旧知の持ち込み Grateful Days
朝、根古が軽自動車のエンジンをかけた瞬間、スピーカーからビートが来た。
Dragon ASHのGrateful Daysだった。
??どんな時も俺は俺らしく生きていくだけ。
根古は少し目を閉じた。それからシートベルトを締めた。
今日は体調がいい。右手の熱が朝から安定していた。守護霊たちも穏やかだ。
軽自動車が走り出した。一月の可児の空は青かった。山が白く霞んでいた。
信号待ちで、根古は窓を少し開けた。冷たい空気が入ってきた。
??Grateful Days。感謝の日々。
??今日は、何に感謝するか。
ヤマトが今朝、玄関で見送りをした。いつも通りだった。それで十分だった。
曲のラップパートが流れた。
根古は口を動かさなかったが、頭の中では歌詞を追っていた。
三十年前、この曲が出たとき、根古は二十代だった。こんな歳になっても、まだ聴いている。
??俺らしく、生きていくだけ。
引きこもりの能力者が、軽自動車でラクカへ向かう。それが根古の「俺らしく」だった。
ラクカに入ると、すでに何人かいた。
江戸川が手帳を開いて何かを書いていた。安藤がコーヒーを飲んでいた。遠藤が窓際でスマートフォンを見ていた。
根古が座ると、江戸川が顔を上げた。
「今日、何聴いてきましたか」
「Dragon ASHです」
「Grateful Daysですか」
「なぜわかりますか」
「根古さんの朝の顔が、いつもより少し穏やかだったので。あの曲の感じがした」
安藤が横から言った。
「Dragon ASHか。俺もよく聴いていた」
「安藤さんも好きなんですか」と遠藤が顔を上げた。
「Grateful Daysが出たとき、俺は警察学校にいた。同期のやつがよく流していた」
「警察学校でDragon ASH」と江戸川が少し笑った。
「おかしいですか」
「おかしくないです。いい話だと思いました」
遠藤が言った。
「俺はDragon ASH知らないんですが、Grateful Daysって??どんな曲ですか」
江戸川が答えた。
「ヒップホップとロックが混ざった感じで、ラップパートがあって??簡単に言うと、『今日という日に感謝する』という曲です」
「ラップがあるんですか」と遠藤が少し身を乗り出した。
「ゲストラッパーが入っています。Zeebra というラッパーで??」
「Zeebra! 知ってます。日本語ラップの大御所ですよね」
「そう。その組み合わせが、1999年に出た曲で??」
「安藤さんも好きなんですか」と遠藤が顔を上げた。
「Grateful Daysが出たとき、俺は警察学校にいた。同期のやつがよく流していた」
「警察学校でDragon ASH」と江戸川が少し笑った。
「おかしいですか」
「おかしくないです。いい話だと思いました」
遠藤が言った。
「俺はDragon ASH知らないんですが、Grateful Daysって??どんな曲ですか」
江戸川が答えた。
「ヒップホップとロックが混ざった感じで、ラップパートがあって??簡単に言うと、『今日という日に感謝する』という曲です」
「ラップがあるんですか」と遠藤が少し身を乗り出した。
「ゲストラッパーが入っています。Zeebra というラッパーで??」
「Zeebra! 知ってます。日本語ラップの大御所ですよね」
「そう。その組み合わせが、1999年に出た曲で??」
北村が来たのは、十時を過ぎた頃だった。
リュックを背負って、いつもと同じ表情で入ってきた。ただ、目の下にわずかに隈があった。
「昨夜も作業していましたか」と根古が聞いた。
「朝四時まで」と北村は言った。平然と。
「体を壊しますよ」と江戸川が言った。
「AIは止まりませんが、私が止まるとAIに指示できなくなるので??適度に寝ます」
「適度、というのは何時間ですか」
「四時間あれば動けます」
遠藤が首を振った。
北村がPCを開いた。
「被害者の特定作業、昨夜で百十二名まで進みました。うち四十三名は現在も所在不明です。残りは帰国済みか、別の国に移動している可能性があります」
「所在不明の四十三名は」と安田が聞いた。今日も来ていた。
「各国の捜査機関と共有する必要があります。NSAを通じて動いてもらえますか」
スティーブが頷いた。
