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禿頭は応接間に通された。といっても、数多くの空き部屋のうちの一室に、どこから運び込んできたのか、パイプ椅子が数脚置かれているだけの、ただっ広い空間だった。
「スワリナ」牛頭に勧められて、壁際の一脚に座る。錆びた連結部がぎしぎしと音を立てる。反対側の壁の窓から、なにか、大きな倉のようなものがぼんやりと見えた。霧のせいではっきりとは視認できない。天井は大量の糸のようなもので覆われていた……よく見ると、無数の蜘蛛の巣である。編集長はあらためて身を震わせた。
「さて、なにから話しましょう?」彼と向かい合うようにしてパイプ椅子に座った栗毛の少女が、ごく穏やかに訊ねた。
牛頭は椅子には座らず(もちろん、座ったとしても、たちまち椅子の方が壊れてしまっただろう)、所在なさげにのろのろと部屋を歩き回っていた。
「お前さんたちが何者なのかは、あえて訊かん。君子危うきに近寄らず、っていうじゃないか? まあ、もう十分、近づいちまってるようなきもするが、とにかく、あんたらと深くかかわると、ろくなことが起きないような気がするんでね……俺が知りたいのは、Aの安否と、その居場所、それだけだ」編集長は吐き捨てるように答えた。
「わかりましたわ。ああ! それにしても、わたくしたちは今、本当に大切な話をしようとしていますわ。そうじゃなくて? 力」少女は牛頭の方を見た。
パワーと呼ばれた牛頭は神妙に同意の頷きをしてみせた。
「君たちにとっても重要な話なのかね?」編集長はおそるおそる訊ねる。
「ええ。これはわたくしたち〝天使〟にとっても切実な、のっぴきならない大問題なのですわ」
「〝天使〟だって?」禿頭は思わず噴き出した。そしてべらべらとまくし立てる、「いや、失礼! 君たちがフツウじゃないってことはわかるが、まさか天使とくるとはね! いやはや、幽霊の正体見たり、ならぬ、天使の正体見たり、だな。これは、壮大な悪戯なのかい? そうだろう? そこの牛頭のパワーくんとやら、その頭だって、よくできた被り物なんだろう? それとも、精巧につくられたロボットかな? ……そもそも、この悪戯の黒幕は誰だ? Aか? そうだろう、Aの奴だ、Aの奴に違いない! 俺に日頃の復讐をしようというんだな? 手の込んだことをしやがって、まったく!」
沈黙が訪れた。パワーも少女も無表情のまま、何も言わない。やがて少女が口を開いた。
「残念ながら」彼女はいたわるように言った。「彼の頭は被り物じゃなくてよ。ロボットでもありませんわ。……もっとも、Aさんが黒幕、というのは、半分当たっていますわ。なぜなら、彼がすべてのことの発端なのですもの……」
「メシヲクッテクル!」突然、耐えかねたように、パワーが唐突に叫んだ。
「いってらっしゃい。食べ過ぎに気を付けて」と少女が答えると、彼は窮屈そうに入り口をくぐって部屋を出て行った。
「……俺の見当違いだったようだ」それを眼で見送って、禿頭は言う。「やっぱり、あれは本物の怪物だ。あの緩慢な動き、奇妙な声、息の臭さ、被り物やロボットじゃあ、あんなリアリティは出せない。こりゃあ、まいった! まさしく、あんたらは天使……とは言い難いにしても、ただの人間じゃないな。もっとも、さっき言ったように、俺はあんたらの正体を詳しく詮索する気はないんだ……Aだ、Aの行方が知りたいんだ。あんた、今、こう言ったね、Aがこの事件の発端だと? そもそも、Aはどこにいるんだ? まだら……とかなんとかの世界に行ってしまった、とさっき言っていたね? それは一体どういうことなんだい? なんだか、こことは次元の違う場所、まさしく異次元に行ってしまった、というようにきこえるのだがね、まさかそんなことはないだろう? おとぎ話じゃあるまいし!」
「そのまさか、ですわ」少女は人差し指を立てて言った。「彼は悪魔を生み出してしまった。そしてその悪魔たちに追われていると勘違いをして、遥かヴェクサシオンの世界まで逃げていってしまったのですわ」
「まて、今度は悪魔か!?」編集長は慌てて言う。「まあいいや、俺なりにその話を翻訳させてもらうと、Aは悪魔……少なくとも、そう呼ばれるようなタチの悪い奴らと面識を持って、そいつらに追われていると思った。だから異次元に逃げた。しかしそれは勘違いだった。こんな感じかね?」彼は必死にあらすじを組み立てたが、自分で自分の言っていることが信じられなかった。《悪魔に、異次元か、こりゃあ参ったな!》
「大体合っていますわ。今はそれでよろしくてよ」少女は微笑した。「話の続きを……でも、実際に追われていたのはAさんではなく、悪魔たちの方だったのですわ!」
「……つまり、悪魔を追いかけるやつがいたってことか? そんな奇特な輩がいるのかい?」
「いますわ。それが私達、天使ですわ! 邪悪な悪魔を退治するのが、我々の務めですわ」
禿頭はなんだかくらくらとしてきた。それでも頑張って、声を絞り出した。
「天使ですわ! だって? 冗談じゃないよ、本気かい? いくら君たちがただものじゃないといったって、悪魔と呼べるようなタチの悪い奴らを退治するだなんて、正気じゃない……君なんて、まだ年端もいかない子供じゃないかね? それに、君たちとAの関係がわからんな。ああ! こうなってくると、もう何もかも知りたくなってきた!」
「何もかもお話しいたしますわ。でも」少女はにっこり笑った。「Aさんについて、あなたもお話ししてくださいませんこと?」




