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海にぷかぷか浮かんで
星を見ていたら
何かを語りかけているやうな気がした
それは、幾億光年先の詩だつた……
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神はいそいそと書斎を抜け、廊下を通り、玄関を出て、鍵をかけ、いまだ何の変哲もない街中へはいった。人々は平穏に歩き、自動車を運転し、犬の散歩をしていた。
彼はある種のやましさを感じた。この世界に何かあったら、その時は私のせいだ――神として(自分ではそんなたいそうな存在ではないとおもっているのだが)あるまじき粗野な創造を行ったことにより、きわめて歪なもう一つの世界が出来上がってしまった。そしてあろうことか、その世界は、何故かわからないが、こちらの世界とくっつき、一つになってしまったのだ。
何かが起こるに違いない……彼は呪文のようにつぶやいていた。「えらい神様、よい天使、わるい悪魔……」先ほど自分で作り上げた物語を、必死に思い返そうとしていた。「えらい神様か! えらくない神様もいるけどな」彼は額に汗を浮かべながら考えた。「それがこの私さ。中途半端な思い付きで、奇妙な小説を書いてしまったせいで、とんだ災難にあったもんだ。……いや、もう後悔しても遅い。それより、えらくない神様はここにいるとして、よい天使はどこにいるっていうんだ? 神様を早く助けてくれ。わるい悪魔の行方は、大体予想がつくけどな。おそらく、あの小屋に戻っているんだろう!」神は小走りになって息をはずませていた。会わなければいけない人間がいる。私の身(あるいは彼の身)に何かある前に、このことを伝えなければ。何か起こってしまう前に!
となりに大きな池のある、あまり豪華ではないが、洒落たつくりのアパートの三階に彼は住んでいた。
神は扉を強くノックした。
トン
トン
トン 三回。
「どなたですか? え? ああ、先生? どうぞ、どうぞ」
気のない返事が聞こえてきた。
神は扉を乱暴に開けて中に入った。小奇麗な部屋だ。マネージャーはパジャマ姿で熱心にテレビを観ていた。
「先生、見てください、これを! 大事件です。それも、あちこちで。先生、これって、新しい作品のネタになりませんかね?」マネージャーは神のほうを振り向いて言った。
まだあちこちにニキビの残る顔に形のいい目がきょろきょろ動く、若々しい葉っぱが、風雨にさらされ、くたびれ果てたような風貌の青年。だがその声はまだ活力に満ちていた。そう、今はただ疲れているだけなのだ。あの禿頭の編集長にこき使われているから……。
神はテレビの方を見やる。次のような放送がくりかえし流れていた。
「臨時ニュースです。全国各地で、異常な事件が多発中。人々が次々に行方不明になり、家畜はどこかに連れ去られ、庭の木はばっさりと伐られています。……これらは、悪質な悪戯でしょうか、いや、それにしてはひどすぎる……犯人と思われる男は「奴らはどこだ」と誰かをしきりに探している様子で……云々」
それを聞いて、神は次のような妄想、妙に現実味のある妄想を頭に浮かべた。
幼い娘が一人、親とはぐれたのであろうか、心細そうに歩いている。人通りの少ない、さびれた商店街の路地裏である。子供は迷うことにかけては一流だ。あてどなくさまようこの娘の眼にも、心配そうな影こそあれど、次の一歩は確実に母に近づく一歩であるという、確信の光がある。
しかし彼女の前方に長く伸びた影――二人組の怪紳士――が、その光を遮った。
「おや、おや、おや、迷子かな? お嬢さん! 心配なさんな、怖い人じゃないよ!」怪紳士の片割れがそう言うと、恐怖の色に染まった娘の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。怖い人ほど、怖い人じゃないって言うのよ、覚えておきなさい。母親の声がよみがえったのである。
「いけないよ、君、そんなことを言っては……お嬢さんが泣き出してしまったじゃないか……お嬢さん、泣かないでくださいな、お詫びに宝物をお見せしましょう」そう言うと長身の男は懐からカラフルなストローを取り出した。
もう一人の方はそんな相棒をにやにやしながら横目で見ている。
背の高い男ががストローを吹くと、筒の先からたちまちいくつもの七色に輝くシャボン玉が飛び出した。少女は思わず眼を見開いて「わあ」と言った。
不思議なことに、そのシャボン玉は地面に落ちても、建物の壁に当たっても割れず、むしろそれによって勢いをつけて再び空中に舞い上がるのだった。少女はそれを見ていっそう驚き、喜んだ。
