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「やい! でてこい! ぬすっと!」
「出てきた方が身のためですよ、主よ。この男は一旦怒りだすと、どうにも手がつけられませんからね」
神がマネージャーのアパートについたころ、二人の悪魔は神の家にたどり着き、宮田は怒りをなんとか三割ほどに抑えながら叫んだ(盥屋はというと、いたって冷静な様子だった)。
しかし、返事はない。
「お邪魔するぜ!」
宮田は低い声でそう言い、入口の扉に手をかける。鍵はかかっていない。これは、居留守か? それとも……。
二人は神の家に侵入した。人のいる気配はない。そこで真っ先に書斎へと向かう。神は居ないまでも、なにか情報を得られるかもしれない。
書斎は暗く、やはりそこに神は居なかった。しかし神ではない何者かはいた。
パソコンの置かれた大机の前に、小柄な影が佇んでいる。
「ん?……誰だ? おれたちを待っていたのかな? へっ、ぞっとしねえ。……神の代わりに、一体、どなたが、哀れな子羊の懺悔を聞いてくださるんでしょうかね?」
宮田は道化ぶった口調で影に問いかけた。
返事はない。
「どなたでしょう? ひょっとして、泥棒かな? ……まあ、人のことを言えた義理ではないが。私たちも泥棒のようなものだ。正確に言うと、泥棒から取り返しに来たのだが。……ちょっと失礼」
盥屋は部屋の灯りをつけた。
そこには燃えるような栗毛の、かわいらしい娘がいた。
年頃は十五、六だろうか、それにしても少々小柄である。だが、顔の造作も小さく整っており、身体全体としては均衡がとれ、美しいとさえ言えるのだが、その佇まいには、妙に大人びたところがあるし、その瞳には、なにか油断ならぬ光が瞬いていた。
また、悪魔たちには、その佇まいや目の光がとても煩わしいものに思えた。理由はわからないが、恐らくは、彼らの本能のようなものが、必死に警鐘を鳴らしているのだろう。
「まぶしい」
と言って、娘は目を細めた。
「失礼、失礼。お顔がよく見えなかったものでしてね、人探しをしているのです。ところでお嬢さん、こんなところで何を? ここには神……いや、一人の小説家の男が暮らしているはず、こんなところに一体なんの御用でしょう?」
盥屋が丁寧に訊ねた。
「お二人をお待ちしておりましたのよ」
澄んだ娘の声がそれに答えた。
「我々を待っていた?」盥屋は首をひねった。「それは不思議ですな。なぜなら、我々二人のことを知っているのは、ここに住んでいる小説家くらいなもののはずですから。その小説家にしたって、今は行方知れず。それに、あの男は一人暮らしだ、娘もいないでしょう、あの人は孤独です。……質問ばかりで失礼ですが、あなた、一体何者です?」
盥屋は慇懃な態度を崩さずそう言った。
しかし娘はなぜか顔を歪め、吐き捨てるように言った。
「やっぱり、悪魔というのは頭が鈍いのですわね。それに、見た目も醜悪ですわ。とても表現しきれないくらい。こんなに救いようのない方々だとは思わなくてよ」
「それは心外ですな、お嬢さんよ!」
宮田がとうとう口を挟んだ。
「これでも、頭の回転は速い方だと自負しておりますよ、これでもね。それに、初対面の人間に対して悪魔呼ばわり、おまけに醜悪だなんて、ちょっと失礼にも程があるんじゃあありませんかねえ?」
「人間に対してならね。でもお二人とも人間じゃなくてよ」
娘はあっさり否定した。
男たちは急に暗い目つきになった。盥屋が静かに言った。
「お嬢さん、冗談はここまでにして、小説家がどこにいるかだけでも、教えていただけませんか? あなたは随分と物知りのようだ」
「教えることは何にもありませんわ。何も。お二人には、もともといた場所へ、すみやかに還っていただきますわ」
娘は自信たっぷりに言った。
「もともといた場所? それはどこに?」
盥屋が落ち着いて訊ねた。
「ここですわ」
娘はつけっぱなしのパソコンをゆびさした。
突然、甲高い哄笑が聞こえた。宮田が笑っていた。地が裂けるような、悍ましい笑い声だった。
「なんだ、あんたは、すべてご存じってわけか。ただの人間じゃないな。何者だ? まあ、なんでもいいが。おれたちが悪魔なら、さしずめ、天使ってところか」
宮田はそう言って娘を睨みつけた。
「そうね、そういっても差し支えなくてよ。わたくしたちは、よいことをするためにいるんですもの、まあ、天使というのが一番ちかいでしょうね」
娘は真顔で答えた。
「誰の差し金で来た? 神の野郎か?」
宮田は声を荒げ、いまや食い入るような目で天使と名乗る娘を見つめている。隣の盥屋はただ黙ってことの成り行きを見守っている。
「神ではありませんわ。わたくしたち一人一人自らが、よいこととはなにかを考えて動いていますの。あなた達と違ってね」娘はかわいらしく微笑した。
「なんで、おれたちをどうにかするのがよいことなのかな?」
「悪魔はわるいものですわ。わるいものを追い払うことが、よいことと考えるのは普通でしょう?」
「けっ! 埒があかねえ! おれたちを追放する? やれるもんならやってもらいたいね! この世界にも飽き飽きしていたところだから。ところで、天使さんよ、おれたちを追い払うってんなら、そのための『裁きのメギドの炎』とやらは、いつ降り注ぐのですかね?」
「裁きの炎? 安心なさいまし、それなら、もうあなた方の頭上に降り注いでいましてよ」
天使は高笑いした。
盥屋は不意に永い眠りから目の覚めたような顔になって、宮田の手を思い切り引っ張った。その途端、宮田は書斎が燃え盛る炎に包まれていることに気づいた。あたり一面の火焔流。炎になめられ、灰になって消えてゆく、本棚の本……。
二人は驚くべき速さで家を飛び出した(彼らにはただの人間から見れば超人的と思えるほどの身体能力があるようだった)。飛び出したとき、凄まじい轟音とともに、二人の背後で神の家が崩れだした。もくもくと煙があがる……。
「あの少女に、二人とも幻覚を見せられていたんだ! その間に、火を点けられた! 危うく黒こげになるところだったね、君! あの娘、本当にただの娘ではない……なるほど、『天使』か!」
盥屋は多少興奮した調子で言った。
「これは厄介なことになったね、どうも」
宮田は自分の体を見た。服がところどころ焼け焦げている。大きく息を吐き出して、
「ああ、厄介なことになった」
辺りは薄暗い。いつの間にか夕刻になっていた。




