下剋上の時代〈小雪〉
上のお兄様方が行ってしまい、残った新月さんはニコニコしています。
「大くん、こことそこに小雪ちゃん、座って! 一緒に朝食をいただこうよ」
テーブルの上の食べ終わった食器はさっさと下げられて、私たちの朝食が運ばれて来ました。
お誕生日席に旦那様。そのすぐ前の左右にお兄ちゃんと私が向かい合って、私隣には新月さん。
美しい金色の模様の縁取りのお皿に盛り付けられた ふわふわの卵と茹でた野菜。暖かいスープ。丸いパン。
私はお姫様になったような夢心地です。
ぽーっとなって、周りを見渡しました。特に上にある大きな豪華な灯りがすごくきれいで気に入りました。
素敵なお屋敷で、キレイなお洋服を着てこんなものを毎日食べて、お父さんもお母さんもいるなんて新月さんは幸せ者だと思いました。
仲良くなって親しく話していた新月さんでしたが、私たちとは全くの違う世界の人だったんだと思い知りました。
「おかわりもあるからね」
新月さんが言って下さいましたが、そんな事を考えていた私は、半分いただいただけで食欲を無くしてしまいました。
私は場違いな所にいるようです。
仲良くお話していた新月さんは、近くて遠い人だったって目の当たりにしたのです。そんなこと最初からわかっていたのだけれど、わかっていなかったのです。
でも、お兄ちゃんは私とは違うようです。
「おねーさん! 俺、おかわりっ」
「はーい、かしこまりました。どうぞ。僕。いっぱい召し上がってくださいね」
クスクスしながらメイドさんがパンを取り分け、スープをよそってくれます。
「こんなに美味しそうに食べて貰えると嬉しいですわ」
やさしそうなメイドさんがお兄ちゃんを見ながら微笑みました。
「いいかい、大鏡くん、小雪ちゃん、食べながら聞いてくれ」
私はもうなんだか気分が落ち込んで食事には興味を無くしていたのでただ、旦那様の方を向きました。
お兄ちゃんはパンをまぐまぐ食べながらちらりと旦那様の顔を見ただけです。
お行儀悪くてちょっと恥ずかしいです。
「いいかい? これからの話をするよ。君たちはここで下働きしながら知識を身につけなさい。これからの支度にかかるお金は君たちがここで働いた分で賄うということにする。毎月、定額差し引いた残り分を君たちは受けとる。いいね?」
「聞きなさい。君たちがあの納屋での暮らしに戻りたくないのならば、学ばなければならない。血筋のステータスも無いただのみなしごの君たちにはその体以外の価値はない。」
お兄ちゃんがピクりとして旦那様を見ました。
お兄ちゃんは、かつての近所のお姉さんと同じような場所に私が売り飛ばされることを警戒しているのでしょう。
まさかとは思いますが、そんなことになったら私は今すぐお兄ちゃんとここから逃げるのみです。
どんなところなのかはよくわかりませんが、噂によれば、そこに行くともう死ぬまでそこから出られないらしいです。しかも、ほとんどの人は、すごく働かされてあげくは病気になったりして若くして死んでしまうとか。運良く出られてもまた違う所で閉じ込められるそうです。
私はお兄ちゃんに会えなくなる所になんて絶対に行かないよ!
目の前の席のお兄ちゃんは、旦那様の方をじっと見ています。
「‥‥だが、それなりの読み書き計算の学を備えればそれなりの仕事につけるだろう。但し、それでは人生面白くないだろう? 今、僕たちは最高の時代に突入し、遭遇しているんだ。戦後復興というね」
旦那様はなにやらすごく嬉しそうです。腕を左右に大きく広げて私たちを交互に見ました。
お兄ちゃんは雰囲気に引き込まれたようで、真剣な顔。その横顔はすごくかっこいいです。さすが私のお兄ちゃんです。
「資産形成運用に必要な実践的な政治経済学も西洋のリアルな情報など、今までだったら君たち下級庶民では触れることすらできなかっただろう。だが、今ならば、ここにいるならばそうではない」
旦那様はついには立ち上がって両手をテーブルにつき、乗り出すようにして私たちに話しています。
「あるいは君たちが世間を社会を知り分析し、上手く立ち回れたなら、全てに置いて激変中の今だからこそはチャンスは大いにある。かつて代々に渡って受け継がれ、築き上げられた富と人脈は支配層だけのものだったが、それは半壊された。今は戦後の復興期。いままでのしがらみが緩んだこの時こそ実力ある私たちの又と無い下剋上のチャンスだ! これから私の手足となる優れた人財はいくらでも必要でね。どんどん育成しなければならない」
兄と私の目を見て、新月さんのお父様は真顔でおっしゃいましたが、私には良くわかりませんでした。
だけど、お兄ちゃんにはその時のお話で、何か感じるものがあったようなのです。
それが私たちの人生の転機の始まりです。




