旧知の持ち込み 所轄の限界
安田警視の登場シーン??「プライドより結果を取る人間の格は高い」上から指示を受けてきた警視が、民間グループとの協力を即決する器の大きさ。
所轄の限界、警視の登場
雨月雅之は朝から頭が痛かった。
昨夜、根古からの情報をまとめて上に上げた。北村のAI解析による通信発信源三点、エスメディカル残党の推定居場所、そしてNSA幹部・スティーブ・ヘイブンスが可児に来ているという事実。
上司の反応は、予想通りだった。
??「それは所轄で扱える案件ではない」。
そうだ。わかっている。わかっているから頭が痛い。
山本彩織が雨月の机に来た。
「雨月さん。昨夜の報告、上はどう言いましたか」
「所轄案件ではない、と」
「では、誰の案件ですか」
「それが問題だ。NSAが絡むとなると、警察庁か公安になる。だがそこまで上げると、現場の動きが止まる」
山本は腕を組んだ。
「根古さんたちは今も動いていますよね」
「動いている」
「私たちが止まったら、根古さんたちだけが前に出ることになる」
雨月は額を押さえた。
??それは困る。民間人??いや、あの面々を民間人と呼んでいいかどうかはともかく??が国際組織の残党と対峙する状況は、絶対に作りたくない。
そのとき、廊下が騒がしくなった。
知らない顔の男が、署長と並んで歩いてきた。五十がらみ、背が高く、スーツが仕立て良かった。表情が読めない顔をしていた。
署長が雨月を見つけて呼んだ。
「雨月。こちらは愛知県警本部の安田警視だ。今日から、可児署に来ていただく」
安田は雨月を見た。値踏みするような目ではなく、確認するような目だった。
「雨月警部補ですね。昨夜の報告書、読みました」
「……はい」
「よく書けていた。続けてください」
それだけ言って、安田は署長室へ向かった。
山本が雨月に小声で言った。
「あの人、何者ですか」
「警視だ」
「それはわかりますよ。なんで急に可児署に」
雨月はしばらく考えてから言った。
「……上から、NSA協力の指示が来たんだと思う」
山本は目を丸くした。
「NSAと、警察が、可児で協力するんですか」
「そういうことらしい」
山本は少し考えてから、手帳を出した。
「根古さんに報告した方がいいですね」
「今から行く」と雨月は立ち上がった。「山本、平を連れてきてくれ」
「平も?」
「今日から、この件は三人で動く。所轄として、できる範囲で」
安田警視は窓の外を見ながら話した。
声は低く、速くなかった。一言一言を確認するように話す人間だった。
「雨月警部補。正直に話します。この案件は、当初から警察庁の外事課と内閣情報調査室が把握していた。NSAとの連携も、水面下で動いていた。ただ??」
安田は雨月を見た。
「現場が動くより先に、根古という民間人を中心とした非公式グループが動いてしまった。そのおかげで千歳楼の件が解決した、という側面もある」
「根古さんたちを、どう見ていますか」と雨月は直接聞いた。
安田は少し考えた。
「邪魔だとは思っていない。ただし、今回の案件は規模が違う。エスメディカルの残党は、国際的な人身売買ネットワークの末端だった。その上部組織が、まだ生きている」
「上部組織??」
「アジア全域に広がっている。日本は通過点に過ぎなかった。NSAが追っているのは、その全体像だ」
雨月は静かに息を吸った。
??規模が、桁違いだ。
「根古さんたちには、どこまで話しますか」
「すべて話す」と安田は言った。「隠しても意味がない。あのグループは、すでに相当のことを知っている。むしろ、こちらが知らないことを知っている可能性がある」
雨月は少し驚いた。
「警視が、民間人を……」
「私は結果を出したい。プライドより結果です」
安田は立ち上がった。
「ラクカという茶店に連れていってください。根古さんに、直接会いたい」
平圭は廊下で雨月を待っていた。
二十四歳、小柄で、目が大きい。見た目は若いが、判断が速い。雨月が信頼している理由のひとつだった。
「平。今日から、特別な案件に入ってもらう」
「根古さんの件ですか」
「なぜわかった」
「麻尋さんから、御嵩町で何かを確認したと連絡がありました」
雨月は止まった。
「麻尋さんと連絡を取っていたんですか」
「たまに。街で会うので」
山本が隣で言った。
「平って、意外と広いんですね、繋がりが」
