表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/57

旧知の持ち込み 御嵩の地下

夜明け前から、人が動いていた。


麻尋が先行して現場周辺を確認した。昨日停まっていた車は、消えていた。


麻尋はすぐ全員にメッセージを送った。


??「車、消えています。移動したか、察知されたか」


北村がPCから返信した。


??「通信パターンを確認中。昨夜十一時以降、発信が止まっています。逃げた可能性があります」


安田が全員に指示を出した。


??「予定通り動きます。データが残っていれば十分です。令状は六時に出ます」


根古は廃工場跡地から百メートルほど離れた場所に停めた車の中にいた。

江戸川が助手席にいた。


根古は右手を前に出した。


??熱い。強い反応だ。人の気配はない。だが??何かが残っている。

記憶のようなものが、地下から滲み出てきている。


「誰かいますか」と江戸川が小声で聞いた。


「人はいない。でも、データは残っています」


「確信できますか」


「体調がいいので」


江戸川は手帳に書いた。


午前六時三十分、安田と雨月が令状を持って現場に入った。

山本と平が後に続いた。安藤は南の逃走ルートに、遠藤は北に配置されていた。

カルロスとホセが外周を動いていた。


スティーブは根古の車の後部座席にいた。


「ネコ??根古さん。緊張していますか」とスティーブが言った。


「しています」


「私もです」


根古はスティーブを振り返った。

NSAの幹部が、正直に緊張していると言っていた。


??この男は、三十年経っても変わっていない部分がある。


地下への入口は、錆びた扉の裏にあった。


安田と雨月が先に降りた。山本と平が続いた。


地下は思ったより広かった。コンクリートの壁、低い天井。

かつては何かの貯蔵庫だったらしく、棚の跡が残っていた。


そして??サーバーラックが四台、壁際に並んでいた。電源ランプが緑色に点灯していた。


「生きています」と山本が言った。


「北村さんに連絡してください」と安田が言った。


雨月がメッセージを送った。三十秒で北村が現場に来た。

リュックからケーブルとノートPCを取り出し、サーバーに接続した。


指が動いた。画面に数字とコードが流れた。


「アクセスできます」と北村は言った。声が少し変わっていた。

「……量が、思ったより多い」


「何が入っていますか」と安田が聞いた。


「取引記録、人物データベース、連絡先リスト??それから??」


北村の手が止まった。


「動画ファイルが大量にあります。サムネイルを確認すると??監視映像のようです。

複数の場所、複数の時期のものが」


平が近づいて画面を見た。一瞬、顔が固くなった。


「……被害者の記録ですか」と平が言った。


「可能性が高い」と北村は静かに言った。「全データのコピーを取ります。時間をください」


安田は立ったまま、部屋を見回した。


??三年間、NSAが追ってきた組織の記録が、ここにある。可児の、小さな廃工場の地下に。


雨月が安田に小声で言った。


「日本人の名前は、出てきますか」


「北村さんに聞いてください」


北村は画面を見ながら答えた。


「出てきます。政財界の人間が、少なくとも十七名。現在も現役の方が含まれています」


地下室が、しんと静まった。


山本が静かに言った。


「……大きいですね、これ」


「大きい」と安田は言った。

「だからこそ、ここで止めなければならなかった」


-----------------------


根古が車を降りたのは、地下の状況報告を受けてからだった。


廃工場の前に立った。冬の朝の空気が頬に冷たかった。


右手を建物に向けた。


??地下から、重いものが滲み出てくる。怒りでも悲しみでもなく??痛みだ。

大勢の人間の痛みが、データになって、ここに閉じ込められていた。


根古は目を閉じた。


??名前のない人たちの記録が、ここにある。取引された人間の記録が。


右肩の古い霊が、静かに押してきた。今日は言葉がなかった。ただ??重さがあった。

共に背負う、という感触だった。


江戸川が隣に来た。


「何か見えましたか」


「見えました。言葉にはならない部分が多い。ただ??大勢の人間の痛みが、ここにありました」


江戸川は手帳を開いて、一行だけ書いた。


??根古さんが「大勢の痛みがあった」と言った。


それだけで十分だった。


スティーブが根古の反対側に来た。廃工場を見上げながら言った。


「三年前、この組織を追い始めたとき??私は数字とデータしか見ていなかった。被害者の人数、金額、ルート。でも君は今、痛みを感じた」


「あなたも感じているはずです」と根古は言った。


「……感じています。ただ、仕事中は蓋をする癖がある」


「今は仕事中ではないかもしれない」


スティーブはしばらく黙っていた。


それから、静かに言った。


「君に会いに来て、良かった」


根古は答えなかった。でも、右手の熱が少し、穏やかになった。



安藤が南の逃走ルートで待機していたとき、一台の車が来た。


速度が速かった。逃げている、と安藤はすぐわかった。


安藤は自分の車を横向きに停めた。道を塞いだ。


相手の車が止まった。男が二人、降りてきた。


安藤は車から降りた。百八十七センチ、九十八キロ。コートを脱いだ。


男たちが安藤を見た。


一人が後退した。もう一人も後退した。


「動くな」と安藤は言った。低い声で、一言だけ。


男たちは動かなかった。


一分後、雨月の車が来た。山本と平が降りてきて、手錠をかけた。


安藤はコートを着た。


山本が安藤を見て言った。


「何もしていないのに、なぜ止まったんですか、あの人たち」


「圧です」と安藤は言った。


「……三年間のトラック運転手生活で、その圧は落ちませんでしたね」


「体が覚えていました」


平が手錠をかけながら小さく笑った。



村田は朝からラクカにいた。


太田とふたりで、コーヒーを飲みながら、スマートフォンを見ていた。全員からの報告が、少しずつ入ってきた。


??「地下、確保。データあり」


??「南ルート、二名確保」


??「北ルート、異常なし」


??「外周、クリア」


村田は太田を見た。


「うまいこといってるみたいや」


「そうですね」と太田は言った。カップを磨きながら。


「太田さんは、心配しないんですか。みんなのこと」


太田は少し考えてから言った。


「心配しています。ただ??心配しても、コーヒーを切らすわけにはいかない」


村田は笑った。


それ、ええ言葉やな」


「そうですか」


「動画にしていいですか」


「やめてください」


村田はまた笑った。


しばらくして、最後のメッセージが来た。根古からだった。


??「終わりました。これからラクカに戻ります」


村田はそれを太田に見せた。


太田は頷いて、新しい豆を挽き始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