとしているのか分かりました。バズムは、橅の巨木に前足を当てました。女王と、みんなを見送りに来ていたアデラは三歩ほど後ろに下がりました。ラクラミキオアラたちは橅の周りに集まり、しばらくすると、橅は白く発光し始めました。その光はどんどん強くなり、ラクラミキオアラたちを呑み込んでゆきました。
光につつまれて、しばらくは何も見えない状態が続きました。徐々に光が弱くなって、完全に消えたときには、ラクラミキオアラたちは現実世界の森の中に戻っていました。