「どうだね? すごいものだろう」
すてきなシャボン玉。七色に光る表面は、辺りの景色を映し出しながらくるくる回っている。まるで、地球がひっくり返ったみたい。もし、シャボン玉の内側に入れたら、どんな景色が見えるのかしら?……
「ねえ、シャボン玉の中に入ってみないかい? 内側から覗く世界は、大層きれいだよ」蒼白い顔の男が丁寧に、優しく訊ねてくる。
「うん」と元気よく頷いたのが運の尽き。
ノッポが指を鳴らすと、たちまち少女はシャボンの中に閉じ込められてしまった。内側から見る外の景色は、油が浮き、光が屈折する表面を透して醜い。
「ねえ、ちっともきれいじゃないよ! おねがい、もういいから、ここから出して!」
「残念無念お嬢ちゃん、一回入っちまうと、シャボンが割れるまで出られないのさ! まあ、しばらくは、その中で、一人でおままごとでもしているんだね!」陰気そうな方がそう言い放つと、シャボンの主も、
「そういうことです、お嬢さん。怪しい人に近づいてはいけないと、これでようくわかったね? ところで宮田、君の言う通り、この世界では、我々の力は魔法のようなものらしい……確かにうまくいった。不思議な話だ、架空の存在である我らの方が、力を持つことになろうとはね! さて、この力、善きことに使うか、悪しきことに使うか、それとも……?」
男たちはその場を去った。あとには、割れないシャボン玉だけがいつまでもゴム毬のように弾んでいる……。
「先生、どうしました?」マネージャーの声。
神ははっと我に返り、テレビ画面を凝視しながら、静かに、震え声で言った。
「奴らだ。奴らが、私たちを探しているんだ」
「え? いまなんて? それより先生、このニュース、新しいネタに……」
「もう書き終わったよ! 今度の作品は傑作だぜ。登場人物が現実に飛び出してくるほどのな!」神は叫んだ。
「え? 先生、もしかして、もう書いちゃったんですか? さすがだなあ。しかもご自分から持ってきてくださるなんて、いや、相当の傑作とみました! さっそく原稿のほうを……」
マネージャーは口元に微笑を浮かべ、揉み手しながら神にすり寄った。
「いいか、君、よく聞いてくれ」神は人差し指を立てマネージャーを制した。
神はことの次第をすべて、丹念に説明した。事の発端となった小説のことから、現実に宮田たちが現れたこと、その会話の詳細、そして今この世界で起こりつつある異変の正体を、丁寧に、丹念に。ただ、マネージャーはとぼけたような顔で、目を丸くして聞いていた。
「いいかい、あの悪魔どもは、私たちを探しているんだ。そして、復讐しようとしている。この混乱は、おそらく、奴らの仕業だ!」
「なるほど、それは大変! しかし、先生、なんでこのわたしまで狙われなきゃならないんです? その……悪魔どもに?」
マネージャーは笑いをなんとかこらえながら問うた。先生はきっと疲れて少しおかしくなっているのだ、と思ったからである。これは新作に期待できそうだ。それにしても、先生もたいそうごくろうなさって……先生には休暇が必要だ。それもとびきり長めの。編集長にもよく言っておこう。
「私と付き合いがある人間なんて、君くらいしかいないからね。君も、まとめて消される。それにしても、見境がないな。あいつら、あんなに乱暴だっただろうか? 慇懃無礼な紳士、といった感じだったが」
マネージャーはごくりと唾をのんだ。先生の中で、現実と空想の境が曖昧になっている。これは相当重症だぞ。きっと新作は、相当の傑作に違いない!
「先生、はやく原稿を見せてください!」
いやがるマネージャーを着替えさせ、無理やり連れだした神は、二人で街をさまよい歩いた。すでに混乱はこの街にもおとずれていた。人々はあてもなくあちこち走り回り、自動車はクラクションを鳴らし、犬は何かに吠えていた。道すがら、神はなにやら焦げくさい臭いを嗅いだ。あれ、先生の家の方じゃないですか? マネージャーが怪訝そうに言う。なんと、自宅の方角から、高く、高く、もくもくと黒煙が上がっている。
「Aさんの家が燃えたらしいよ。放火だって……でも死体とかは見つかってないみたい……」
道ゆく人のうわさが聞こえた。
Aだって? 私の名前だ。私の家が燃やされた?――彼の中で、家を燃やされた怒りよりも恐怖が勝った――奴らだ! 奴らがここまで来た! 神は天に祈った、はじめは神に祈ろうとした。しかし、今回の場合、神は自分であることに気がついた。神が神に祈る、これは、矛盾だ。では、なんでもいい、……そうだ、天使、天使よ、どうか私に力を!