「歩いていれば自然に繋がります」と平は言った。
雨月は少し笑った。
「今日、安田警視もラクカに来る。心構えをしておいてくれ」
「警視が、ラクカに」と平は目を丸くした。「根古さん、驚きますかね」
「根古さんは、たぶん驚かない」と山本が言った。
「なぜですか」
「守護霊が先に教えていると思うので」
三人は廊下を歩きながら、小さく笑った。
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安田警視がラクカに入ったとき、すでに十人以上がいた。
根古、江戸川、安藤、北村、遠藤、星野、麻尋、千紗都。それに雨月、山本、平。
スティーブはカルロスとホセをラクカの外に待たせて、一人で入ってきた。
太田がテーブルを三つ繋げた。コーヒーを次々と出した。
安田が部屋を見回した。
??この顔ぶれは、なんだ。私立探偵、元刑事、NSA工作員二人、NSA幹部、元始末屋三人、探偵志望、AIエンジニア……そして引きこもりの能力者。
安田は根古の前に座った。
「根古さんですね。安田といいます。愛知県警本部から来ました」
「知っています」と根古は言った。
「……どこから」
「今朝から、右肩の霊がうるさかった。格の高い人間が来る、という気配でした」
安田は少し間を置いた。
「……格が高いかどうかはともかく」
「高いと思います」と根古は言った。「プライドより結果を取る人間の格は、高い」
安田が少し目を細めた。
「雨月から聞きましたか」
「いいえ。今、あなたから出ています」
場が静まった。
スティーブが英語で小声で言った。
「I told you he was something special.」
安田は少し深呼吸して言った。
「根古さん。すべて話します。この案件の全体像を」
「お願いします」と根古は言った。「太田さん、コーヒーをもう一杯いただけますか」
「はい」と太田は答えた。いつもと同じ顔で。
安田は静かに、話し始めた。
アジア全域に広がる人身売買ネットワーク。エスメディカルはその日本支部に過ぎなかった。持田逮捕で末端は潰れたが、上部組織は生きている。NSAが三年かけて追ってきた組織の、日本における拠点が??今もこの地域にある。
北村がPCを開いた。
遠藤が地図を広げた。
山本が手帳を開いた。
平が安田の隣に座り、静かにメモを取り始めた。
江戸川は手帳に書きながら、根古を見た。
??根古さんの右手が、静かに熱くなっている。
根古はコーヒーを一口飲んで、安田の話を聞いていた。
??大きくなった。可児の茶店から、国際組織まで。
??ただ、始まりはいつも同じだ。誰かが困っていた。それだけだ。
窓の外で、一月の可児川が流れていた。
帰宅すると、ヤマトが玄関で待っていた。
根古はヤマトを抱いて、窓際に座った。
??今日、大きな話を聞いた。アジア全域のネットワーク。三年がかりの捜査。所轄では荷が重い、という安田警視の言葉。
??荷が重い。確かにそうだ。ラクカの面々も、警察も、NSAも、それぞれが一部しか持っていない。
スマートフォンに北村からメッセージが来た。
??「御嵩町の発信源、麻尋さんが現地確認しました。廃工場跡地の地下に、通信設備らしきものがあると報告があります。AIの解析と一致します」
根古は返信した。
??「安田警視に共有してください。動くのは、体調のいい日に」
北村から即返信が来た。
??「根古さんの『体調のいい日に』は、いつですか」
根古は少し考えてから打った。
??「明日、温泉に行きます。その翌日かもしれません」
また返信が来た。
??「わかりました。AIは二十四時間稼働しています。準備が整い次第、連絡します」
根古はスマートフォンを置いた。
ヤマトが根古の膝から胸に移動した。顔を根古の顎に押しつけた。
「重い」と根古は言った。
ヤマトは動かなかった。
??明日、温泉に行く。体を整える。守護霊たちの声をよく聞く。そして??動く。
一月の夜空に、星が見えた。
可児の夜は、静かだった。
ラクカの顔ぶれが過去最大級になりつつある場面で、安田の内心「この顔ぶれはなんだ」。
そして核心??エスメディカルは「アジア全域の人身売買ネットワークの日本支部」に過ぎなかった。
いよいよ国際規模の戦いへ向かいます。




