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ヴェクサシオン  作者: 杜若表六
第五章

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 俺はAが密かに絨毯に忍ばせていた一冊のノートに、すっかり心を奪われていた。これは、きっと俺へのメッセージだ、間違いない! まあ、それだと『愛する』の意味がわからないが……とにかく、何らかの暗号が、この中に隠されてるんだ……。

 ノートを開くと、そこには几帳面だが下手くそな字でこんなことが書いてあった。

 ……

 こういうことを書くのは少し気が引ける。やっぱりぼくにはもっと傲慢さが必要だ、自分にもそれと気取られぬ程度の。いまのぼくには、どんな命題でも、長くながく問いと思索を続けていけば、いつか証明することができるだろうと固く信じて書くしことしかできない。ただしその可能性も、こちらに永遠の時間が与えられていればの話だが。逆に考えてみれば、結論から先に出してしまえば果たしてどうなるのだろう? 証明を飛び越えて、それが前提だと決め込んでしまう。世間でもよくある手だ。だがおそらく、それを本当の意味で人に語ることは、真に跳躍することと同じく、とても難しいことなのだ。

 いったん失われた時間を取り戻すことはできないが、過去を振り返ることによって、ある程度の感動と、ほんの少しの教訓なら味わうことはできるかもしれない。未来を完全に予測するということは無理な話だが、ぼくたちがしばしばしでかす突飛な行動は、ひょっとすると無意識のうちに未来を覗いてしまったことによって引き起こされるのかもしれない。

 あるいは、人はその人生の結末までとっくの昔に知っているのかもしれない。知ってはいるものの、それを真正面から考えずに日々を正気で暮らしていて、なにか己の運命を大きく変えるような、異常な事件が起こったとき、その人生の裏側に潜む狂気が明らかにされる、こうしたことを理解して、常に一定の心構えをしておくことこそ、本当に必要な準備なのかもしれない。

 ぼくのいままでの人生を簡単に概観すると、『つまり何も起こらなかった』といえる(あまりにも簡単だが、事実だ)。だが、自分でもあらかじめ予想していたのかもしれない、今回ぼくの周りで起きた出来事の数々を。なにが起こったかは詳しく述べない。君も知るべき運命なら、然るべきときに知るだろう。

 端的に言って、ぼくはこの世がそろそろ終わってしまうのではないかと思っている。それは一秒後かもしれないし、一億年後であるかもしれない。どちらにせよ特に変わらないことだが。別になにか大きな不安があるとか、そういうことではない(それは、いまさらのことだ)。ぼくの意識が漠然とそう感じている。いちばん奇妙でおかしいのは、それがひとえにぼく自身の問題であってみれば、そのことをぼくが特に深く悲しめないということだ。どうやら、心の奥の暗やみの部分で感じたことは、感情で表現することができないものらしい。幼いころ、夜中に急に目が覚めて、それまで観ていた夢の残り香がやけに胸を突いて、嗚咽のようなものがこみ上げたことがあったが、子供というのは大人より残酷な面がある分、少しだけ素直なもののようだ。

 ぼくはごく小さな範囲の意味で、いわゆる『神』になりたかったのかもしれない。おかしな話だ、ぼくは神なんて信じていないのに。実際、それについて、「ぼくは知っている!」ということができるのだろうか。ぼくの心はそれを感じることもあるかもしれず、それが存在していると判断すらするかもしれない。ぼくがこの世界に確かに存在し、なにかに触れることができ、それが存在すると判断できるように。だが、そこでぼくの理性・知性・悟性のいっさいは停止する。ぼくはその地点から踏み出すことができない。長い間瞑想した結果、正気を失って「自分以外の人間は狂人である」とおかしな悟りを開いてしまう人のように、こういったことはどんな結論にたどり着くのかわからないし、恐ろしいのだ。多分、神とは幻想である、としておくのがいいのだろう。そして幻想に対する憧れとは幼い動機に過ぎない。「大人」の考えというものは、もっと確実なものでなくてはならない、人生を「まし」に生きるためには……。でも仮にぼくたちの頭上にそういったものを置くとすると、なかなか面白い実験を行うことはできるだろう。ぼくらにいま必要なのはすべてを焼き尽くすメギドの炎じゃなくて、明日を占うめどぎの棒なのだ。それにしても、ぼくは神になりたいと望んだばっかりに、誰が決めたかもわからない戒律を確かに破った!

 ぼくはこのような告白をすべきでないのかもしれない。もう一人のぼくが耳元でこう囁くのだ――「やめたまえ! なぜって、人になにかを言いふらすというのも、淫靡なことだよ。だいたい、君の発見した、発表したくてたまらないことというのは、他のみんなが、とっくの昔に知っていてなおかつあえて口にするまでもないとわかっている事実なのだからね。君がなにを言おうとしても、結局は、単に冷笑されるだけのはずだよ。そんなささいなことを考えまとめて世間に曝すなんてことは、あんまり賢いこととは言えないからね。せいぜい仲のいい友人が「おお、なんて斬新なアイデアなんだい、それは!」なんていってくれたら、まあ、上出来かな。とにかく、これだけは忘れちゃいけないよ、君。なにか自分の考えを口に出すということ、これは、本当はとても恥ずかしいこと、恥ずべきことなんだよ。大切なのは、考えるより感じろ、さ。実感、実利を重んじることだ。なぜかって? 君、君だって生きたいだろ? 君が口に出す、その無駄な雑音は、公害に等しいものだから、口外しちゃあ、だめさ。君のために言っているんだぜ、こっちも。ぺちゃくちゃいい加減なことを言われたって、迷惑なんだよ。ちゃんと、考えてから、ものを言わなきゃ。いや、黙らなきゃ。黙る理由っていうのは百くらい思いつくけど、なにか口に出すわけってのは一つも思い浮かばないね、本当に。誰だって、新しい真実なぞ知りたいものかよ。目も鼻も耳もふさいで押し殺す、これが正しいやり方さ。それを惜しげもなく、言葉にしちゃうっていうんだから、困っちゃうなあ。求められていないってこと、気づかないかなあ。そんなことより、やるべきことがあるはずだろう、君にも」

 そもそも、こう書き始めるべきだったのかもしれない。いや、いっそのこと、ここは本心をさらけ出してやろう。

「拝啓、晴ればれとした陽気の続くこの頃でございます。お変わりございませんか。単刀直入に申し上げます、お慕い申しておりました、わたくしの想いにお気づきになられてはおられぬかとと思いますが、命を懸けて申し上げております。ご迷惑おかけすること重々承知いたしております。ただ一言、ただ一言申し上げたく思い筆を走らせております……」

こんな恋文のような書き出しで。……


はあ。ここまで読んでいたら、ため息が出てきた。やれやれ、とんだブツを託されたもんだな! これは間違いなく俺に向けた文章じゃない、全く意味がわからん! いったい、これを誰に渡せばいいんだ? 内容も、告白なのか、独り言なのか、それとも恋文なのか、判別しかねるぜ! とにかく、俺には関係のないもんだな……。

 まあ、あいつの孤独は、十分伝わったけどな。そもそも文学というのは、誰かの孤独をわかるためのものなんじゃないのかな。門外から恐縮だけど、さ。

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