「動かします。昨日、本部に報告しました。内部の件も含めて」
「内部の件は??どうなりましたか」と根古が聞いた。
スティーブは少し間を置いた。
「対象の人物は、昨夜、本部で身柄を確保されました。三十年のキャリアを持つ同僚でした」
静かな声だった。感情を押し込んでいる声だった。
「スティーブさん」と根古は言った。
「大丈夫です」とスティーブはすぐ言った。「仕事として、処理します」
「今夜、温泉に来ますか」
スティーブが根古を見た。
「……温泉、ですか」
「体調管理の基本です。あなたも体調を整えた方がいい」
スティーブはしばらく考えてから、小さく笑った。
「行きます」
「護衛の方は、外で待ってもらってください」
「カルロスは温泉、好きかもしれない」
「それはカルロスさんの自由です」
江戸川が手帳に書いた。
??NSA幹部と根古さん、温泉へ。
書いてから、笑いをこらえた。
露天風呂に、ふたりで入った。
カルロスは結局来た。ホセは外で待った。
湯の中でスティーブは目を閉じた。
「……いいな、これは」
「そうでしょう」
「アメリカに温泉はないことはないが??こういう雰囲気じゃない」
「露天で、冬の空気と湯のバランスが大事です」と根古は言った。
しばらく、ふたりで黙っていた。
スティーブが言った。
「根古さん。君は大学卒業後、ずっと可児にいるのか」
「ほとんどそうです」
「なぜ、ここに」
「最初は、帰省してそのまま居ついた感じです。ただ??守護霊たちが、ここを離れるなと言うので」
守護霊が、場所を指定するのか」
「指定、というより??ここにいると、彼らの声がよく聞こえる。場所との相性があるらしい」
スティーブは湯の中で腕を伸ばした。
「俺は三十年、世界を動き回った。場所との相性なんて考えたことがなかった」
「考えてみてください。どこが一番、自分の声が聞こえますか」
スティーブはしばらく考えた。
「……わからない。ずっと動いていたから」
「いつか見つかります」と根古は言った。「体調のいい日に、探してみてください」
スティーブは笑った。
「体調のいい日に??か。君はよくその言葉を使う」
「大事なことだから」
露天風呂の奥から、カルロスの声がした。日本語で、たどたどしく。
「……き、気持ちいい、です」
根古とスティーブが同時に振り返った。
カルロスが岩の陰で、満面の笑みで湯に浸かっていた。
スティーブが英語で言った。
「Carlos, you speak Japanese?」
「A little, sir. I've been studying.」
根古はコーヒーを飲む代わりに湯を一口飲みそうになって、やめた。
三人で、冬の夜空の下、しばらく湯に浸かっていた。
??守護霊たちが、今夜は楽しそうだった。
??珍しいことだ、と根古は思った。
帰宅すると、ヤマトが玄関で待っていた。
根古はヤマトを抱き上げた。
スマートフォンを開いて、プレイリストにDragon ASHを追加した。
Grateful DaysとともにViva La Revolutionも入れた。それからWish Upon A Starも。
??Dragon ASHは、怒りと感謝が同時にある音楽だ。今の自分に合っている気がする。
布団に入って、イヤホンをつけた。
Grateful Daysが流れた。
ヤマトが膝に来た。重い。温かい。
??今日という日に感謝する。
??御嵩の地下を押さえた。北村が百十二名を特定した。
スティーブが内部の件に決着をつけた。カルロスが温泉で「気持ちいい」と言った。
それで十分だった。
曲が続いた。
根古は目を閉じた。指先がわずかに布団の上でリズムを取った。
可児の夜が、静かに、しかし確かに、流れていた。
今回の最大の見どころは**カルロスの「気持ちいい、です」**です。
三十年のNSAキャリアを持つ幹部と引きこもり能力者が露天風呂に浸かっているところへ、護衛が日本語を勉強していて満面の笑みで登場。朝のGrateful Daysが「今日という日に感謝する」というテーマで章全体を包み、夜にViva La RevolutionとWish Upon A Starをプレイリストに追加する根古の姿で締めました。
根古の「体調のいい日に探してみてください」という返し、このコンビの対話が深まってきました。




