約束、しましたよね?
織戸がこんなところに来なくいけなくなったのは、特科試験の前までさかのぼらないといけなくなるので端折る。端的に言えばCクラスの教室に勝手に入ってしまったことにあった。
「それでなんの用だ。まだ何か俺に要求するつもりなのか?」
「い、いえ。そんなことはないです。これは二人だけの約束ですから」
クラス間の関係とは関係なしに個人的な利害関係を結んだ二人。それの意図することは織戸には図れなかったが損をする内容ではなかったので結んだまで。未だにこの眠そうなやつが何を考えているかなんて
分かったものではない。
「そういえば、夏休みの合宿について聞きましたか?」
「そんな世間話をするために俺を呼んだんだとしたら俺は帰るぞ。お前みたいにいつも寝ているような暇人じゃないんだ」
「そ、それは失礼じゃないですか。私だって自分の目的のためにこの学園に入ったんですから。寝ているだけじゃないですよ」
そう言いながら今もあくびをして、手元にある枕を持ちながらうとうとしている。
本当に人の気持ちを逆なでするようなことをするやつだが、弱みを握られている以上下手なことはできない。織戸はクーラーの温度を一つ下げて机に置く。
「そうでした。お話をするために、呼んだんでした」
そろそろキレてもいいか?
寝るたびに記憶がリセットされるんだとしたら早急に病院に行ったほうが良い。
「織戸さんは合宿先をご存じですか?」
「知らん」
「冷たいですね……」
なら態度を改めてくれ。それくらいしないと優しくする気にはならない。
彼女は枕を手放して閉じかけの目を開ける。
「夏休みはそこで特科試験を行うみたいです。湯田川さんが喜んでました。次こそ一対一でAクラスを潰せるって」
「その湯田川ってやつ、なんでそんなに自信があるんだ。勝つ自信があるってことはそれなりの理由があるはずだが、お前は知ってるのか?」
「私も知らないです。でも試験によっては勝てるかもしれないと思ってます」
「そんなにか?」
「あの人は、話術だけでクラスをまとめ上げて、クラス委員長の座を鞍替えさせた人です」
そんなルールあったか?と思ったが、思い返せばあった。クラスの半数が認めればクラス委員長は帰ることができる。あれはよっぽど傍若無人な振る舞いをした人がいた時のための対策だと思っていたが、そんなカリスマ性が見出される為に使われるなんて思ってもみなかった。
「そんなにか。凄いな」
「だから、誰も彼に対して疑問を抱かないです。彼のすることの裏にはきっと成功が隠れていると信じて」
そういうクラスもあるんだな。うちとは大違いだ。設楽が盲目的に信じているやつなんてきっといない。あくまで彼女はまとめ役。全員の意見を均してくれるという意味ではきっと彼女以上の人物はいないだろうけれども。
「ところで、ここまで話を逸らしておいて何もないなんて落ちはないだろうな」
「………」
「おい、どうにか言ったらどうなんだ」
「Cクラスの委員長はもともと私だったんです」
無言のまま聞いていると続ける。彼女は言いづらそうにしていたが顔を上げる。
「もう少し、私に自信がつくようにしてくれませんか」
「それはなんだ、励ませってことか?」
「そ、そういうわけじゃないですけどただ自分に自信が持てなくなって。もちろん湯田川さんに私なんかが並び立つなんて大それたことをしたいとは思わないです。ただ私にもできることがあればそれを知りたいんです」
存在意義を知りたいってことか。さっきの話を聞く限りCクラスは湯田川のリーダー性が輝けば輝くほど他の生徒たちはその湯田川のクラスの一人という大きな括りの一人に落とされる。
彼女はその中で生きていくのが苦しいんだろう。俺としては別に何かに所属しているという感じはしないし、勝手に動いている節もあるのでもしかしたら設楽には感謝をしなくてはならないのかもしれないな。
「俺でもいいなら、少しづつ見つけて行こうか」
「本当に良いんですか?」
その目はキラキラと羨望の眼差しでこちらを見つめてくるのでなんだか困る。別にエキスパートでもなんだから良いことなんて言えない。
「そうだな。自分に自信が持ちたいんだっけか?」
「はい。私の特技と言ったらとにかく寝ることくらいしかないので。勉強も、運動も、からっきしです」
「どうやってこの学校に入れたんだよ」
至極真っ当なツッコミだが、それにも彼女は窮してしまうので扱いが難しい。雛鳥の世話をしている気分だ。
「なら課題を一つ作ればいいんじゃないか。例えば、次の試験合宿で何か自分の自己肯定感を高められるような課題を設定するとか。それこそ試験にもよるが湯田川に一つ意見を投げるみたいなのならいいと思うけどな」
「そんな、一蹴されたら立ち直れないです」
「そこは問題じゃないだろ。否定されてもいいからとりあえず意見を出すことが大切なんだよ。ただ従順になっていたら個性もなにもないだろ。もしそれを何度か繰り返していい感触を得られなかったら、その分野では自分は役には立てないと分かる。そしたらまた他の分野、情報収集をしてみるみたいなことをして自分の適性を見つける。難しくないはずだ。俺だって最初から上手くいってたわけじゃないんだから」
最初は織戸だって孤立していた。それを一夜たちは拾ってくれたんだ。それについては今も感謝しているし、あのままだったらきっと俺は今もクラスで一人だった。
「なるほど、分かり、ました」
彼女はデバイスをこちらに向けてくる。連絡先を交換しろということらしい。デバイスを重ねて見ると彼女とのチャット欄ができていた。そこには早速文章が打ち込まれる。
「次の目標:湯田川さんに意見する。あと、Dクラスには負けない」
「面白いな。負けねえよ」
「私もそのつもり、です」
彼女との答え合わせはまた先になる。しばらくは会うことはないだろうと教室を出るときに彼女の顔を見たが、既に眠りについていた。
本当に自由な奴だなと苦笑いしながら彼女が起きてしまわないようにゆっくりと扉を閉める。
少しだが、夏休みの楽しみが増えた。
「俺も負けてられないな」
夏が始まり、試験も始まる。
一学期の終わりでも気を抜くことはできない。
「暑いな」
織戸は額の汗を拭いながら、燦々と輝く太陽を見た。




