木曽川の朝
康介は、翌朝早くに雨月のもとへ出頭した。 自供の内容は、坂上の証言と一致した。
五年前の夜、木曽川の土手で口論になり、腕を掴んだ拍子に昌也が足を滑らせ転落したこと。
故意の殺意までは認定されず、過失致死として扱われることになった。
康介は弁護士を立てず、淡々と事実を話したという。
根古はその報告を、雨月から電話で聞いた。 「起訴されるでしょう」雨月は言った。
「量刑がどうなるかは、これからです。ただ、あなたが望むなら、意見書を出すこともできます」 「望まない」根古は言った。
「裁判所が決めることだ。俺が口を出すことじゃない」 「分かりました」
電話を切ったあと、根古はしばらく、川を見ながら煙草を吸った。
五年間、事故だと思って過ごしてきた父の死に、ようやく答えが出た。
だが、答えが出たからといって、何かが晴れやかになるわけではなかった。むしろ、重さが形を変えただけのようだった。
*
その週末、西野の教会に、また人が集まった。 今度は、事件のためではなかった。
モーシェと節子が並んで座っていた。節子はすでに、清一のことをモーシェに話していた。
モーシェは驚いた様子もなく、ただ静かに節子の手を握っていたという。
「六十年前のことだ」モーシェは根古に言った。「節子を責める気にはならない。むしろ、よく今まで一人で抱えてきたと思う」
片桐は、教会の隣に小さな部屋を借りて、しばらくここに留まることにしたという。
「もう逃げる理由がない」片桐は言った。「西野の飯は悪くない」 西野が苦笑した。
ダニロは、ボリスの証拠の写しを持って、ウクライナの父のもとへ帰ることになっていた。 「祖父のことが、ようやく分かった」ダニロは根古に言った。
「父に伝えます。祖父は、正しいことをしようとして死んだと」 「伝えてくれ」根古は言った。「それと??また日本に来ることがあれば、寄れ」 「そうします」
美也子も教会に顔を出した。兄の逮捕を、静かに受け止めていた。
「兄は、ようやく祖父の呪縛から解放されたのかもしれません」美也子は言った。「皮肉な話ですが」
根古は星野由紀子からの連絡も受けていた。
康介から受け取ったUSBの記録は、然るべきルートを通じて、政界の血筋にも届けられたという。
「時間はかかりますが、ネットワークは終わります」由紀子は電話でそう言った。
「根古さん、ありがとうございました」 「礼を言われることじゃない」根古は言った。
「あんたも、これで一区切りか」 「まだです」由紀子は少し笑った。「次の案件が、もう見つかりました」 「懲りないな」 「性分です」
*
教会の外で、根古は一人、木曽川を見ていた。
朝の光が、川面に反射している。五十年前も、五年前も、この川は同じように流れていた。
西野が隣に来た。 「昌也さんも、これで浮かばれるかな」西野が言った。
「分からない」根古は言った。「浮かばれるかどうかより、真実が分かったことに意味がある。親父がどう思うかは、もう聞けない」 「そうだな」
根古はポケットから、義一が昌也に宛てた手紙を取り出した。 もう一度、読み返した。
――俺にできることは、これだけだ。
義一もまた、兄を止められず、そして息子の罪を知りながら、それでも守ろうとした。
誰もが、誰かを守ろうとして、結局は守り切れなかった。
五十年という時間の中で、それぞれの人間が、それぞれの形で敗れていった。
根古は手紙を折りたたみ、ポケットに戻した。
「これで、終わりか」西野が聞いた。 「終わりだ」根古は川を見たまま言った。
「少なくとも、俺が知るべきことは、全部知った」
川の向こうで、鳥が飛び立った。
根古はしばらくそれを見送ってから、車に向かって歩き出した。




