54 アニーのように
お城の壁や扉はとても分厚いので、ラクラミキオアラたちが話している声がお城の中にいる人たちの耳に届くことはありませんでした。しかし森の女王ガブリエラは、ラクラミキオアラたちが戻ってきた気配を不思議な力で感じとって、エレナとアデラ、黒猫のバズムと一緒にお城から出てきました。
「みんな、おかえりなさい。夜のお散歩はどうだった?…あら、そちらのお方は…どなたかしら?」
女王は、透明の立方体に閉じ込められている東の魔女を見て、言いました。
「えっと…この人は、『オズの魔法使い』に出てくる、東の魔女の怨霊です。女王さまに気づかれないように姿も気配も消して、ドロシーが宝石箱から出てきたときに、一緒に出てきたそうです。ドロシーに逆恨みしていて、わたしたちに攻撃してきたので、ペイズリー3世が閉じ込めたんです」
ラクラミキオアラが説明しました。
「魔界裁判所で裁いてもらおうかと思ってます!マンチキン人を奴隷にしていた罪もありますし!」
3世がそう付け足して説明すると、女王は、
「あらあら…!そんなことがあったの!?とにかく、みんなが無事で良かったわ。でも、裁判所で裁いてもらうのは難しいんじゃないかしら?」
と言いました。
「どうしてですか?」
3世がききました。
「一番問題なのは、その方が生体ではなく怨霊だということよ。物語の中では、東の魔女は飛んできた家に潰されて死んでしまったわけで、そのこと自体、罰が当たったのだと考えることもできるでしょう?それで全て終わったはずなのに、怨霊になって出てきたというのは…おそらく、宝石箱の力のせいよ」
「どういうことですか?」
今度はラクラミキオアラがききました。
「あの宝石箱はラクラミキオアラのことをとても気に入っているでしょう?だから、敵を出して、冒険させてあげようと思ったんじゃないかしら。冒険の物語には、敵とか悪者は欠かせないって、宝石箱が考えたのよ、きっと。一種の、サービスみたいなものよ」
「え〜!!そんなサービス、迷惑ですよ〜!!そのせいでペイズリー3世の懐中時計が…!」
ラクラミキオアラが悲しそうな声でそう言うと、バズムが近寄ってきて、ラクラミキオアラの足首にスリスリ顔をこすりつけました。顔が痒かったわけではなく、甘えているわけでもなく、バズムなりに必死に慰めようとしているのです。
「バズムちゃん…ありがとう…」
ラクラミキオアラはバズムの頭をナデナデしました。
「時計のことはもう気にしないって、約束したはずだよ、ラクラミキオアラ。宝石箱が勝手に気を利かせただけなんだから、どっちにしても君は悪くないよ」
そう言ってペイズリー3世はやさしく微笑みました。
「うん…ありがとう…」
女王は、説明を続けました。
「ただ、サービスみたいなものだと言っても、また同じことが起きたら困るし、何か対策をとる必要はあるわね。宝石箱を作った魔法工芸職人のラドゥは普通の人間ではないから、精霊のように寿命が長いと思うの。まだどこかで生きている可能性があるわ。とりあえずラドゥを探してみて、見つからなかったら、ラドゥと肩を並べるくらいの腕前を持つ職人を探して、怨霊とかが勝手に出てこないように、手を加えてもらいましょう。あと、ペイズリー。あなたには、協力して欲しいことがあるの」
女王は、そう言ってペイズリーの顔を見ました。
「えっ?おれですか!?なんでしょう?」
「あなたの魔法の力って、すごいわよ。だって、この透明の箱、あなたが魔法で作ったんでしょう?中に閉じ込められている魔女も魔法が使えるはずなのに、出てこられないということは、あなたの魔力が上回っているということなのよ。わたしは魔力の強さなら誰にも負けない自信があるけど、こういう物は作ったことが無いわ。魔法でドレスを作ったり、派手におおきなものを破壊したりすることはできるけど…こんなに綺麗な立方体を作って敵を閉じ込めるなんて、わたしにはできないわっ!しかもこの箱、一度作ったら、その後は何もしなくても、ずっと効力を発揮し続けるわけでしょう?」
