ハンガーストライキの真相〈小雪〉
「新月。私は約束を果たした。大鏡くんと小雪は納屋から出た。だから食事を取りなさい。ここを開けるんだ」
コンコン‥‥新月さんのお父様がノックしました。
私は温かいお粥と焼いた鮭の切り身、ほうれん草のごま和えをお盆に乗せて、新月さんの部屋の前に立っています。
メイドさんが用意して運んで来たものですが、私から新月さんに渡すように言いつけられたのです。
お兄ちゃんが、湯気の立っているお盆の上をちらりと見てから私の顔を見ました。
わかってる。私だってもうお腹が空いてしまっているの。でもね、きっと新月お兄ちゃんはもっともっとお腹が空いているの。
お兄ちゃんが鼻の上にシワを寄せて見せたので私も同じことをして、二人で にやっと密かに笑い合いました。
だって私たちは言葉が無くったってお互いの思っていることはわかってしまえるんだもん。
「‥‥‥大くんと小雪ちゃんが? 本当に? じゃあ今どこにいるんだよ? まさか‥‥‥ただ追い出したんじゃないだろうなっ?」
部屋の中から新月お兄ちゃんのくぐもった声がしました。
「新月っ、何やってんだよお前? 俺も小雪もここにいる! 早いとこ、ここ開けろっ!」
「新月お兄ちゃん! 大丈夫? 私、ごはん持ってるから早く開けて!」
「大くん、小雪ちゃん! ほんとに納屋から出たんだね! 今開けるっ」
元気そうな声がしたのでほっとしました。
私が新月さんのお父様を見上げると目が合って、私に にこりと笑いかけました。お父様もほっとされたのでしょう。
扉の向こうでガタガタズルズル音が響いています。扉の前に重たい何かを置いて押さえていたようです。やっと新月お兄ちゃんに会えます。
なのにお兄ちゃんはなぜだか急に不機嫌な顔になりました。
「どうしたの? お兄ちゃん」
「‥‥‥待て、えっと‥‥この格好を新月に見られるのはなんかやだ。きっと新月に嗤われる」
「‥‥‥えっと、その‥‥‥大丈夫だよ。お兄ちゃんは何着ていたって世界で一番かっこいいもん」
私はみえみえの慰めを言いました。
お兄ちゃんは絶対的にかっこいいけど、この半ズボンサスペンダーのお洋服はどうにもお兄ちゃん向きではなかったのです。
カチャリ、と小さく扉が開きました。
お兄ちゃんがすぐさま言いました。
「ったく、新月めっ! 俺らに余計なことしやがって!」
私は、隙間から見えた新月さんの顔が、兄の言葉によってひどく傷ついた顔に変わるのがわかりました。
「そ、そんなこと無いよ! ありがとう、新月お兄ちゃん。私たちはお陰でお風呂にも入れたし、ごはんも頂いたよ。さあ、新月お兄ちゃんもこれを温かいうちに食べて」
私が言うと、ドアがもっと開いて新月お兄ちゃんの全身が見えました。
いつもきちんとしていた新月さんの髪はモサモサで、寝間着のまま。
お兄ちゃんと新月さんの格好はいつもと逆でした。
「‥‥‥うふふ」
それで私は可笑しくなってしまってちょっと笑うと、お兄ちゃんの言葉によって緊張をにじませてた新月お兄ちゃんは、はっと目を見開きました。
「‥‥‥小雪ちゃん、だよね? 」
「そうだよ。どうしたの? もしかしてちょっと寝ぼけていたの? ああ、そっか! 私がきれいなお洋服着てるからびっくりしたのね? これ、貸してもらったんだよ。どうかな? えへへ‥‥‥」
私はお盆を持ったままくるりと回って見せました。
「んっと‥‥‥すごく‥‥‥かわいいと思う」
頬を赤らめて恥ずかしげな顔になった新月さん。
‥‥‥新月さんはこの時から私のことを、いくらか好いて下さっていたようですよ。
遠い昔の新月さんと私の想い出のひとコマです。
ちなみに数十年後かに何かの話のついでにその時の事を思い出し、新月さんに聞いた所によりますと、兄の姿についてはイメージと違ってしっくり来ないらしく微妙だったそうです。新月さんは兄のワイルドな感じにずっと憧れてたと言います。それであの私たちが暮らしていた納屋に近づいたとか。
確かに色黒野性児で痩せぎすだった兄に、あの時代の半ズボンサスペンダーお坊っちゃまスタイルは無理がありました。ふふふっ
火の玉みたいな性格のお兄ちゃんでしたが、今では見た目、スーツの似合う スマートで上品なおじいさんです。表立った性格も穏やかになりました。
でもね、隠していても内面はそうそう変わっていませんね。私にだけは本心を隠しませんから。だって、私たちは‥‥‥‥‥
それで、新月さんたらね、ハンストしていた時には、お父様がいない隙にこっそり部屋から出ていたそうで、その時メイドさんが食事を出して下さっていたとか。私、あの時は心配して損をしてしまいました。
どうりで新月さんのお父様が全く心配していなかったわけですね。だってあの人はお屋敷の中の事は全てお見通しなんですもの。新月さんは手のひらコロコロだったってわけです。




