捨て子に残された道は〈小雪〉
「ハンガーストライキ?」
「ああ、新月は私が君たちを助けるまで何も食べないと言って今日で もう部屋に3日間籠っているんだ」
「‥‥‥マジかよ、新月のやつ‥‥‥」
「あのっ、新月さんのお父様! 新月の、新月のお兄ちゃんは大丈夫なのっ? 私は3日間何も食べなかった時はくらくらふらふらしちゃってすごく辛かったんだよ! それなのに‥‥‥新月さんは食べるものあるのに‥‥‥どうして? すぐにやめさせて‥‥‥うう‥‥‥ひっく‥‥‥」
私は空腹の辛さを知っておりましたから涙が出てしまいました。私たちのために新月さんはそんなことしていたなんて思いもしませんでした。
私は今は年をとり、大人の空腹と子どもの空腹とでは辛さが段違いに違うことを知っております。あの頃の、若い頃の空腹感は格別ですね。
後に私どもが主に子どもたちのためになるNGO法人、NPO法人を立ち上げた理由のひとつは、自らの経験によるものです。子ども食堂に向けた食材調達配布も重要な活動のひとつで、今では私たちは引退しましたが、若い人に引き継いで頂いております。
「君はやさしいんだね。泣かなくてもいい、小雪ちゃん。私は君たちをあの納屋から助け出すと新月と約束を交わし、新月は私が本当に遂行したならばハンストは終了すると言っている。そして今、君たちは屋敷の中にこうしているだろう? この後で君たちを新月に会わせよう。さすればあの子も扉のバリケードを解くんじゃないかな?」
「あの‥‥新月お兄ちゃんのお父様、新月お兄ちゃんはどこ‥‥‥?」
「自分の部屋にいる。ま、新月の事はこの後で。ほんの30分遅くなったからと言ってほぼ何も変わりはしない。で、‥‥‥大鏡くん、君はその態度を改めなくてはいけない」
新月お兄ちゃんのお父様は淡々とお話を続けます。
どうしてなの? この時間にも新月お兄ちゃんはひとりでお腹を空かせてうずくまっているに違いないのに!
私はそわそわ落ち着かないよ。新月お兄ちゃんがいるお部屋を探しに今すぐここを飛び出したいくらいなのに!
お父様なのに新月お兄ちゃんのこと、心配じゃないの?
新月さんのお父様はそんな私をちらりと刹那見て、わずかに笑みを浮かべたように見えました。
お兄ちゃんへのお話は続いています。
「‥‥‥なぜならば、今のようにマイナスの感情を誰に彼に丸出しにしていては何事も思い通りには運ばないばかりか余計な恨みまで買ってしまうからだ。本当に心許す相手にしか本心は表すべきではない。君のような子どもにはまだ無理かな?」
「‥‥‥あんた、俺がガキだからってバカにしてんのか?」
「いや、私は一言三言話せば大抵の人となりは見抜く。君はとりあえずは合格だ。私はね、社会への富の返還は惜しむつもりはないが生憎慈善家ではない。君に見込みが見い出だせなかったら孤児院に送ろうと思っていたが今、やめた。私は君の未来に投資することにする」
「‥‥‥あんた、なに言ってんのかさっぱりわかんねーよ」
「今はそれでいい。君はまだ幼い」
「ちっ! また俺をバカにしやがって。くそオヤジっ!」
「‥‥‥ふっ、新月にもそれくらい覇気があればいいのに。私には残念なことだが新月より君の方にポテンシャルを感じる」
「あんたさっきから何言ってんのかさっぱりわかんねーよ」
「今はそれでいい。で、いいかい? これからの話をするよ。君はここで下働きしながらとにかく学びなさい。新月には家庭教師をつけている。君も共に学びなさい」
「‥‥‥俺たちをここで飼う気か?」
「今はそれしか君に道は無いだろう? 君がどうしても嫌だと言うのなら君は孤児院に送るしかないね。こちらで君たちの母親を探しだした所、彼女には既に次の夫がいて、なかなかの暮らしをしていたよ。しかも、今は腹に赤子も出来たらしい。私は納屋はもう取り壊すことを告げ、君たちの引き取りを求めた所、拒否されてね。君たちのことは再婚相手には絶対に言わないで欲しいと頭を下げられたのさ」
「‥‥‥‥ちっ、あのクソ女」
「‥‥‥お母さん‥‥‥くすんっ‥‥‥」
私は幼いながら、大体の想像はついていましたが、まだそうではないかもと、心の隅にわずかな希望は残していたのです。
「君たちに関する権利は私が買い取った。君たちの母親は喜んで金を受け取った。一石二鳥だと言ってね。残念だが、君たちはもう完全に捨てられた。そして君たちは私のものだ」
「うそ‥‥‥お母さん‥‥‥お兄ちゃん‥‥‥どうして?‥‥‥ううっ‥‥‥」
私はお兄ちゃんの胸にすがりついて声を殺して泣きました。すがるよう灯していた希望は見事消え去ったのです。
しかも、私たちの代価を喜んで受け取っただなんて‥‥‥私たちはお母さんにとって、ただの邪魔な存在だった事実を突きつけられたのです。
「‥‥‥何言ってんだ? 俺たちが勝手に売り買いされるなんて! 俺たちは物じゃねぇ!」
お兄ちゃんは私を抱きしめながら叫ぶように言いました。
「では、君だけ孤児院に行くかい?」
「俺だけって? 小雪も一緒に決まってんだろっ!」
「それは無理だ」
「はっ?」
「私はこの子を手放す気は無い。この家には女の子がいないからね。妻も1人は女の子をと望んでいたのだけど、私の妻は新月が生まれた後 体を壊していてね、ほとんど家から出ることが出来ない。だからね、こんなにもやさしく可愛らしい女の子が側にいて世話をしてくれればきっと妻の気分もほぐれるだろう。これも今、私が決めたことだけどね」
「小雪を? 世話係にだって?」
「もちろん小雪にも教育は授けるせるつもりだよ。あんな納屋や孤児院での暮らしよりかはずっとましなはずだ。きれいなドレスを与え十分な食事も提供しよう」
「小雪と俺が離れるわけねーだろっ! ふざけんな!」
「よし! じゃあ決まりだね。二人ともここで暮らす。今日はもういい。ゆっくりと休みたまえ。夕食は賄いを頼んでおくから使用人部屋で二人ゆっくり食べなさい。その方が落ち着くだろう? これからの事は明日以降、五十嵐から説明させよう。明日は7時に私たちとこちらで朝食だ。その時他の家族を紹介しよう。あっと、その前に新月の部屋に行ってくれないかな? あんなに頑固な所があったとはね。ふふふ‥‥‥まったくね。あのおとなしい子がハンストなんて‥‥‥‥驚かされてしまうよ。今まで従順過ぎるような子だったのに」
私たちの意思に関係無く事は進み、これからすることがどんどん決められて行ったのです。




