旧知の持ち込み 温泉と作戦
温泉でのサイコメトリー??御嵩の地下に大量の取引記録と日本の政財界の名前が含まれるデータが保管されている、という重大な情報を根古が掴みます。北村のAI解析と一致するという「デジタルとアナログの同時証明」
根古は湯の中で目を閉じた。
一月の露天風呂は冷えていた。湯気が白く立ち上り、空に溶けていく。平日の朝、客は少ない。岩の縁に頭を預けて、根古はゆっくりと体を緩めた。
??守護霊たちが、近くなってくる。
右肩の古い霊が、昨日から強くざわめいていた。大きな動きが近い、という気配。左側の女の霊も、珍しく落ち着かない感じがあった。
湯に浸かって三十分が経った頃、右手に熱が通った。
??御嵩町。廃工場跡地の地下。麻尋が確認した場所。そこに??何かがある。人ではない。データだ。大量の記録。名前、数字、写真??
映像が断片的に来た。
??アジアの複数の国。顔写真が並んでいる。取引記録。金額。日付。そして??日本人の名前がいくつか混じっている。政財界の人間らしい。
根古は目を開けた。
湯気の向こうに、冬の青空があった。
??エスメディカルが潰れても、データは消えていなかった。誰かが保管している。御嵩の地下に。
根古は湯から上がった。
脱衣所でスマートフォンを取り出し、北村にメッセージを送った。
??「御嵩の発信源に、大量のデータが保管されている可能性があります。取引記録と関係者リスト。日本の政財界の名前も含まれているかもしれない」
送信して三十秒で返信が来た。
??「AIの解析と一致します。発信源からのデータ量が、通信設備だけでは説明できない容量でした。ストレージが現地にあると推測していました。確認します」
根古は次に安田にメッセージを送った。
??「明日、動けます。御嵩の件、準備をお願いします」
返信は一分後に来た。
??「了解しました。ラクカで午後二時、作戦会議を。全員に声をかけます」
??全員、か。
根古は温泉施設の休憩室でコーヒーを飲みながら、少し目を閉じた。
??太田さんのコーヒーの方が旨い。
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作戦会議、という言葉が似合う場所ではなかった。
コーヒーの香りがして、猫の置物が棚に並んでいて、マスターが静かにカップを磨いている。だがテーブルには地図とノートPCと手帳が広がり、十五人近くが集まっていた。
安田警視が立って話した。
「御嵩町の廃工場跡地。地下に通信設備と大容量ストレージがある可能性が高い。根古さんの情報と北村さんの解析が一致しています。明日の朝、令状を取り、午前中に現場を押さえます」
「組織の人間は現場にいますか」と遠藤が聞いた。
「週二回の通信タイミングから、次は明後日の夜と推定されます。ただし??動きを察知した場合、前倒しで来る可能性があります」と北村が言った。PCを見ながら、淡々と。
「察知されていますか」と安藤が聞いた。元刑事の目だった。
「麻尋さんが現地を確認したとき、目立った動きはありませんでした」と平が言った。「ただ、現場から二百メートル先に、昨日から停まっている車があります。私が確認しました」
安田が平を見た。
「いつ確認しましたか」
「今朝の通勤前に。個人的に」
「……ありがとうございます」と安田は言った。山本が平を横目で見て、小さく頷いた。
遠藤が地図を指した。
「車の位置から、逃走ルートは二つ。北に抜けて美濃加茂方面か、南に下りて可児川沿いか。どちらも私と安藤さんで塞げます」
「待ってください」と江戸川が手を挙げた。「私は何をしますか」
「記録です」と根古が言った。
「記録、というのは」
「あなたは見たことを正確に覚えている。何かあったとき、それが必要になります」
江戸川は少し考えてから手帳を開いた。
「わかりました。記録します」
スティーブが英語で言った。
「カルロスとホセは外周の警戒を担当します。正式な動きではないが??黙って見ているわけにはいかない」
安田はスティーブを見た。一秒考えてから言った。
「お願いします」
星野が静かに言った。
「私たちは」
「シロで待機してもらえますか」と根古が言った。「何かあったとき、動ける車が要ります」
「運転は私がします」と千紗都が言った。即座に。
「麻尋さんには、地元地理の案内をお願いします」と安田が言った。「この地域で、あなたほど土地勘のある人間はいない」
麻尋は静かに頷いた。
雨月が根古を見た。
根古さんは?」
「現場の近くにいます。何かが見えるかもしれない」
「体調は」
「今日の温泉で整えました」
安田が全員を見回した。
「質問はありますか」
村田が手を挙げた。
「俺は?」
「村田さんは??」と根古が少し考えた。
「情報拠点としてラクカに残ってください」と根古は言った。「太田さんと一緒に、連絡を受ける役割を」
「ラクカで待ってるだけか!」
「村田さんがいると、太田さんが一人にならない。それが大事です」
村田はしばらく黙った。
「……わかった。でも全部終わったら、教えてくれよ」
「もちろんです」
太田がカウンターの中から言った。
「村田さん、明日は朝から来てください。コーヒー、付き合います」
「太田さん……ありがとう」と村田は少し照れた顔で言った。
安田が小さく息を吐いた。
??この集団は、一体何なんだ。
だが、不思議と、頼もしかった。
ヤマトが布団の上で根古を待っていた。
根古が横になると、すぐ膝の上に来た。重い。温かい。
??明日、動く。
今日の温泉で、体調は整った。右手の熱が安定している。守護霊たちは静かに、しかし確かにそこにいた。
スマートフォンにメッセージが来た。江戸川からだった。
??「根古さん。明日、怖くないですか」
根古は少し考えてから返信した。
??「怖いです。ただし、体調のいい日は、少し怖さが減ります」
江戸川からすぐ返信が来た。
??「それ、なんか好きです。おやすみなさい」
根古はスマートフォンを置いた。
ヤマトが根古の胸に顔を埋めた。
「明日は一人にしてしまいます」と根古は言った。「すみません」
ヤマトは答えなかった。ただ、根古の胸でゆっくりと呼吸した。
??この猫と、この街と、この仲間たち。
??始まりはいつも、引きこもりと黒猫だけだった。
根古は目を閉じた。
一月の可児の夜が、静かに更けていった。




