文吉の行方
文吉の遺体の手がかりを探すため、根古は再び坂上に会うことにした。
坂上はすでに、一石の監督下で、証言の見返りにある程度の保護を受けていた。
可児市内の小さなアパートで、根古と由紀子を迎えた。
「文吉という人物について、何か知っていることはあるか」根古は単刀直入に聞いた。
坂上は、しばらく考えてから答えた。
「俺がその名前を初めて聞いたのは、義一さんの下で働き始めてしばらく経ってからです」坂上は言った。
「義一さんが、時々、酒に酔うと、その名前を口にしていました。『文吉のことは、すまなかった』と」 「義一が、文吉の失踪に関わっていたということか」 「詳しいことは、俺には分かりません」坂上は言った。
「ただ、義一さんは、義雄さんのやり方に、複雑な感情を持っていたようでした。表では従いながら、裏では、何とか被害を減らそうとしていたような節がありました」
「文吉の遺体が、どこにあるか、心当たりは」 坂上は首を振った。
「それは、本当に知りません」坂上は言った。「ただ……昔、義一さんの車に乗せてもらったとき、御嵩の山の方を通ったことがあります。義一さんが、その辺りを見ながら、『あそこは、もう誰も入らない』と呟いたのを覚えています」
「御嵩の、どの辺りだ」 「詳しい場所までは分かりません」坂上は言った。
「ただ、古い炭焼き窯の跡がある山だったと思います」
*
根古と由紀子は、御嵩町の山中を、地元の郷土史家の協力を得て調べることにした。
古い炭焼き窯の跡は、町内にいくつか点在していたが、坂上の記憶を頼りに絞り込んだ結果、一つの場所が浮かび上がった。
木曽川の支流沿いにある、廃業して久しい炭焼き場だった。
雨月を通じて、警察の協力を仰ぎ、正式な捜索が行われることになった。
根古、由紀子、雨月、そして地元の消防団員数名が同行した。
炭焼き窯の跡は、崩れかけた石積みだけが残る、寂れた場所だった。
周辺を丹念に調べていくうちに、窯の裏手、斜面を少し登った場所に、不自然に石が積まれた一角が見つかった。
「ここだ」雨月が言った。「掘ってみましょう」
鑑識と作業員による発掘が始まった。 根古は、少し離れた場所で、その様子を見守っていた。
二時間ほどが経った頃、作業員の一人が手を止めた。 「見つかりました」
根古は近づいた。 土の中から、白骨化した遺体の一部が現れていた。
傍らに、錆びついた腕時計と、朽ちかけた眼鏡のフレームが一緒に埋まっていた。
雨月が慎重に確認した。
「身元の特定には時間がかかりますが……状況からして、文吉さんの可能性が高いです」
根古は、その場に立ち尽くした。
四十六年間、行方不明のまま放置されていた人間が、ようやく見つかった。 だが、それは喜びではなく、静かな悲しみだった。
*
数日後、DNA鑑定の結果が出た。 遺体は、根古文吉のものと確認された。
根古は、文吉の遺族??可児市内に住む、文吉の娘にあたる女性に、直接会って報告した。
文吉の娘、根古加代は、六十代半ばになっていた。父の失踪当時、彼女はまだ十代だったという。
「四十六年間、待ちました」加代は、涙をこらえながら言った。
「母は、十年前に亡くなりました。父が見つかったことを、知らせてやれなかったことが、悔しいです」 「申し訳ありません」根古は頭を下げた。
「もっと早く、真相にたどり着けていれば」 「いいえ」加代は首を振った。
「あなたが調べてくれなければ、父は、あのまま山の中に、ずっと埋もれたままだったでしょう。感謝しています」
根古は、加代に、文吉が調べていた内容??木下清一の生存と、義雄による戸籍改竄について、可能な範囲で説明した。
「父は、誰かのために、真実を調べていたんですね」加代は静かに言った。
「そうです」根古は言った。
「そして、それが原因で、命を落とすことになった」 「無駄死にじゃなかった、と思っていいですか」加代は根古を見た。 「無駄死にじゃありません」根古は言った。
「四十六年経って、真実が分かった。それは、文吉さんが正しいことをしようとした証です」
加代は、静かに頷いた。
*
その夜、根古は木曽川の土手を、一人で歩いていた。
由紀子から電話があった。 「義雄さんに、直接、文吉さんの件を確認しますか」由紀子は聞いた。 「認知症が進んでいる。証言としての価値は薄い」根古は言った。
「だが、一度は聞いてみる必要がある」 「明日、施設に行きますか」 「行こう」根古は言った。
「これで、本当に最後だ」
根古は電話を切り、川の流れを見つめた。
五十年前の火事、五年前の父の死、そして四十六年前の文吉の失踪。 全てが、義雄という一人の男を中心に、絡み合っていた。




