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……さて、あの二人の悪魔は一体どうなったのだろうか。
身体全体がねじれるような、奇妙で不快な感覚のあと、彼らもまた確かに、あの木の洞から、神一行と同じ世界へたどり着いた。しかし、降り立ったのはまったく異なる場所だったのである。
「……ここはいったい、どこなんだ? 天国かな? それならすぐに帰ろう。それとも、地獄? それにしては人気がないな、地獄ならもっと混雑しているはずだ。……じゃあ、ここは、どこだ? 物知りの盥屋君、どうかお答えくださいよ」宮田が苛立たしげに言った。
「申し訳ないことに、まったくもってわからないね。まあ、さっきまでの世界じゃないだろうし、私たちがもといた世界とも少し違う」盥屋はいたって正確に、そして冷静に答えた。
「……盥屋の旦那、あんたはこんな時でも、まるで仮面をつけているようにすましているんでござんすね、まったくもって不可解なことに!」宮田は吐き捨てるように言った。
「こういう性分なんですよ。おそらく、生まれつきの冷血漢なんだな。まあ、この身体に、血が通っているかどうかさえ、疑わしいものだが! 確かめるのも、なんだか気が引けるしね……ところで」盥屋が唐突に話題を変える。
「この三方を取り囲む壁は、どこまで続いているのだろうね……?」
彼らの周りを、途方もなく高い壁が取り囲み、遠い空は美しく晴れているのに、辺りは不気味に薄暗い。といっても一方だけはひらけて道が続いており、その先の方で道は左右に分かれている。
「さっきのおれの質問と似ているねえ! じゃあ、おれの予想を述べようか?……どこまでも、さ! きっとね」と宮田は皮肉気に言う。
「君にしては、素晴らしく聡明な意見だね!……君にしては」と盥屋。
「二度も言う必要があるかね? まあいい、こうなったら、とにかく、歩くしかないようだね、あの分かれ道まで。もっとも、普通の状況じゃないから、それだけでなんとかなるとは思えないけどな。ちぇっ、まったく、いやになるぜ! なんのために、こんなところをさ迷わなくちゃならないんだろう? なあ、盥屋さんよ」
「我々の身の安全と、君の砂時計のためですよ。それ以外に何か理由があるかな?」と盥屋は冷徹に呟いた。
「ああ、畜生め! 少なくともおれには、神を呪う正当な理由があるな……そうだろ、盥屋君!」
盥屋の方はそれに答えず、なにか考え込んでいるような風だったので、宮田もそれきり口を閉ざした。
宮田の思った通り、分かれ道を左に行くと、そこにはまた分かれ道が待っていた。それを右、次も右、その次を左。いくつもの、いや無数の分かれ道――二人は、巨大な迷路にいることを認識した。
「いやはや、これはどうにも困ったね」盥屋が落ち着き払って言った。
「どうする? 次の分かれ道は? 右に行こうか、左に行こうか?」
「いや、この際、ずっと一緒の方向でいい」宮田が面倒そうに言った。
ちなみに、盥屋の「いやはや」などという紳士ぶった態度が気になった。
「どちらかを選び続ければ、いつかかならず末端に着くからな」
「君にしては、賢明な考えだ。君にしては。……しかしそれは」と盥屋は続ける。
「この場合そうとは限らないな、宮田くん。……なぜなら、この世界にはどうやら『無限の空間』がありえるようだからね」
「『無限の空間』だって? 君、それは本気で言っているのかね、え? 急激な環境の変化でおかしくなったか? ……それともおれをからかっているのかな?」宮田が問う。