「あ、はい。そうなんです」
「すごいわよ!!わたしは、そういう物を魔法で作ったことは無いわっ!!これって、魔力がおおきければ作れるっていうものじゃないのよ、絶対。魔法でドレスを作るのに必要な器用さとも、違う…何とも言いようのない、天才的なセンスが必要なのよ!」
女王の言葉をきいたペイズリーは恐縮した様子で、
「あ…ありがとうございます!!」
と答えました。
「あなたに協力して欲しいことっていうのはね、特別な部屋を作って欲しいの。宝石箱の改修が終わるまで、東の魔女にはおとなしくしていて欲しいわけだけど、こんなに狭い箱の中に、ずっと閉じ込めておくわけにもいかないでしょう?あなたの魔力で、お城の中の部屋のひとつを、魔法を無効化する特別な部屋に変えて欲しいのよ。つまり、この立方体みたいな効力をもつ部屋にして欲しいの。どう?できそう?」
「ああ、なるほど…!それは多分、できると思いますよ!」
ペイズリーはあっさり答えました。ラクラミキオアラは目を丸くして、
「ペイズリー、どんだけ天才少年なのよっ!その気になったら、世界の支配者になれるんじゃない!?」
と言いました。
「いやいや!なりたくないからっ!!支配者なんてっ!!」
3世が突っ込みを入れると、ラクラミキオアラとドイナは笑いました。
そのあと、ラクラミキオアラたちは女王と一緒にお城の中に入りました。ペイズリー3世は特別な部屋を魔法で作るために、女王と一緒に、大広間に向かう廊下とは反対側の廊下を進んでいきました。ラクラミキオアラたちは、散歩に出かける前にいた大広間には戻らず、女王が用意した、とても広い寝室に移動しました。そこには、お姫様が使うような天蓋付きのおおきなベッドがたくさん置かれていて、ラクラミキオアラとドイナだけでなく、ドロシーもモモもカシオペイアも、みんな同じ部屋で泊まることができるようになっていました。その部屋は、インテリアをデザインするのが得意な魔法使いの執事に女王が命じて作らせたものでした。命じたとき、執事に、
「壁とか、絨毯、寝具の色は何色になさいますか?」
ときかれた女王は、
「う〜ん…そうねえ…あの子たちが喜ぶ色って、何色かしら?やっぱりピンクとか水色、黄色とか?」
ときき返しました。執事は、こう答えました。
「まあ、黒とかグレーじゃないことは確かですよね。茶色も絶対違うでしょう」
「じゃあ、やっぱりパステルカラーかしら」
「そうですね。柄は、どうなさいますか?チェックとか、水玉ですかね?」
「ちょっと、無難過ぎる気もするわね」
「龍とか、風神雷神の刺繍でも入れておきますか?日本に旅行に行ったときに、見たことがあります」
「…絶対やめなさい。ヤクザの部屋みたいになっちゃうわよ。ジャパニーズマフィアよ」
「ははは、冗談ですよ、女王さま」
そんなやり取りをして、結局、女王と執事はパステルカラーの乙女ちっくな部屋を完成させました。ただ乙女ちっくなだけでなく、ソファもテーブルもお菓子も紅茶も用意されていて、西洋のクラシックなお城にしては珍しく、バスタブが置かれたバスルームまでありました。楽しいお泊り会をするには最高の部屋を見たラクラミキオアラは、
「わあ〜〜!!ウォーバックスさんの家みたい!!まず、どこからお掃除すればいいですかっ!?」
と執事に向かって言いました。『アニー』の大ファンでもあるラクラミキオアラは、豪華な家に迎え入れられても、まず掃除をしようとしたアニーの切ない謙虚さを、とても尊敬していたのです。執事は、
