表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/56

旧知の持ち込み 波紋


波紋


【 数日後 午前 根古の自宅 】

根古が布団の中でスマートフォンを見ていると、北村からメッセージが来た。


??「データ解析、第一フェーズ完了しました。ラクカに来られますか。安田警視も来ます」


ヤマトが根古の顔を見た。


「行きます」と根古はヤマトに言った。


ヤマトはそっぽを向いた。


着替えながら、根古はプレイリストを流した。

スヌープ・ドッグのDrop It Like It's Hotが流れ始めた。ヤマトが耳を立てた。


「あなたはここで待っていてください」と根古は言った。


ヤマトはまたそっぽを向いた。


【 同日 午前 茶店ラクカ 】

北村はPCを三台並べていた。


ラクカにそれだけのスペースはなかったが、太田がテーブルを動かして場所を作った。

何も言わずに。


安田、雨月、スティーブ、江戸川、安藤、星野、根古が集まった。


北村が話し始めた。


「解析の結果を報告します。御嵩のサーバーから取得したデータは、大きく三つに分類されます」


北村は画面を全員に向けた。


「一つ目は取引記録。八年間、アジア十二カ国で行われた人身売買の詳細記録。

被害者数は現時点で確認できているだけで三百四十七名。実態はそれを超える可能性があります」


場が静まった。


「二つ目は資金の流れ。エスメディカルを経由した資金が、どこへ行ったか。

国内では二十三名の政財界人への流入が確認されました。

うち現役は十一名。六名は複数回にわたる受領歴があります」


「六名の名前は」と安田が言った。


「資料をお渡しします。ここでは言いません」


安田は頷いた。正しい判断だと根古は思った。


「三つ目が??」


北村は少し間を置いた。


「スティーブ幹部の件です」


全員がスティーブを見た。スティーブは表情を変えなかった。


「幹部の周辺に情報漏洩があった、という私と遠藤の仮説??データで確認できました。

NSA内部の特定の人物が、この組織と三年間にわたって連絡を取っていた記録があります」


スティーブがゆっくり言った。


「名前は」


「お伝えします。ただし、幹部に直接お渡しする形で」と北村は言った。

「ここで言うべき名前ではありません」


スティーブは北村を見た。それから根古を見た。


「根古さん。北村は正しいですか」


「正しいと思います」と根古は言った。


スティーブは深く息を吸った。


「……わかった」


スティーブが根古を路地に呼んだ。


ふたりで、冬の路地に立った。


「根古さん」とスティーブは言った。日本語で、静かに。

「私の部下が裏切っていた可能性がある。それを、二十代の女の子が見つけた」


「北村さんは優秀です」


「そうだ。……恥ずかしい」


「なぜですか」


「幹部として、気づけなかった。三年間」


根古はしばらく考えてから言った。


「気づけない理由が、あったんだと思います。信頼していた人間だったから」


スティーブは空を見た。一月の空は高く、青かった。


「大学の頃、君はよく言っていた。


『見えないものより、見えているものを大切にしろ』と」


「そんなことを言いましたか」


言っていた。私は忘れていた」


根古は右手を少し見た。熱くはなかった。


「今、見えているものを大切にしてください」と根古は言った。

「北村さんと遠藤さんが、あなたを守ろうとして動いた。それが見えているものです」


スティーブは根古を見た。


「……ありがとう、根古さん」


「礼は結構です」


「受け取ってくれ」


根古は少し間を置いてから言った。


「では、ラクカのコーヒーをおごってください。太田さんのコーヒーは本物なので」


スティーブは笑った。大きく、心から笑った。


「わかった。何杯でも」


北村は縁側に座っていた。


新しいアパートの縁側は狭かったが、日が当たった。

PCを膝に置いて、コードを書いていた。


遠藤が来た。


「仕事してるのか」


「データの第二フェーズです」


「今日、終わったんじゃないのか」


「第一フェーズが終わっただけです。まだ被害者の特定作業が残っています。

AIで名前と写真をマッチングしていますが、時間がかかります」


遠藤は縁側の端に座った。


「北村。幹部の裏切り者の名前、わかったとき??怖くなかったか」


「……怖かったです」と北村は言った。

「画面に名前が出たとき、手が止まりました」


「だよな」


「でも??」


北村はPCから目を上げた。


「三百四十七名の記録を見た後では、怖いとか怖くないとか、言っていられない気がしました」


遠藤はしばらく黙っていた。


「……俺も同じだ」


ふたりで、しばらく縁側から外を見た。


路地の向こうに、江戸川探偵事務所の看板が見えた。


「隣、探偵事務所なんだな」と遠藤が言った。


「縁があるようです、この街では」と北村は言った。


「縁??AIで説明できるか、そういうの」


「できません」と北村は即答した。「でも、あると思っています」


遠藤は少し笑った。


「北村がそう言うなら、あるんだろうな」


冬の夕陽が、縁側に当たっていた。


根古は布団に入って、イヤホンをつけた。


今日はエミネムではなかった。


ボブ・マーリーのRedemption Songを流した。


ヤマトが来た。膝の上に乗った。重い。温かい。


??三百四十七名。名前のある人たち。名前がまだわからない人たち。


??北村が、AIで一人一人を特定しようとしている。


アコースティックギターの音が流れた。


??Redemption Song。解放の歌。


根古は目を閉じた。


守護霊たちが、今夜は穏やかだった。

右肩の古い霊が、静かに寄り添っていた。


??まだ終わっていない。政財界への波及。NSA内部の裏切り者。

上部組織の全容。


??でも今夜は、少し休む。


ヤマトが根古の胸に顎を乗せた。


Redemption Songのサビが流れた。


??Emancipate yourselves from mental slavery. None but ourselves can free our minds.


根古は英語の歌詞の意味を、大学の頃から知っていた。


??自分の心は、自分で解放する。


可児の夜が、静かに更けていった。















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