「いやいや、まじめに言っているのさ。この世界は、私たちの最初にいた世界に似ているようだ。神の創った小説世界、私たちの故郷にね。つまり、荒唐無稽な、滑稽な、子供騙しが、まかり通るような世界なのさ。だから『無限の空間』も『無限の時間』も十分にありえる。そうだろう? もっとも、神がいた世界、いわゆる現実世界にだって、それは在り得るのかもしれないが。その存在をだれも証明していないだけで……。ところで、何故この世界が我々の故郷に近いということがわかるのかという話だが、それはね、匂いだよ。このいかがわしげな匂い、雰囲気、そして壁の間からかすかに見える、あのあきれるほど青い空! 間違いなく、この世界はまやかしだ……私たちと同じようにね。そして、神の世界よりもここでは自由でいられるはずだ、我々は」
「ほう、それで?」宮田は愉快そうに訊ねた。
「お前さんの言う通り、神の世界より『自由な』世界なら、どうやってこの迷路から抜け出すことができるんだね? また、適当な呪文でも唱えてみるかい?」
「呪文か……案外、それに近いかもしれない、私の考える脱出方法は。その方法とはね、まさに、そのことについて『考える』というものさ。この分かれ道の終わりについて、丹念に考えるのさ。それだけだ。それによって道は定まるだろう!……私の予測が正しければ」盥屋は心なしか昂奮した面持ちで述べた。
その様子は、宮田には、盥屋の沈殿した狂気が、少しだけ表面に浮かび上がったようにもみえた。
宮田と盥屋はいくつもの分かれ道をゆきながら、この不毛な選択の終わりについて考え続けた。ぶつぶつと独りごちては立ち止まり、狭い空を見上げ、また歩き出し、迷路を進み続けた。
果てのない時間が流れた(あるいはそのように思えた)。
やがて、二人の前に、今までと趣向の異なった分かれ道があらわれた。
交差地点の真ん中に粗末な木の看板が立っており、そこには白いペンキで無機質に「最後ノ選択ナリ」と書いてあった。
あまりにもあっけなく、また馬鹿げた終わりに、若干二人は拍子抜けし、失望さえしたが、すでにこの迷路にもうんざりしていたので、思わず顔を見合わせた。
「ついに最後か。長かったような、短かったような。……まあ、とにかく」盥屋は続けた、
「これでなにか、新しい風景へ行くことができるよ。……まったく、物語とは風景と風景の連続だ!」
「お高く喜んでいるところ悪いが、盥屋」と不意に宮田が真面目な調子で言った。
「おれから提案があるんだがね」
「提案?……聞こうか」
「どうだい、この最後の分かれ道、別々の道を選ばないかね? おれが右、お前が左。まあ、それはこの際どっちでもいいんだがね!」
「ほう! それは」盥屋は心なしか愉快そうに答えた。
「極めて興味深い提案だね。だが、いったいなぜ? それに、本当にいいのかな? ここで別々の道を選べば、もう二度と会うことはないかもしれないのですよ、宮田殿」
「いやなに、例の、宮田殿お得意の、気まぐれな思い付きってやつさ。そんなに意味はないんだがね、いや、ことによると、まったくないかもしれないな! だけど、いままでずっと二人で行動してきたから、発見できなかったこともあるんじゃないかね? 一人ずつ行動すれば、視点は二倍だ。四人より二人、二人より一人、だ! 単純な理屈だろう!」そう言って宮田はゲタゲタ笑い出した。
「君の提案を受け入れよう」盥屋は口元を歪めながら承諾した。
「ただし、条件がある。どちらかが神と会っても、二人そろうまで、その処遇については保留しておくということだ。勝手に神を尋問したり」人差し指をつき出し、盥屋はさらに口を歪める。
「自由を奪ったりしてはいけない。これは絶対だ」
「了解、決まりだな! あばよ! 達者でな!」そう言いつつ、宮田はすでに右のほうの道へ大股に歩き出していた――
「どうせ約束を守る気はさらさらないだろうが、まあいいさ。一応、釘は刺しておいたからな」という盥屋のつぶやきも聞かずに。
「それでは。これが最後になるかもしれないが。まあ、我々にはそんな別れもよかろう!」盥屋は宮田の背に向け、大きな声で言った。
右方の道へ消えてゆく宮田の後姿をしばらく見送った後、盥屋は左の道に向かって静かに歩み始めた。