「えっ?掃除なんて、しなくていいですよ!」
と言いましたが、ラクラミキオアラがしつこく食い下がるので、最後は根負けして、
「こんなの、女王さまに見つかったら怒られますよ…」
と言いながら雑巾と、水が入ったバケツを持ってきて、ラクラミキオアラに手渡しました。ラクラミキオアラが『トゥモロー』を歌いながら窓拭きを始めると、ドイナとドロシー、モモも、笑いながら手伝い始めました。ドイナは元々、『アニー』の曲を全て知っていましたが、ドロシーとモモは知りませんでした。しかしラクラミキオアラとドイナが何度も歌うのを聴いているうちに全て覚えて、『メイビー』と『ハードノックライフ』まで一緒に歌えるようになりました。
モモはアニーと同じ孤児なので、モモの前で『アニー』の歌を歌うのは無神経だと思う人も、いるかも知れません。でも、ラクラミキオアラの考えは違いました。彼女は、それぞれの曲が持つ力を、素晴らしさを、心の底から信じていたのです。心を込めて歌えば、モモにとってマイナスになることは絶対に無い、むしろモモの心を守ってくれると、強く信じていたのです。
ラクラミキオアラは途中で執事に、
「えっと…モップありますか?」
「から拭き用の雑巾を、あと二枚ください!」
などと、様々なお願いをしました。それに応えているうちに執事もなぜか掃除をしたい気分になってきて、一緒に歌いながら掃除をし始めました。最後はカルキノスまで前足でテーブルの脚を拭き始めましたが、ただナデナデしているだけだったので、意味があったのかどうかは、謎です。
掃除を終えたラクラミキオアラたちは、執事にお礼を言いました。執事は、
「じゃあ、また何かあったら、いつでも呼んで下さい。テーブルの上にあるベルを鳴らして頂ければ、すぐに参りますので」
と言って、部屋から出ていきました。
大好きなみんなとお泊りできることになったラクラミキオアラは、フカフカのベッドに飛び乗り、飛び跳ねて大喜びしました。ドイナたちもそれに続いて飛び乗り、定番のピローファイトが始まりました。日本では枕を投げ合いますが、ヨーロッパでは枕で叩き合うピローファイトが主流なのです。ラクラミキオアラたちは大爆笑しながら、バシバシと激しく叩き合いました。
一方そのころカルキノスは、ペイズリー3世が部屋の改修という任務を終えるのを、大広間で待っていました。カルキノスはペイズリー3世と同じ部屋に泊まることになっていたのです。女王はカルキノス本人…というか本蟹に「あなた、性別はどっちなのよ?」ときいたのですが、
「ウーン… タブン オス」
という文字が浮かび上がるだけで、正確なところは分からずじまいでした。それで結局、"ペイズリー3世と同じ部屋にしておきましょう"ということになったのです。"蟹だろうと何だろうと、男子が一人でもいたら、女子は心の底からくつろげないものだ"というのが女王の考えでした。ほとんど誰もいなくなった大広間に置かれた椅子の上で、蟹が一人で人を待っている光景は、とてもシュールでした。蟹なのに"一人"と言っていいのかどうかは分かりませんが、一匹と言うのもひどい気がするので、とりあえず"一人"と記しておくことにします。
大広間のオーケストラは、相変わらずモーツァルトの『フィガロの結婚』を演奏していました。カルキノスは初めのうちは、音楽に合わせてハサミを少し動かしたりして、それなりに気分が良さそうでした。しかし、いつまで経っても『フィガロの結婚』ばかり演奏しているので、カルキノスの甲羅に、こんな文字が浮かび上がりました。
「イイカゲン ホカノキョクモ ヤッテヨ」
しかし、言うまでもないことですが、オーケストラの人達からは甲羅の文字はまったく見えないので、カルキノスはひたすら『フィガロの結婚』を聴き続けるしかありませんでした。




